羽がなくても空を飛べたら 2
結局夏樹や花愛から散々尋問されたのち、なんとか口を割らずに先輩の家への帰還に成功した。
そもそも恋人なんていないんだから口を割るもなにもないんだけど、うっかり誰かさんの名前を出してしまわないか少し不安だった。
弁解しておくとその誰かさんの名前が出かねなくなってしまっているのは、決してわたしのせいではなく、わたしのすぐ隣で小テストの問題を解いているご本人のせいだ。
「ねえユキ。この問題ってどうやって解くんだっけ。」
「え、えっと。この問題はですね………」
答えようとしているのに、あまりの距離の近さに先輩と肌が触れ合いそうになって、うまく頭が回らない。
ここ最近、先輩の様子がおかしい。
明らかに、友達とは思えないくらい距離感が近づいている気がする。物理的にも精神的にも。
例えば、以前わたしと先輩が勉強会を行う際の定位置は、お互いが向かい合う形で対面に座っていたのに、今はいつの間にか隣り合っている。
さらに、これはわたしの考えすぎかもしれないけど、夜10時をまわって家に帰ろうとすると「もう帰っちゃうの?」と暗にわたしを引き止めてくる。昼間ならまだしも夜に引き止めるのはさ。うん。
そのせいで、もしかしたらもしかするじゃないかと思ってしまっているのが現状だ。
「あの、センパイ。ちょっと距離が近いんじゃないかなーって。」
このままわたしが乱されていても仕方がないので、思い切って本音を探りに行く。
この前みたいにわたしの勘違いで終わるかもしれないんだし、先輩がわたしについてどう思っているかはっきりさせるべきだ。わたしがどう考えるかはそれを知ってからでも遅くない。
「あっ、ごめん。嫌なら離れる。」
先輩は慌てて数十センチ距離を離しつつ、目を泳がせる。
嫌?嫌なのかな?わたしは。
最近になって先輩への自分の気持ちがわからなくなってきている。
頭の中に天使と悪魔がでてくるアレじゃないけど、それに近い感じで先輩に関することで意見が混ざり合っている気がする。
「いや、嫌じゃないですけど、なんか、その、近いなって。」
嫌だって言えよ、わたし。
だって、実際嫌じゃないし。
二人のわたしが喧嘩する。
片方は先輩を拒絶していて、もう片方は先輩と近づきたがる。
どっちが正しいのかが分からない。こうやって俯瞰している時のわたしは三人目の自分なんだろうか。
「それなら、もっと近づいてもいい………?」
そして当然のことながら、先輩の考えていることも分からない。なんでさらに近づく必要があるのか。
……いや、もしかすると、密着するほど隣り合うことが仲のいいことの証明、とでも思っているのかもしれない。
先輩は恋愛のセオリーと友情のセオリーの区別がつかないくらいコミュニケーション経験値がない。それはいつかの友情告白の時で把握済みだ。
あの時も、あたかも恋案件と思わせるような行動を繰り返しておきながら、結局はただ友達になりたいと言われただけで拍子抜けさせられた。しかも、本人はそれに違和感を感じていないというポンコツぶりだ。
だから、今も変な勘違いをしていてもおかしくはない。
もしそうだとしたら、今後の先輩との交流関係のためにもここで正しておいた方がいいだろう。
「センパイ、どうして近づきたがるんですか?わたしは嫌じゃないですけど、普通友達はそんなにくっつきたがりませんよ。」
「あ……そうなんだ。」
初めて知ることのように、先輩が面食らって一歩下がる。
やっぱり勘違いしていたのかよ。
どうせまたどこかで間違った情報をつかまされて、それを鵜呑みにしてしまったってところだろう。
仲良くしたいのは結構だけど、もう少し情報リテラシーを持ってほしいものだ。
その気がないのに『そういう』素振りを見せるのは、故意じゃないだけで、冗談で告白するのと同じくらい悪質だと思う。
もちろんわたしにはそんな気が毛頭なかったわけだから別にいいんだけどね。あくまで、今後先輩とつるむ人のための警告であって。
なんて声に出さない戒告で先輩にお説教していると、聞こえているはずもない先輩が目をぐるぐる回しながら言いにくそうにしつつ、小さく口を開いた。
「………普通の友達はしないのかもしれないけど、私はユキともっと近くにいたかったから………。」
「……………………………………。」
思わぬ述懐に声が出なかった。
つい先輩の言ったことの意味を反芻してしまい、ぼーっと見つめてしまう。その間も先輩はずらしそうになる目線を必死にこらえていた。
つまるところ、建前的に仲良くなるために近づこうとしたのではなく、先輩自身がそうしたいと願っているということだ。
あれ?
