第4話 高校時代 入部


 「ねえ、同じクラスになれて良かったね」


 不意に、そう言われたので、俺は真横の彼女のほうへと顔を向ける。

そこには制服姿のニナが居て……その眩しい姿に思わず呆けてしまう。


「……どうしたの?」


「え? あ、いや」


 あわてて真正面に視線を戻して視界からニナを消す。

制服姿が魅力的すぎてボーっとしてしまったなんて言えるわけない。

というかボーっとしてんなよな俺、変態のオッサンか。


「なんでそっぽ向くの」


「あ、いや、別に」


 たしかに今のは挙動不審だった。

再びニナへと視線をやると、彼女は何故だか目を細めて口元に笑みを浮かべ、椅子を座り直して俺へと姿勢を向ける。


 そしてスカートの両端を軽く摘み上げ、言った。


「どう? 制服かわいいでしょ?」


「ハイ」


 かわいすぎるので止めて欲しい。

思わず小声になってしまったじゃないか。


「なに朝からイチャついてんだよ」


 後頭部に野次が投げつけられる。

アキラの声だ。


 イチャついてなんかない! と反論しようと振り返る。


「イチャっ……ん?」


「ん?」


 俺の不思議そうな顔を見て、アキラも不思議そうな顔をする。


「アキラ……お前……制服似合ってないな。 いでっ」


 不思議に思ったことを率直に言葉に出した瞬間、強く頭をはたかれた。


「今の発言サイテーすぎ! ニナの好感度がすごく下がったよ!」


 そう言われて、今の自分の発言が最低だったと気付く。


「すまんアキラ」


「別に気にしてねーよ。 スカートあんまり履かないしな」


 そう言いながら、自分のスカートの端を摘み上げるアキラ。


「ちょっと! 見えちゃう見えちゃう!」


 慌ててニナが席から立ち上がり、アキラの側に寄ってスカートを摘み上げる手を抑えつける。


「女の子なんだから気を付けなきゃ!」


「ああ……うん……」


 ニナの言葉に分かっているのか分かっていないのか、不明瞭な答えを返すアキラ。


「それにしたって、マナブくんはどうかしてるよ! こんなに可愛い女の子なのに、逆に男の子に見えるっていうの?」


「え?」


 ニナに言われたので、俺は改めてアキラをまじまじと見てみる。


 栗毛のショートカット、くりくりとした目、透き通るような白い肌。

うん、どっからどう見ても女の子だ。


 いや、真っ平らな上半身前面は……これ以上はやめとこう、下衆だから。


 そこらへんはともかく、アキラは美少女と言っても過言ではない。

だから、うん、よく見れば女子の制服はよく似合っている。


 なのに、どうして俺は一瞬でも『似合ってない』なんて口走ったのだろう?

