第4章

羽がなくても空を飛べたら 1


 いつも通りの日常に先輩が入り込んできて、いつの間にかそれがいつも通りになって。でも、中身はずっと前より良くなって。

 いつの間にか、別れを意識するようになって。


 いたからわたしはそんなに感傷的な人間になったのだろう。


         ───




「ユキ、最近元気だよねぇ。いいことあったの?」


 昼休みに入り、自作の弁当を開けようとしたところで、左隣の夏樹がほんわかした笑顔をうかべながら言う。


「そ、そうかなー?いつも通りだと思うけど。」


「あ、そういえば。夏樹は最近のユキが楽しそうだっていうけど、私にはユキが元気ないように見えるんだよねって話、この前しかけて結局話さなかったよね。」


 今度は右隣の花愛が思い出したように腕を組んだ。


「いや、だからさ。二人の気のせいだよ。わたしは何も変わってないし、嫌なことも良いことも特にないと思うけどなぁ。」


 正直、その話はあまり深掘りしてほしくないというのが本音だ。

 花愛が言っていることは思い当たりがあることだし、夏樹の言っていることは、本人の認識はともかくとして、本質を得ている意見だ。


 まあ、ここ数ヶ月でわたしに起こり続けている変化といえば、もちろん先輩のことだろう。


 学校で、偽りの性格という傘をさしているわたしは、基本的には演技をしている。自分の他者からの認識を『明るくて責任感のある優等生』で固定するために、あえてそう演じているのが真実だ。

 でも、所詮演技は演技。本音が出てきてしまうことはある。

 そしてつい最近の問題として、根暗な人格が表に出やすくなっている、というのがある。


 というのも先輩と一緒にいる時間に慣れてしまったことで、学校でも素直に性格を出してしまうことがあるのだ。

 すると花愛が言ったように、性格が暗めになるため元気がないと思われるわけだ。

 でも、実際は逆だ。先輩と一緒にいることに慣れて性格が暗くなるということは、むしろわたしが演技をせず気楽に生活できていることの証拠でもある。

 となると夏樹が言ったように、わたしが楽しそうにしているというのもあながち間違ってはない。だがこれはあくまで結果論であり、夏樹がわたしの事情を把握しているとは思えないから、彼女の偶然の産物だろう。


 学校生活に『ほんとうのわたし』が出てきてしまうのは割と大きな問題である。夏樹と花愛は良い人ではあるんだけど、明るくて真面目なわたししか知らない。だから、今更別人格のわたしを出しても困らせるだけだし、そもそもこれまで人生で貫いてきたスタンスを変えたくはない。

 先輩にこのことを伝えたらなんて言われるか分からないが、わたしにとって自分の性格を偽ることは、人生そのものなのだ。

 明るくなればみんなと話せる。賢くなれば嫌われずに済む。幼い頃からそうしてきたし、これからも明るく振る舞っていくつもりだ。


 そういう面で、先輩は迷惑だ。

 そして、その先輩にホイホイついていって、暇さえあれば家に通っているわたしはもっと迷惑だ。自分が自分にとって迷惑とか、訳がわからなくなる。


「で。何かしらあったんでしょ。心配事なら聞くよ。いいことがあったなら僻んであげるから。教えてよ。」


 花愛が少し声のトーンを強めて明るく言う。

 もう長い付き合いになるから、花愛がわたしを心配してくれているのは分かっている。

 でも、この子はちょっと圧力が強い。いい人なんだけど、ちょっと周りから浮いているのはこれが原因なのかもしれない。人力で性格を歪めてるわたしよりは立派に生きていると思うけど。


「話したくないなら別にいいけど〜。いいことがあったか、悪いことがあったかくらいは教えてからでもいいんじゃないかなぁ。」


 今度は夏樹がゆったりと自分の世界を展開しつつわたしを問い詰めてくる。

 この子は……たぶんわたしを心配したりはしてない。でも、他人に興味がないようで一部分だけ関心を持っている性格の夏樹は、わたしからすると話しやすくていい。花愛やわたしと違って、夏樹はわたしたち以外の人間とほとんど話さない。周りの人は夏樹のマイペースについていけずに拒絶するようになっているし、本人もわたしたち三人の絡み以外は興味がないようだ。


