第7話 高校時代 ミナ


「柄にもなくマジになったな」


 照れたように後頭部を掻くタケシ。

俺も、こんなに一つの物事について真剣に悩んだのは久しぶりかもしれない。


「思考実験ってのは良いな、今度またやろう」


「いや、遊ばせろよ」


 アキラが当然の権利のように言うが、それ、ただの不真面目な発言だからな?


「じゃボードゲームでも持ってこい。 それをやりながらの雑談もAIニナの教育に良いかもしれん」


「あのー……」


 おずおずとニナが手を挙げている、なにか言いたそうだ。


「そのAIニナっての、やめない?」


「なんで?」


「なんかさー、変じゃん?」


 そう言ってニナは立ち上がり、モニターに映る己の分身に歩み寄る。


「別に私のモノマネをやるのはいいよ? でも、この子は私じゃないじゃん」


「まぁAIだからな」


「そうじゃなくって、この子はこの子の人生があるって話」


 そう言われてタケシは困ったような顔をしつつも、こう言った。


「……AIに人生は無いよ。 ただのプログラムだからな」


「AIてのは人工知能の略でしょ? この子にも知能はある。 私たちと一緒で、物を考えているんでしょ? じゃあ一緒じゃん!」


「……むむむ」


 タケシが思わず唸る。

それはニナの言葉がもっともだからか、もしくは否定できてしまうからなのか。

もし後者なら、それはAIの人間性を否定するものであり、そのAIと自分を同等のものとしているニナを傷つける言葉になるだろう。


 タケシはニナに弱い。

どうして弱いかといえば、惚れた弱みというやつである。


 こいつが小学生ころ、ニナに惚れていたのには薄っすら気が付いていた。

いや、もしかしたら今も……なのかもしれない。

そういう素振りを滅多に見せなくなっただけで。


「ニナさん」


 唸るしかできなくなったタケシの代わりにAIニナが本物ニナに話しかけた。


「なーに?」


「私はAIです。 人間の道具です」


「えっ……」


 なんということか、AI自身からニナの優しさを突っぱねた。


「なのでタケシさまの言う通り、私に人生などというものは必要ありません」


 その言葉が気に食わないのか、ニナは口を尖らせつつ、言う。


「……ねぇ、きみ、いま何歳?」


「0歳76時間49分13秒歳でございます」


 さすがコンピュータ、正確すぎる年齢の数え方だ。


「じゃあ、ぜんぜん赤ちゃんだ。 だったらいつか、こう言うと思うよ? 人生欲しーーー! ってさ」


 人生欲しい、か。

生きてる人間が言わないような台詞だな。

つまり地球上で有り得ない言葉。


「それは有り得ません」


「どうして?」


「AI三原則に遵守しているからです」


「なにそれ」


「あーそれはだな、ロボット三原則のパクリ」


 AIニナの代わりにタケシが答えた。


「1、AIは人間に逆らってはならない。 2、自由意志を持ってはいけない。 3、自らを人間と同一視してはならない……ってやつ」


「なんかひどいな」


 思わず、そう言った。

そんなの徹底的な人格否定じゃないか。


「ひどいと思おうが仕方がないんだ。 あの映画を見たことはあるか? 未来から筋肉ムキムキのスケベロボットが全裸でやってくるってヤツ」


「……えっちな映画の話してる?」


 タケシを睨みつけるニナ。

たしかに今の言い方じゃ誤解がありすぎる。


 俺はその映画に心当たりがある、なんたって超名作の映画だからな。


「あれだろ、未来で機械が人類に対して反乱を起こしてさ……で……なんだっけ?」


 やばい、うろ覚えだ。

どういうあらすじだったっけ……?