ニナの言う通り、どうかしているのかもしれない。


「うん、アキラは女の子だ」


「どーでもいーよ」


 素っ気ない態度でアキラは席に座った……こいつも俺の隣か。


「両手に花だね」


 自分の席に戻ったニナがそんなこと言う。

たしかに、そうだな……可愛い女の子に挟まれるなんてラッキーだ。


「そして前門の俺! この巨大な僧帽筋を前に果たして板書を書き写せるかな?」


 俺の目の前の席に大柄で筋肉質の男が、こちらを向きながら座った。


「タケシ……お前も同じクラスで、こんな近い席かよ」


「くくく、前門の俺を倒さぬ限り、貴様に勉学という道は進めない」


「なんだよそれ、だいたい前門ってなんだ、後門はどこに居んだよ」


 俺は一番後ろの席だぞ。


「後門はお前のケツに潜んでいる」


「うまいこと言ったつもりか? 俺の肛門が俺に牙を剥くのかよ」


「固いのをひり出せば、な。 血の雨が貴様の臀部に降るだろうよ」


「ちょっとー、下ネタ禁止ー」


 やばい、ニナが侮蔑の眼差しで見てくる。

くそっ、こいつが下ネタばっかり言うからいけないんだ。


「しかし運が良いな。 みんな同じクラスで、席も隣同士だ」


 アキラの言う通りだった。

小学生から付き合いのある幼馴染が同じクラスの、しかも一点に集中している。

奇跡とも言っていいだろう。


「俺としては都合がいい状況だ。 ときに部活動は決めたか?」


 とうとつにタケシがそんなことを聞いてくる。


「いいや」


「別に」


「私はレッスンとかあるから……」


 俺とアキラは今まで通り帰宅部だろうけど、ニナはアイドルの卵だ。

レッスンやちょっとした仕事もあって、たまに学校に出れない日もあるかもしれないと言っていたような気がする。


「なら科学部に入れ」


 率直な物言いで命令するタケシ。


「やだよ、めんどいから」


 これまた率直に断るアキラ。


 この二人はズバズバと物を言うタイプだが、本気のケンカになったりしたことがないのは、それでも気の合う友人同士だからだろうか?

まぁ、俺も二人に対しては遠慮せずに話すけど。


「じゃあ、どの部活動に入るつもりだ?」


「入んないよ、なあ?」


 アキラが俺に同意を求めてくるので、無言で頷いた。

今まで通り帰宅部を通し続けるつもりだ。


「知らんのか? ここは中高一貫校だが、高校生になったら強制的に部活動への入部が義務付けられているんだぞ?」


 タケシが初耳なことを言ってくる。

ニナとアキラも初めて知ったらしく「えー?」とか「はー?」とかいう感想を漏らしている。


「だから科学部に入れ。 俺が部長だから融通が効くぞ」


「なに? 部長だって? お前、俺と同じピカピカの一年生だろ」


「なぜかといえば、去年までは三年生の先輩方と、中学生の俺しか居なかったからだ。 そしてごっそりと先輩方が卒業してしまったので、自動的に俺が部長になったのだ」


 なるほど、中間の二年生と一年生が存在しなかったから、今年一年生になったばかりのタケシが部長になれたというわけか……いや、待てよ?


「今、科学部は何人いるんだ?」


「二人だ。 そして文化部は最低で5人居ないと活動が認められない」


 ……そういうわけか、こいつが俺たちを勧誘している理由は。


「そういう話なら、入るよ」


 意外にもアキラが勧誘に乗った。


「どういう風の吹き回しだ? アキラ」


「いや、だって部室を溜まり場にできるじゃん」


 ……たしかにな。

学校内に俺たち幼馴染同士の溜まり場が出来るというのは魅力的だ。

それにタケシが部長なら、そこまで熱心に活動しなくても大目に見てくれるだろう。


「ニナも良いだろ? 休み放題ならアイドル活動にも支障が無いし、学校で俺たちだけの遊び場が出来るんだぜ?」


 アキラがニナにも入部を勧める。


「うん、そういうことなら入部するけど、遊び場ってのはどうかな? もう一人の方には迷惑になるんじゃないのかな?」


 そういやそうだった、タケシの他に見知らぬ部員が居るんだよな。


「その点では大丈夫だ。 雛鳥っていう後輩なんだが、一見不愛想だがノリの良いヤツでな。 すぐにお前らと仲良くやれるだろう」


「なーんだ後輩か。 だったら最悪、ソリが合わなくてもヤキ入れたら良いじゃん」


「アキラちゃん! そういうこと言わないの!」


 ニナの言う通りだ、ベビーフェイスのくせに強面のヤンキーみたいなこと言いやがって。

だけどこいつ……その細い手足でどうやってんだってくらい怪力の持ち主だから、今の発言にはリアリティがあって怖いんだよな。


 ちょっとした冗談だと思いたいが……。


「よし、じゃあみんな入部決定ということで、これを書け! そして放課後に部室へ集合! 以上!」


 と言いながらタケシが俺の机に入部届を叩きつけるようにして置いた。

しかも以上! とか言いながら俺たちがペンを取るのを待ちわびるかのようにして見てくる。


 その視線が気になりつつも、俺は入部届に諸々記入した。

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