「うん。そうだなぁ。」


 二人の性格や立ち位置の説明はいいとして、とりあえずこの場でなんて答えるべきだろうか。

 いや、そもそも最近先輩と一緒に帰ったらしているわけだし、隠す理由も無くなってきているか。なんとなく、で先輩との関係を内密なものとしているけど。


「どっちかというといいこと、かなぁ。」


 嫌なことがあった、と言って心配されると事態が収拾のつかなくなりかねないので、本音を答える。

 先輩と一緒にいることはわたしを楽にしてくれる。普通の友人とは違う、妙な感情を覚える時もあるけど、先輩がわたしの事情を知っているという面で普通の関係でないことは事実なので、無理やり自分を納得させてあまり向き合わないようにしている。


「やったー。わたしの大当たり。」

 

 夏樹は楽しそうにしてるけど、この子の、わたしが最近楽しそうにしている、という意見は適当に言っているだけだと思うので、先輩との関係を変に探られているということもないだろう。


「うーん。じゃあ私の考えすぎか。」


 花愛も納得してくれたようだ。


「あ、わかった。恋人ができたとか?」

「うぇっ?!」


 全然納得してなかった。


「その反応、図星っぽいなぁ〜。」


 夏樹まで便乗してからかってくる始末だ。


 まったく。

 わたしに恋人なんていなし、それに準ずる関係だって少なくとも最近では無い。筋違いにも程がある。


「絶対ありえないから!」

「じゃあなんでそんなに動揺してるの?」

「えっ。」


 ……………なんでだろう。

 いや、だって、恋人なんていないのが事実だし。なんで動揺しているかと言われても。


 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ先輩について、そういう想像をさせられたことが過去にあったけど、結局勘違いだったし。

 そもそもわたしにそういうつもりはなかったし?

 せいぜい先輩のほうから土下座して、恋人になってください!と頼まれたら絶対に誰にも言わないと約束させた上で一万分の1くらいの確率で表面上だけOKサインを出してもいいかなってくらいであって。

 

 あれ?なんで先輩の話が出てきてるんだ?関係ないじゃん。


 いや、全然興味ないけどね。そういうことには。ただ最近身近な存在として先輩が思い浮かんだだけで、恋人云々とは全くもって関連性がないことであって。これほんとに。


「こほん。まあいいじゃん、わたしの話はこれくらいで。それより来週から期末テストだけど、二人とも大丈夫そう?」


 とにかく話題を切り替えよう。

 これ以上この話を続けることは精神衛生上良くない。


 そうだ。十二月に入る来週から期末考査が始まる。

 無論、わたしにとってはどうでもいいものだし、普通にやってればいつも通りの点数が取れるはずだ。


 わたしが気にするべきは先輩の方だ。

 先輩からの脅しはなくなったわけだけど、ここまで教えてきたわけだし、友達として先輩の卒業を願うのが普通だ。

 最近はなんだかんだ学力が向上していると思うので、なんとかなりそうな気もしている。

 が、三年生は三学期の成績が年度成績に含まれないため、実質今回の期末考査がラストチャンスであり、ここで一気に巻き返せる可能性も十分にあるがミスをしたら留年確定になってしまう大博打だ。


 ………いや、でももし留年したら来年も先輩と一緒にいられる可能性が…………。


 って何考えてるんだ。

 わたしはいよいよ受験シーズンなんだし、先輩と遊んでいる暇はないだろ。第一、学費の問題的に先輩の場合自主退学を選びそうだし。


 自分の将来の夢なんてないも同然だけど、それを先輩に見出すくらいなら、良い大学へ進学する方がよっぽど合理的だ。

 それにも関わらず、あと4ヶ月もすれば会えなくなることを考えると憂鬱な気分になってしまうのはどうしてか。


 理性的なわたしはいつだってこう言う。


 きっとこれは友愛が成すものだ、と。

 

 

 

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