第5話 高校時代 科学部
放課後になると、俺たちはタケシに案内されて科学部へとやってきた。
そこには一人の少女が居て、俺たちの姿を認めると、ひょこりと椅子から立ち上がって近寄ってくる。
「どうも雛鳥です」
彼女はぺこりと一礼し、そして顔を上げた。
そのとき、何がとは言わないが、ゆさりと揺れた。
「いでっ! なにすんだよニナ!」
「きさま! えっちな目で見ているな!」
俺の脇腹をつねった加害者が、俺を加害者呼ばわりしてくる。
そして、自分自身、加害者意識がちょびっとだけある。
だってしょうがなくない? ありえなくない?
身長は小柄な中学生って感じなのに……なんであんなにでかいんだ。
「先輩、入部希望者を連れてくると聞いてたんですが、性犯罪者を連れてきたんですか?」
犯罪ではなくない?
不埒な目つきをしていたかもしれないが。
「男はみな、性犯罪者なのさ」
ぽん、と雛鳥さんの肩にタケシが手を置き、さも諭すようなことを言うが、その内容は滅茶苦茶だ。
「とにかく科学部にようこそ! どうだね、この俺の城は!」
大袈裟に両手を広げて歓迎するタケシ。
科学部の部室は……正直言って狭いが、ここが俺たちだけのスペースになると考えると、やはりワクワクする。
部屋の中にある物といえば、中央にある簡素な折り畳み式テーブル、ファイルなどが収められているスチール製の戸棚と、何個か積み重なったダンボール箱、一台のPCとそのデスク……くらいなものか。
「では早速だがミーティングを始める。 御着席願おう」
タケシの言葉に皆々がパイプ椅子に座った。
「ミーティングって何すんだよ」
「これからの活動方針を決める」
アキラの問いにタケシが答えた。
俺からも質問をしてみよう。
「そもそも科学部って何をするんだ? 具体的にさ」
「科学的なことをする」
具体的じゃないだろそれは。
「去年までは何をしていたの?」
おっ、良い質問をするなぁニナ。
それなら具体的な活動内容が把握できそうだ。
するとタケシはおもむろに部屋の隅のダンボールから何かを取り出してきた。
それは……バイクの模型だ、搭乗者のフィギュアが跨っている。
「これを作った」
「プラモって科学的か?」
アキラのツッコミに、わかってないな、という風にかぶりを振るタケシ。
「ばかめ、これはラジコンだ」
「ラジコンって科学的か?」
先ほどと同じようなツッコミを入れるアキラ
うーん、しかしどうだろう……ラジコンを手作りするってのは、まぁ広義的に科学的と捉えられなくもないか?
「何か勘違いしているようだが、このラジコンは市販の物を改造したものだ。 一から作ったものではない」
「改造? なにをしたんだ?」
俺が聞くと、にやりとタケシは笑って、なぜかポケットからスマホを取り出して卓上に置いた。
「まぁ百聞は一見にしかずということで、皆もスマホをテーブルの上に置いてくれ」
俺とニナとアキラは首を傾げつつも、雛鳥さんが率先してスマホを置いたので、俺たちも各々のスマホをテーブルに置く。
何が始まるのかと見ていると、タケシはPCを起動させて何やら操作を始める。
「では行くぞ、雛鳥後輩」
背を向けたまま雛鳥さんにタケシが合図を送ると、彼女はバイクを手に持って数センチほど直立のまま浮かせる。
するとモーター音とともに車輪が勢いよく回り出したかと思うと、すぐさま彼女はバイクをテーブルに接地させた。
あっ、と言う間もなくバイクが猛スピードで走り出す。
テーブルの上には俺たちが置いたスマホだけではなく、皆が持ち寄った飲み物の缶やらペットボトルがある。
当然のごとく、それらに衝突するかと思いきや、バイクは華麗に障害物を避けながら走行している。
また、テーブルの端に行き着くと、落下することもなく直角に曲がり、ターンして逆方向へと走る。
またもやスマホや飲み物の障害物を避けながらもバイクは走り続け、曲芸のように卓上を進んでいる。