そうなると話が変わってくるのでは?
だって、今だってわたしたちはかなり近しい関係を築いているのに、もっと近くにいたいって。それって……。
………いや、わざわざ宣言まではしなくても、同姓同士でくっつきあいたいなんてよくある話じゃないか。
先輩って結構乙女チックで寂しがりやなところがあるから、友達とずっと一緒にいたいとか考えててもおかしくはない。はず。
でも、仮にそうだとして『ずっと近くで一緒にいたい』という願望って友達の範囲に収まるものなのだろうか。
それって、えと、恋人……とかにも同じことが言えるような気がしないでもないような気が。
あれ?
え?
は!?
マジで何考えてんだわたし。
いや、馬鹿だ。どう考えてもこんな妄想をするのは頭がおかしい。
というか、大した根拠もないのにこういう考えが浮かんでしまうこと自体が、わたしがそういう気があるということなのか?
いいや、違うだろ。そんなつもりなんてないって言ってるじゃん。前から。
あれあれ?
なんでいつの間にわたしと先輩の話が入れ替わってるんだ?
先輩がわたしに恋してる可能性を考えていたのに、いつからわたしが先輩に恋してるみたいな話になったんだ?
もう考えることをやめたくなるくらい事態は錯綜している。いまにもこのアパートなんて破壊できるんじゃないかと思うほどの大爆発が全身で巻き起こりそうだ。
「ユキ、大丈夫?顔真っ赤だよ。」
導線に火をつけるように先輩が追い打ちをかけてくる。
今自分自身と話してるんだから頼むから黙っててくれ。このまま話を進められると先輩に全てを許してしまいそうになる。
「ちょっ、ちょっと待ててくださいね。あと2分くらい、放っておいててもらえますか。」
「え。いいけど。」
心配そうに唇を噛む先輩に少し申し訳ないと思ったけどそれどころじゃない。
ええと、どこまで考えたんだっけ。
そうだ。先輩がわたしのことを恋愛的に好きなんじゃないかって話だ。
いやもうこんな考察はやめてしまおう。
先輩がわたしに近づきたがるのは友達として愛しているから、それで結論づけていいじゃないか。
そうだ。わたしたちはあくまでトモダチ。
さっきから恋愛がどうのこうの考えてたのは学校で夏樹と花愛に恋人の有無についてちょっかいをかけられたことが尾を引いているからに決まっている。
スーッと息を吸って周辺に撒き散らかされた邪念を含み、ハーッと息を吐いて全てを放出する。
よし。もう大丈夫だ。たぶん。
「どうしたの?深呼吸なんてしちゃって。」
「ただの精神統一です。」
とにかく先輩の期末考査が第一だ。
時間は少ないわけだしどんどん勉強を捗らせなければ。
冬だから当然かもしれないけど、もう日は暮れて夜に入っている。
この部屋は寒くて仕方がないけど、その寒さと天秤に合わせても傾くくらいには、先輩と一緒にいる空間が好きだった。でもあくまで全部わたしの中で完結した『好き』だから。それを関係上に出す必要もないと思う。
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