第3話 Last scene 3


 それから俺とニナはテレビゲームに熱中した。

とにかくニナと二人きりという状況を意識しないために、俺から提案したことだった。


 遊んだのは最新ゲーム機ではなく、レトロゲー。

レトロとは言っても俺たちが生まれる前の物じゃなくて、十年前ぐらいの……そう俺とニナが小学生だったときに遊んだ思い出のゲームだ。


 俺の唯一の趣味がゲームで、ちょっとしたコレクター気どりで収集もしている。

今やっているゲーム機本体も、昔から持っていた物じゃなくて、状態の良い物をプレミア価格で買った中古品だったりする。


 俺とニナがプレイしている今のレーシングゲームも、小学生時代に遊んだものであり、ニナのプレイもそこそこ様になっている。


 トップアイドルともなれば、最新ゲームに触れる機会も早々に無いだろうからな……。

こっちのほうがニナとしても馴染みが深く、対戦ゲームにしても、いくらかは俺と勝負になる。


「あー! また負けたー!」


 しかし、それでも俺が勝つ。

ゲーム全般の経験値が圧倒的に俺の方が高いからだ。

というか子供のころも、俺の方が勝率が良かった。

単純に、暇さえあればゲームしてるような子供だったからな……俺。


 いや、今もそうか。


「やっぱ協力ゲーにしようぜ」


「でもマナブくんに勝ってみたいしなー」


「最初の方は勝ってたじゃないか、別のゲームだけど」


「あのときは手加減してたでしょ」


 そう、手加減していた、接待プレイというやつだ。

それを第六感なのか看破したニナは、俺に本気のプレイを求めてきた。


 なので全力で相手したところ、それから数時間、俺の全勝となってしまっている。


「手加減しなかったら俺が勝っちゃうに決まってるじゃないか」


 そう言ってから、ちょっと鼻につく台詞だったなと後悔する。


「あはは、そうだねぇ」


 しかしニナは気にすることもなく朗らかに笑った。

だが、すぐにその笑みは掻き消え、すこし寂し気な表情になる。


「あ……でも、もうこんな時間か」


 そんなことを言うので俺は壁にかけた時計に目をやる。

もう夜の0時手前までになっていた。


 ゲームに熱中するあまり気が付かなかったが、既に窓の外は真っ暗だ。


「もう寝よっか」


 そのニナの言葉に俺は急速に現実へと引き戻される。

今、ニナと部屋の中で二人っきりという現実に。

そして狭い部屋の中で、同じ部屋で今から就寝するという現実に。


「…………」


 ニナが何かをじっと見つめている。

その視線の先を俺も追う――――ベッドがある。

この室内に一つしかない、一人分のスペースしかないベッドが。


「床で寝させていただきます」


「なんで敬語?」


 どうして敬語になってしまったのか。

それは、あのベッドで眠る二人の男女を妄想してしまった罪の意識からだ。


「ていうか、悪いよ。 私が床で寝る」


「いやいや、でも」


「いやいやいや、いいからいいから」


「いやいやいやいや!」


「いやいやいやいやいや」


 成人男性と成人女性のイヤイヤ期が始まってしまった。

それを最初に脱したのはニナからだった。


「こうやってクッションを並べたら、ね? 寝れるよ?」


 この部屋にある三つのクッションを寝床にして横たわるニナ。

それでも女性を……それもニナを床に寝かせてしまう罪悪感から、意地でもイヤイヤ期を続行しようとするも、ふと思い直す。


 俺の汗とか体臭が染み込んだベッドで寝るのは嫌なのかも……。

そう思ってしまうと、もう駄目だ。


「……じゃあ、これ。 ちゃんと洗濯してあるからさ」


 押し入れからタオルケットを引っ張り出して、彼女に渡した。


「うん、ありがと。 じゃあ……電気消して?」


「は、はいぃ」


 絶対に本人にその気が無いのに、その台詞にどうしようもなく艶めかしいものを感じてしまい、俺は動揺を隠せもせずに電灯のスイッチを押した。


 部屋が暗くなる。


「じゃあ、おやすみ。 マナブくん」


