第2話 Last Scene 2
「とりあえずマナブの家にお邪魔させてもらうか。 いいだろ?」
俺の自宅のマンションに到着するなり、アキラは車のエンジンを切りつつ言った。
「ああ、もちろん」
断る理由も無いので、俺は承諾する。
俺の住まいは1DKの学生向けマンションの3階である。
三人でエレベーターに乗り、3階まで昇って渡り廊下に出る。
すると、ばったりといった感じで二人組に出くわした。
「よお」
短い言葉で親し気に挨拶をしてきたのは、背が高く筋肉質な男。
浅く日焼けした肌と刈り込んだ短髪で活発的な印象を抱かせるが、その切れ長の目は知性的なものも感じさせる。
「タケシ、日本に来てたのか!」
「ああ、夏休みだからな」
目の前の男……木村剛はニナ、アキラと同じくして小学生時代からの幼馴染だ。
今は渡米していて、超有名な私立大学に通っている。
とにかく頭の良いヤツなのだ。
「なんでここに?」
海外に居るはずのタケシが、なぜ俺のマンションに居るのか聞いてみた。
「お前に会いに来たんだよ。 せっかくだから旧友と親交を温め直そうと思ってな」
「そうか……」
ニナ、アキラ、タケシ、そして俺……小学生のときからの仲良し四人組が、どういう偶然か、今ここに再集合していた。
「ところでニナ、久しぶりだな」
俺の後ろに居るニナに気が付いたのか、彼女にタケシが声をかけた。
「あっ、うん! ほんと久しぶり!」
「ああ」
タケシにとっても久々の、しかも突然の再会だろうに、とくに驚いたりした様子もなく飄々としている。
昔からタケシは、こういう超然とした側面があったな。
「……と、雛鳥さんも久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです」
ぺこりと挨拶を返したのは、タケシの側に佇む女性……雛鳥さんだった。
俺たちの一個下で、高校時代の部活仲間だった人だ。
ポニーテールがトレードマークの、ニナに負けないくらいの美少女だ。
差異を並べあげるとすれば、いつも笑顔のニナに対して、いつも眠たげな表情をしており、ニナより背は低いが……上半身における女性的な部分では、ニナの倍はある。
別にニナの、その部分が一般的な女性に比べて控え目なわけではない、むしろ豊かな方だろう。
だからこそ、物凄いというか、雛鳥さんという人物を評する上で避けては通れない部分というか。
「いでっ!」
脇腹に激痛が走る。
その部分をつねられたのだと気付いたのは、ニナの膨れっ面を見たからだ。
「な、なにをするんだ」
「えっちな目をしていた!」
「言いがかりだ!」
「いえ、下劣な視線を感じました」
言い逃れしようとする俺に、追撃が当人から入った。
当事者にそんなことを言われたら、どうしようもないじゃないか。
「まぁ待てよ女性陣。 俺は男だからマナブの気持ちは分かる」
思いがけない人物から援護を受ける。
タケシは両手を広げて朗々と語りはじめた。
「雛鳥後輩の雄大なモノは、男性ならば視線を外すことは難しい。 というより正常な反応だろう。 例えばニナが下着姿でマナブに迫ったとして、こいつが素面顔でスマホを弄り出したら屈辱だろう?」
「それは……そうかもだけど」
憮然としつつもニナは同意する。
というか何だ、そのとんでもない例え話は。
「だから、こいつの雛鳥後輩に対する舐め回すような視線は淫猥だと罵るよりも、生殖活動に熱心なオスとして肯定的に受け入れるべきではないかな?」
「俺を擁護したいのか貶めたいのか、どっちなんだ」
明らかに後者のような口振りをあえてしているように聞こえるんだが。
「もちろん擁護しているさ。 そもそも女性は男性に比べてセックスアピールに優れ過ぎていると常々から思っていたんだ。 もし俺の睾丸が雛鳥後輩のように巨大だったら女性陣とて釘付けになるだろう? ん?」
「キモ過ぎて首から上しか見ないと思う」
タケシのトンデモ理論をアキラがばっさりと斬り捨てた。
そして、そのまま続けざまに言う。
「つーか中に入ろうぜ。 こんなとこで、いつまでもこんな話を続ける気か?」
「そ、それもそうだな」
こんな会話をご近所に聞かれたくない。
俺は目の前の二人を間を割って、自室の鍵を開けた。
俺の後に続いて四人も中に入ってくる。
「適当に座っててくれ」
冷蔵庫から2リットルの麦茶のペットボトルを取り出し、俺はしばし固まる。
人数分のコップが無いことに気が付いたからだ。
しかし、すぐに台所下の戸棚に紙コップの束があったことを思い出し、それを手に取った。
部屋の方へと視線をやると、床にタケシ、ニナ、雛鳥さんが座っていて、俺のベッドにアキラが腰掛けている。
その手にはリモコンが握られており、ちょうど電源ボタンを押したのか、テレビ画面にアナウンサーの姿が映った。
『――――付近において爆発が起こった模様です。 現在、状況確認のため取材班が緊急で現場に向かっております』
「もうニュースでやってるのか」
麦茶とコップをテーブルに置きながら言うと、アキラが返してくる。
「そりゃそうだろ。 大事件だぜ」
「ん? 何か知ってるのか?」
タケシが不思議そうにしているので、俺は爆発を直接見たことを知らせる。
すると「ふーん……」と興味があるのか無いのか分からないような反応を示した。
「なんかあの爆発、ちょっと変なんだよな」
「変? なにが変なんだよ」
「あのでっかいキノコ雲を見ただろ? あの大きさの割に爆風とか一切無かったなって思ってさ」
……たしかに、あの見たことも無いような灼熱交じりの巨大な黒煙は、身の危険を大いに感じたし、本能的に避難行動に走るようなものだった。
しかし、その割にはちょっとした熱波を微かに感じただけ。
「まぁ、そういうもんじゃないのか?」
しかし、爆発というものに知識が無い俺は、そういうものだと結論付けるしかない。
現に、こうして無事なわけだし。
「……かもな」
アキラも同様に思ったのか、俺の言葉に同意する。
『目撃者の情報によると、爆発現場および範囲は、この一帯だということです』
ふとテレビ画面に目を戻すと、画面いっぱいに地図が表示されており、爆発範囲が赤い丸で囲われていた。
「あ、やっぱり……」
「……ニナの住んでいたところか?」
そう聞くと、彼女はこくりと頷いた。
その表情に困惑や悲しみは、俺の見る限りでは見て取れない。
あまりの事態に感情が麻痺してしまったのだろうか?