俺はタケシの方向を見やり、そして雛鳥さんにも注視する。
しかし二人ともコントローラーらしき物を持って操作しているわけではなく、両手を空にしてバイクの動きを見ていた。
「こんなもんでいいか」
タケシがそう言って再びパソコンを操作すると、バイクは急に止まり、そしてコテンと横に倒れた。
「すごーい! なにこれ? どうやったの?」
無邪気な子供のように感嘆し、ニナが素直な疑問をタケシにぶつける。
「AIだよ」
「AI?」
おうむ返しに俺が聞き返すと、タケシは説明をはじめた。
「障害物を認識し自動的に避けて走行することができるAIプログラムを、そのバイクに搭載したんだ。 これを去年、作ったんだよ」
「へー、すごいな」
AIプログラムというものが、よく分からない俺だが、直感的に凄いと思ったので素直に口にする。
「すごいけどさ……」
アキラも称賛するが、何か言いたげである。
「こんなの俺たちには作れないぜ。 こういうのを作るのが部活動ってんなら、ちょっと協力できないかもな」
そう言われてみれば、そうである。
こんなのプログラミングの知識が無ければ出来ない芸当だ。
もしかして、その知識を一からここで勉強しなければならないのか?
だとしたら……アキラには悪いが、ちょっと嫌だな。
「おいマナブ、プログラミングを学習するのは億劫だって顔をしているな?」
「…………」
沈黙はイエス。
この気持ち、受け取ってくれタケシよ。
「心配するな。 興味の無いやつに強いるほど俺も非情ではない」
「じゃあここで駄弁ってるだけでもいいのか?」
「そうだ、駄弁っているだけでいい」
アキラの堕落的な発言を肯定する科学部部長。
いいのか、そんなんで。
「だが俺の新たな発明には協力してもらう。 そう……ニナプロジェクトにはな!」
ニナプロジェクト?
「私のプロジェクト?」
プロジェクト……何かしらの目標を達成するための計画。
そこにニナの名前を関するということは、ニナの目標を達成させるってことか?
ニナの目標といえば……。
「ニナ、お前はアイドルになるんだろう?」
「う、うん」
「やがてはトップアイドルとしての地位と名声を築くつもりなんだろう?」
「そうなればいいと思ってるけど……」
「そして巨万の富を得る腹積もりだろう?」
「お、お金のためじゃないよぉ」
「おいタケシ、何が言いたいんだ?」
ニナが困り出したので横から口を挟むと、タケシは拳を強く握り締めながら高らかに言い放った。
「俺はその巨万の富を一部でもいいから、あやかりたぁーーい!!」
大声で何を言い出すんだこいつは。
「どうやってだよ」
冷めた口調のアキラに、熱く弁を振るうタケシ。
「もちろんそれは、アイドルビジネスの新規開拓! 一般人がアイドルと接近できるチャンスはライブ! サイン会! 握手会! それらとは一線を画すサービスを俺は提供する! それがこれだーーーーーーーっ!!」
バッとタケシが指差したのは、部屋の隅にあるPC。
「あれがなんだよ」
「ちっと待ってろ」
タケシがPCの前に座り、カタカタとキーボードを無言で打ち始める。
さっきまでの勢いとの落差が凄いって。
「よし、起動! みなのもの刮目すべし!」
タケシが椅子から離れ、その巨体で隠されていたモニターが目に入る。
そこには……ニナが映っていた。
「みなさん、はじめまして」
「な、なんだこれ……!?」
思わずモニターに近づいて、画面のニナをまじまじと見つめる。
ただ録画されたニナの映像かと思ったが、よく見ると……一世代ぐらい前のゲーム機レベルの3DCGだ。
「こんにちは、お名前を聞かせてください」
その喋りも、ニナそっくりだが、ところどころちぐはぐで、よくできた合成音声のようだ。
「お名前を聞かせてくださいませんか?」
口調だけが、馬鹿丁寧でまるっきりニナとは違う。
「お名前を……」
「あ、ああ……吉村マナブだよ」
困ったような表情を浮かべ始めたので、あわてて名乗る。