「お、おやすみ」


 俺は身を隠すようにしてベッドに入り込み、薄い毛布に包まり、壁側を向いて横になる。

視界の閉ざされた世界のなかで、どうしても聴覚に意識が集中してしまう。


 僅かな衣擦れの音や、自分の物ではない吐息が、否応なくニナの存在を強く感じさせる。


 どきどきしている。

こんな軽い興奮状態の中、寝れるわけがない。


 別のことでも考えてみよう……そうだ爆発のことだ。

あれはなんだったんだろう。


 日常の中の非日常。

おおよそ、この平和な日本では目にしないだろう光景だった。


 何らかの事故? それともまさかテロ行為?

……どれだけ考えたって、一般人の俺には見当も付かない。


 いずれニュースで原因が報道されるだろう、それまでは俺ごときが考えたってしょうがない。


 じゃあ考えるのを止めよう。


「んぅ……」


 ひぃ。

ニナの寝言らしきものに、思わず心の中で悲鳴をあげてしまう。


 なに考えるのを止めてんだ俺。

別のことを考えよう、別のことを……。


 ――――どのくらい共同生活が続くのかな。

ご飯とかも一緒に食べることになるんだろうか、俺はいつもスーパーの安い弁当とかで簡単に済ませてる。

ニナもそれに付き合うだろうか? もしかしたら「私が作ってあげるよ!」とか言って手料理を振る舞ってくれるかも。


 ああ、それと生活用品も揃えなきゃな。

歯ブラシとかシャンプーとか、ニナ専用のがいるだろうしな。


 ……そうか、ここで一緒に住むのなら、ニナもここの風呂を使うんだよな――――。


 って、ニナのことを考えてるじゃねえか!

馬鹿か俺は!?


「――――っ!」


 大きな衣擦れの音がして、声が漏れそうになるのを抑えるのに必死になった。


 みし、みし、と床の上を歩く小さな音が聞こえる。

トイレにでも行くのか? と思ったが――――。


 その歩く音は俺の方へと近づいている。

背中に冷気を感じる、それは毛布がめくられたから。

そして、薄っぺらな毛布の比ではない温もりが背中に伝わってきた。


「マナブくん……起きてる?」


「ハイ」


 耳元で囁かれ、俺は狸寝入りをするという選択肢すらあらわれないほど動揺し、素直に返答した。


「…………」


 それだけ言ってニナは黙り込んだ。

ニナの体温が分かるほど、彼女の身体の匂いが嗅ぎ取れるほど、彼女の吐息が首筋に当たるほど、俺と彼女は密着している。


 これは現実か?

その問いが頭の中でぐるぐるしていて、それ以外のことが考えられない。


 何を考えて彼女はこんなことをしでかしたのだろうか?

そして、俺は彼女の気持ちを暗に汲み取り、体勢を反転させて振り返るべきなのだろうか?


 その汲み取り方は正解なのか?


 あれこれと苦悩していると、またニナが口を開く。


「ねぇ、覚えてる?」


「えっ?」


「昔のこと」


「昔?」


「……たとえば高校生のとき、とか」


 ――――ニナの心情を悟り、俺は自分が果てしなく下劣な人間だと自己嫌悪した。


 彼女の自宅が爆発により破壊された。

そのショックは、やはり彼女の心にダメージを与えていたのだ。


 今のニナは恐怖と寂しさで傷ついていて、人の温もりを欲している状態なのだ。

だからこうやって、俺と触れ合っているに過ぎないのだ。


 それはつまり、ただ純粋に友情というものに……友人としての俺に頼ってきているんだ。

慰めて欲しい、と。


「そりゃ覚えているさ」


 だから俺は、邪な感情を一切捨てて、ニナとの会話に付き合うことにした。


「楽しかったね」


「ああ、楽しかったな」


 そう、楽しかった。

楽しい青春時代だった……今も青春真っ只中といえる年齢だけど、それでも高校時代は格別だった。


 あのときは、みんなが居た。


「どこまで覚えてる?」


 ニナが聞いてくるので、俺は当たり前のように答える。


「そりゃ、最初からだ」

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