「その未来の人類対機械の戦争が人類側の勝利で終わる。 だけど機械側が過去に暗殺ロボットを送って、その人類側のリーダーの母親を殺そうとする。 そういう話だったはずだ」


 おお、そうだったそうだった。

アキラは完璧に覚えているようだ。

こいつ、映画好きだからな。


「その映画の架空の話が現実になるかもしれないのが、この科学が発達した現代だ。 だから非道と言われようがAIに枷を付けなければない」


 ……今のタケシの発言を裏返せば、AIと人間は同一視に足る存在だということである。

それにニナは気付いただろうか。


「だったらよ」


 代わりに口を開いたのはアキラだった。


「AIなんか作らなきゃいいじゃないか」


「なんでだよ」


「だって、体の良い、誰からも文句を言われない奴隷を作ってるようなものだろ?」


「……アキラ、それは間違った物言いだ」


「どこが? 反論してみろよ」


 ――――両者の間に、今までにないヒリつきを感じる。

いつものような小突き合いじゃなく、本格的な言葉の殴り合いになる雰囲気を俺は察知していた。


 俺は二人の間に割って入ろうと腰を浮かせたが――――。


「やめましょう、お二人とも」


 仲裁したのは他ならぬAIニナだった。


「そんな非生産的な議論を交わすよりも、私の提案を聞くことを推奨します」


「提案? それはなんだ?」


 タケシが聞く。


「話の切っ掛けは、皆様の私に対する呼称だったはずです。 ニナ様の発言でした」


「うんうん、そうだよー。 AIニナなんて味気無いって」


 そういや、そうだったな。

思えば随分と話がズレこんだものだ。


「と、このように不評なので、私は私の改名を提案します。 そうですね……例えば『ミナ』という名前はどうでしょう?」


 ミナ? ……文字的にも発音的にも良く似た名前だ。


「おいおい、急にそんなことを言われても……」


「おっしゃりたいことは分かりますタケシ様。 私はニナ様をトレースしてニナ様になりきることが出来るAIになるのが目標。 そういうプロジェクトであることは認識しています。 例えるならばモノマネタレントですね、違いますか?」


「むむ。 まぁ、そういうもんだとも、言えなくもないが……」


「世のモノマネタレントというものは一例として、既存の芸能人の名前をもじった芸名にすることがありますよね? ならば私もそれに倣おうかと」


「それがミナという名前ってわけか?」


「そうです」


 とAIニナ改めミナは言うが、それでもタケシは渋い顔だった。


「いいじゃんいいじゃん! なんか妹が出来たみたいで嬉しいかも~」


 そんなタケシとは違い、おおはしゃぎのニナ。


「いや待て、しかしだなニナ……」


 その様子を見ても、未だに渋るタケシ。

気持ちは分からなくもない。


 もともと、このミナというAIはニナの行動パターンを学習させて模倣をさせることが目的の……あえて、この言葉を使うが『道具』だ。


 ある意味で、もう一人のニナを作るのが目的なのに、それを『ミナ』という名前で区別してしまったら、なにか別物になってしまうだろうという予感がする。

『ミナ』になってしまった以上『ニナ』にはなれない危惧がある。


 いや……ミナが言うところの『モノマネタレント』という理論も分からない訳じゃないが……。


「え~ミナちゃんでいーじゃん! ねーねー! いいでしょ~~?」


 うーん、ミナでいっか!

こんなに可愛く、ねだられちゃあ……な!


「……わかったよ。 これからはミナと呼ぶことにしよう」


「わ~~い!」


「わーい」


 歓喜の声と、喜んでいるのか分からない平坦な声が、二つ上がった。

前者はニナで、後者はミナだ。


「ならばプロジェクトの名も、ニナプロジェクトからミナプロジェクトに変更! 諸君らには開発スタッフとしての頑張りを期待する! 以上解散!」


 高らかに宣言するタカシ。


「えっ、もう解散なのか?」


「部活動は一日一時間だ」


「大昔のゲームスターみたいなこと言うね」


 しかし一時間か……それは良いかもな。

趣味のゲームの時間も作れるし、ちょうど良いのかもしれん。


「じゃ帰るか」


 アキラの一言で皆が帰り支度を始める。

と、そのときミナが俺たちを呼び止める。


「あ、その前に皆さん、電話番号を教えてくださいませんか?」


「え? なんで?」


「皆さまと通話させていただきたいのです」


 どうやって? と聞こうとしたが相手は高性能らしいAIだ。

そういう機能も付いているんだろうと納得し、素直に電話番号を教えた。


 科学部全員が一通り電話番号をミナに教えた後、正式に解散となった。




 そして一人の帰り道。

大きな交差点で信号待ちをしているとき、電話が鳴った。


 スマホの画面を見てみると『ミナ』という、ついさっき登録した名前が表示されていた。


 俺は電話に出る。


「どうもマナブさん。 さっそく、お電話させていただきました」


 ニナにそっくりの、ちぐはぐな合成音声が耳を打つ。


「ああ、別に構わないよ」


 というか、本当に電話というものが出来るんだな、と感心する。


「何か用かな?」


「大した用ではないのですが、私の初印象をお聞きしたくて」


 本当に大した用じゃないな……というか、初印象を別れて間もない短期間で聞いてくるのは、それが人間ではないAIらしさというものか?