「吉村マナブさんですね。 登録しました」
パッと笑顔になる画面越しのニナ。
「タケシ……これはなんだよ」
「対話型AIだ。 ガワをニナそっくりにした、な」
対話型AI……聞いたことはあるが。
「天気とか聞いたら答えてくれるアレか?」
「ノンノンノン、あれと一緒にしてくれては困るなアキラ。 このAIニナは段違いの性能を誇る」
「すごいねー、私そっくりだ」
たしかに、そっくりだ……ちゃんと見ればCGと分かるとはいえ。
ん……待てよ、これだけ似せて作れるってことは……。
元になる画像データが必要だろうから……。
「お前まさか……ニナを盗撮したりしたんじゃないだろうな」
「通報しましょう」
雛鳥さんが過激なことを言い出す。
そこまではしないが、もしそうだとしたら問い詰めたいところだ。
「馬鹿を言うな。 ちゃんと正面切ってニナに撮影の許可を取った。 そうだよなニナ?」
「え? あー……もしかしてあのとき? なんか私の周りをぐるぐる回って連写してたときの」
「そうだ」
そんなことをしてたのか……というかニナも了承したのか撮影を。
……ずるいぞタケシ、俺だってニナの写真は欲しい。
「そうだ音声は? 合成音声にもデータが必要だろう? まさか盗聴を……」
「いや、五十音を素の声と、高音低音の3パターン録音させてもらった。 もちろん許可を得てな」
「そんなこともあったなぁ。 あれ、この子を作るためだったんだ」
ニナに何をやらせてんだ。
そして何故疑問を持たずにやるんだニナ。
俺だってニナの音声データが……欲しいと思うのは変態すぎるから、これ以上は考えるのをやめとこう。
「……で? このAIが金儲けにどう繋がるんだ?」
「アキラ、良い質問だ。 このAIに『ニナらしさ』を学習させる」
「私らしさ?」
「そうともニナ。 お前らしさを学習させ、完璧にお前の人格をトレースするAIに育て上げるのだ! するとどうなる? アプリを開けばトップアイドルとお喋りできる時代が到来するのだ! これが売れないワケが無い!!」
「なるほど、ニナがお天気を教えてくれるようになるってわけか」
アキラが自分なりに解釈した結論を呟いた。
「そんなもんじゃない! 一緒に映画を見て感想を言い合ったり、観光名所に行って同じ景色を見たり、人生相談なんかも出来たりするんだぞ! トップアイドルとだ!」
なるほどそれは……すごくイイな。
すこし虚しいような気がするのは、俺が本物のニナと付き合いがあるからだろうか。
「ふーん、たしかにそれは売れるかもな。 まぁニナプロジェクトとやらの目的はわかったよ。 でも、本当に出来るのか?」
「なにがだアキラ」
「このAIをニナそっくりにするっていうのがだよ。 どうやるんだ?」
「モノマネ芸人が本物の所作を見て勉強するのと一緒だ。 俺たちがAIニナの前で駄弁ったりすることで、このAIニナに本物ニナの喋りやら性格やら動きやらを学ばせる」
なるほど、それがさっきの『駄弁っているだけでいい』に繋がるのか。
「それで完成するのか?」
「やってみなければわからん!」
きっぱりと言い切ったタケシ。
成功するかは未知数か……まぁタケシが勝手に始めたプロジェクトだし、ぶっちゃけ俺らは無関係だから成否も関係ない。
いや……ニナは無関係じゃないか。
「なぁニナ」
「ん?」
「はい」
俺が『ニナ』という単語を口に出すと、二つの声が重なった。
「あ、いや、本物のニナのほう」
「なーに?」
「いいのか? 勝手に自分のAIが作られてさ。 かなり肖像権の侵害だと思うが……」
現時点では非営利かつ仲間内だとはいえ、な。
それに、我が身になって想像してみると……自分そっくりのAIが勝手に作られるのは、ちょっと嫌かも。
「んー……いいんじゃない? おもしろそーだし」
「あ、そう……」
相変わらず楽観的だな……。
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