「そりゃすごい偶然だな。 今日はたまたま外に出ていたから難を逃れたってところか?」
「まぁ、そんな感じだ」
「そうか」
タケシはその一言で終わらせ、それ以上は何も聞いてこない。
なぜニナが俺とアキラと居たのかは聞いてこないのか?
……たまたま偶然居合わせただけじゃないかと、自分の中で結論付けたのかもしれない。
ある程度察せることは聞き出したりしない、というような考え方というか癖のようなものが、こいつにはあったなと今さら思い出した。
「しかし、そうなると家に帰れないな」
と、アキラが言う。
たしかに、いまごろニナの自宅は木端微塵か、それに近い様子になっているだろう。
すると、今晩どころか今後の宿が必要になるな。
「ここに泊ればいい」
そう提案したのは家主たる俺ではなく、タケシだった。
「はあ!?」
思わず大声を上げる。
「そそそそ、そういうわけにもいかないだろう!?」
声が裏返って自分が動揺しているのが分かる。
しかし言っていることは正しいはずだ。
うら若き男女が一つ屋根の下なんて、タケシお前……!
「なんだ、泊めてやれよ。 それが友達ってもんだろう? それともニナは友達じゃないと言いたいのか?」
ニタニタとにやつきながら言うタケシ。
こいつ、わざと言ってやがるな。
「そうなの……?」
「そうじゃないけど! そういう問題じゃないだろ!」
ニナが悲しそうな顔で言うもんだから、俺は慌てて否定する。
ニナは確かに友達だ。
しかし俺としては、それ以上の気持ちを持っているわけで。
「そうだ! アキラ! お前が泊めてやれよ!」
「え、なんで俺ん家なんだよ」
「だって……なんかお前ん家のほうが、ほら、マシな気がする」
「なんじゃそりゃ」
呆れたようにアキラが言う。
たしかに、俺とて苦しいことを言っているのは分かってる。
だけど……この狭い部屋でニナと暮らすだなんて、そんな度胸というか我慢強さは無いというか、いや、何を考えてるんだ俺!
「まぁでも、そこまで言うなら……」
「アキラくん!」
まるで生徒を叱りつける先生のような声色でタケシがアキラに何事かを耳打ちする。
何かを言いかけた……というか『俺んちに泊めるよ』と確実に言いかけたアキラは、何かを囁かれたあと、言いかけた言葉とまるっと翻した。
「やっぱ俺んちは無理だ」
「なんでだよ!」
「……うち、ペット禁止だし」
「ここもそうだよ!」
というかニナはペットじゃねぇ。
「くぅ~ん……」
なぜそこで悲しむ子犬の物真似をするんだ、ニナ。
このままでは、この困った子犬ちゃんをウチで引き取らなければならなくなる!
なにか良い手はないのか……そうだ!
「そうだよ! 普通にホテルに泊れば――――」
「おおーっと! そろそろ帰りの飛行機の時間だ! さあさ行くぞ雛鳥後輩!」
「お邪魔しました」
ドタドタと足早に部屋から出て行くタケシに、ぺこりと一礼してから追従する雛鳥さん。
あまりにもあからさまで、つい呆気に取られた俺は呼び止めることもできなかった。
「あー、じゃあ俺も帰るわ」
「待てアキラ、頼む後生だから」
せめてお前も一緒に泊っていってくれるなら、俺の理性は保たれるはずだ。
「じゃあな」
しかし、そんな俺の願いを無下にし、アキラもさっさと帰っていってしまった。
そして取り残された俺――――そしてニナ。
突然の来客が唐突に去っていき、しんと静まり返る部屋の中。
ニナになんと声をかけるべきか悩んでいると、彼女の方から話しかけてきた。
「ねえマナブくん……そんなに迷惑なら私、ホテルに泊まるから……」
「いや、迷惑とかじゃないけど」
俺が迷惑かけるか否かの問題なんだ。
というか、トップアイドルと自宅の中で二人きりという時点で、彼女の持つ大量のファン達に迷惑をかけているのかもしれない。
「ちなみに現在の所持金は?」
ためしに聞いてみた。
正直、白状と思われようが、やはりホテルを勧めたい。
「300円ちょっと」
遠足のおやつ代か!
トップアイドルの持ち歩く金額じゃないぞ。
いや待てよ……。
「クレカでも泊まれるホテルもあると思うぞ」
そうだよな、芸能人ともなれば買い物はカードだもんな。
「クレカ持ってないよ」
持ってないんかい。
じゃあ本格的にホテルに泊まれない事態じゃないか。
ということは、もう俺ん家に泊まるか野宿するかの二択しかないじゃないか。
俺はおもむろに立ち上がり、台所に向かって水道の蛇口から冷水を出して、それを両手で掬って顔面から被った。
「っしゃ! ……しょうがないな、しばらく泊ってけよ」
「なに、いまの」
気合を入れたのさ。
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