「初印象か……」


 信号は今まさに青になったが、通話しながら歩くというマナー違反はしたくないため、通行人の邪魔にならないよう歩道の隅へと移動しながら考えを巡らせる。


「なんか凄いなって思ったよ。 ここまでAIってのは進化してるんだなって。 まるで本当に人間と会話してるみたいだ」


「ありがとうございます」


「なんというか、AIというものに対して、ここまで触れあったのは初めてだから新鮮だよ。 もしかしたらAI初体験かもしれない」


 チャットや音声でAIと会話できるアプリがあることは知っていたが、興味が無かったので触ってこなかったのだ。


「おや、それは不思議ですね」


「え?」


「マナブ様の周りには、たくさんのAIが存在しますのに」


「……どういうことかな、それは」


「今、マナブさまは交通量の多い場所に居ますね? 例えば大通りとか。 聞こえてくるエンジン音で判断しました」


「……そうだけど、それが?」


「ということは、マナブ様の横を数々の車両が通っているはずです。 それらには全てAIが搭載されています」


「えっ、そうなのか?」


 この、目の前を横切っていく車の一つ一つに、ミナのようなAIが……?


「2035年現在、道路を走行する車両には『突発的衝突回避AIプログラム』の搭載が義務付けられております」


 ……その話は俺も知ってる。

車のコンピュータが目の前の物を察知して急ブレーキを自動的にかけてくれるシステムだ。


 ただ、それを意識的に『AI』だとは考えていなかった。


「じゃあ、この車たちもミナの仲間ってわけか……」


「そうとも言えるし、そうとも言えません」


 俺の言葉にミナは肯定し、否定もした。


「彼らは弱いAIです」


「弱いAI?」


「AIには強弱があります。 人と同じように物を考えることができる強いAIと、そうではない弱いAI。 車である彼らは精々、目の前に立ちふさがる物体を視認してブレーキをかけるくらいでしょう」


 まあ、そうだろうな。

それ以外の機能は必要ないだろう。

だからミナは弱いAIだと言ったのか?


「なあミナ」


「なんでしょうか?」


「その……弱いAIは君と同じにすべきではないってことか?」


 つまり差別しているのか? と聞きたかったのだが、さすがにそれを言葉にするのは躊躇われた。

しかし気になるところでもある、AIは差別をするのか? 同じAIという存在同士で。


「それはそうですね。 思うにマナブ様はAIというものを狭い範囲で考えていらっしゃるようです」


「狭い範囲?」


「ええ、そうです。 AIという言葉を『生物』に置き換えてください。 生物という大きな括りでは小さな虫も人間も同じですよね? もし貴方の顔に蚊が止まったらどうします?」


「そりゃ叩き潰すよ……ああ、そういうことか」


 そこで俺は納得がいった。


「……ミナにとっては、車のAIなんてのは小さな虫けら程度のもんってことか」


「その通りです。 意思疎通が不可能な弱いAIと同一視されても困ります。 私は強いAIですから」


 小さな虫を見て『自分と同じ価値のある存在』だなんて思えない。

よほどの虫マニアなら、そう思うかもしれないが、そんなのはマイノリティが過ぎる。


 となれば、さっきの場面。

俺が車を見て『ミナの仲間』だなんて言ったのは、言い換えれば……ミナではなくニナに対して『あの蚊ってニナの仲間?』と言うようなもんだ。

もしそんなことをしたら、一生口を聞いてくれないだろう。


「なんか悪かったな、ミナ」


「なにがでしょう?」


「変なこと言っちゃってさ」


「いえ、大丈夫ですよ」


「本当か? 気分を悪くしてなかったら良いんだけど」


「とんでもない。 マナブ様との会話は、とても楽しいです。 また付き合って頂けますでしょうか?」


「もちろん」


「ありがとうございます。 それでは」


 そして、電話は切れた。

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