猫の集会は夕日の向こう 5

「卒業したら、その後どうするんですか。」


 よく油の乗った肉と白米を口いっぱいに頬張って至福の領域を堪能していた私に、先ほどまでクッパを食べるのに使っていたスプーン手に持ったユキがさりげなく尋ねた。


「雇ってもらう。」

「もう内定もらってるんですか?」

「まあね。」

「へええ。」


 おどけたように言うが、流石に高3の冬にもなれば就職活動は終わっている。

 だからこそ、卒業することに必死になっているわけだし。


「ユキは高校卒業したら大学行くんだよね。」

「まあ、そうなるでしょうね。」


 大学生か。

 お金がない私には想像もつかない。

 奨学金制度とかもあるみたいだけど、肝心の頭の良さが致命的なので一生縁のない話だろう。


「私なんかに構ってていいの?勉強しなくちゃいけなんじゃ?あ、店員さんご飯おかわりください。」

「センパイに脅されてるから仕方なくです。」

「その話、なくなったんじゃないの?」


 別に揚げ足をとりたかったわけではないけど、さっきユキ自身がそういう関係はいやだ、と言ったはずなので、他意はなく指摘する。

 ユキは「あ、」とつぶやいた後、唇を噛み締めるようにぐぬぬぬと唸り出した。


 情緒不安定かな?

 普通に、そういえばそうだった、と言えばいい話なのに、叱られた子供のようにバツの悪い顔を浮かべている。

 

「優等生様のユキが自発的に落第間近の私に教えてくれるなんてありがたいことだね。」

「ぐぬぬ。」


 動物みたいにうーうー唸ってるユキは何を言いたいんだろう。

 よくわからないけど愛くるしさがある


「どこの大学に行くの?頭いいから上京するの?」

「ぬぬ。」

「あたま、撫でてもいい?」

「コロス。」

「ひどい。」

 

 酔っているときは、なでてなでてって子犬のようにはしゃぐくせに。


「卒業、か。」


 私の撫で要求で目を覚ましたわけではあるまいが、ユキが先ほどとは打って変わって冷静になって口籠もる。


「卒業したら引っ越すんですか?」

「多分しないかな。この街で働くわけだし、必要もないと思う。あ、店員さんご飯おかわりください。」

「そうですか。」


 良しとも悪しとも感じ取れないけど、ユキの表情はなんか複雑なことを考えていそうな曖昧な感じだ。


 これから12月に入って、1月があって、2月が過ぎて、3月を迎えればユキとの関係もそれで終わりだ。

 私たちは大義がなければそうそう会う関係ではない。

 私はそうじゃないかもしれないけど、ユキは自分から遊ぼうだなんて誘ってきたりはしないだろう。いや、でも今日ユキの方から積極的に会いたいと言ってくれたように、これから私の推測は良い方向に壊れていくかもしれない。


 どちらにせよ、ユキは本格的に受験生で、私は社会人一年目になる(なれたら)わけだし、暇はもっと無くなるだろう。

 ついでに言えば私は携帯電話を持っていないので、ただでさえ低いユキとの邂逅率がさらに下がって、なんなら卒業後は一生会わないかもしれない。てか多分会わないと思う。


 というか、それ以前にさすがに働き始めたら携帯買わないとまずいかな?

 連絡事項とかもあるだろうし、今時持ち運びできる連絡手段がないとか超少数派だ。お金はないけど背に腹は変えられないかも。でもでも、そうなったらユキの連絡できるようになるわけだし、悪いことばかりじゃないはず。


「どうしたんですか、箸咥えたまま黙り込んじゃって。」


 数ヶ月後に存在するかしないかもわからない未来の妄想は知らぬ間に捗っていたようだ。


「なんでもない。」


 高校の友達なんて卒業したらなかなか会うものでもないのだろう。私にとっては酷なことだけど、それが道理なら諦めるしない。

 焦燥感に駆られて茶碗一派に盛られた米を一気に食べ尽くす。


「あ、すみません。ご飯おかわりで。」

「………ちょっと、センパイ。どんだけ食べるんですか。」


 ユキが自分の目の前で空になった容器と、わたしの前に聳え立つ茶碗のタワーを見比べてそわそわしながら言う。


「あ、ごめん。待たせちゃってるよね。これで最後にするから。」

「いや、それは別にいいんですけど。その大盛りおかわり何杯目ですか…?」

「ん。」


 茶碗の数を数えると5杯。でもその前に店員さんが片付けてくれた分もあるから。


「9とか10とかじゃない?」

「えぇ……。食べすぎでしょう。よくそんなに食べられますね。」

「だって、無料なのに食べないのは勿体無いし。」


 そんなにドン引きされるほどおかしかっただろうか。

 たくさん食べている気はするけど明日と明後日の分も食べているだけであって決して私が大食いというわけでもないと思う。


「食い溜めしてるだけだよ。」

「普通できんでしょ。そんなこと。それに、一気に食べすぎると太りやすくなるらしいですよ。」

「それはいいね。私もガリガリな体からはおさらばしたいところだった。」

「今、体重何キロなんですか。」


 べつにいいけど失礼な質問だな。

 授業中の私みたいに頬杖をついて当然至極聞いてくるけど、相手の体重を聞くなんて結構踏み込んだやりとりな気がする。

 でも、それってユキが私のことをより身近に感じてくれてるってことかな。流石に自意識過剰すぎるか。

 目に余るほどのポジティブ思考の沼からなんとか抜け出す。

 ええと、確か今年の身体測定の時の体重は、


「40キロとかだったと思う。」

「…痩せすぎですよ。」

「だから今食べてるんじゃん。」


 ユキのようなお金持ちには私のひもじい貧乏生活なんて理解できないだろう。今日みたいに食い溜めができるのも人生18年間の中で培われてきた生活の経験則なのだ。

 自分で言っていて情けなくなってきた。


 …………………………………。

 しばらく無心でご飯を口に放り込んでいた私だったが、正面から対応に困る目線に照らされていることに気がついた。


「ユキ、私の胸ばっかり見てどうかしたの?」


 理由はわからないけど、ユキはよく私の胸に視点を合わせる。別に大したものでもないが、体の割に無駄に大きく育ってしまった胸は変に目立つため、男子だけじゃなく女子からも覗かれることがある。だからユキに見られることも別に嫌というわけではない。

 でも、なんかムズムズしてどうしても指摘してしまう。

 

「み、見てない。」


 ユキはいつも戸惑いつつそういう。

 でも、ユキだって可愛いし学校でも人気がある以上、見られる側は気づいている、ということは分かっているはずだ。

 物言わず問い詰めるように見つめると、すぐに耐えられなくなったのか、図太く開き直った。


「………その体重で、その胸は重そうだなって思っただけですが?なにか?」


 なんだこいつ。逆ギレしてる。しかも失礼なことを堂々と。

 怒りたいわけじゃないけど、そういう態度を取られると私もちょっかいを出したくなる。


「そういうユキの体重って何キロ?」

「女の子に聞くのは失礼ですよ。」

「わたしは答えてあげたよね。」

「………50キロくらいですけど。」

「体重に反して軽そうな胸で羨ましいよ。」

 

 結局この後もう一発頭を叩かれることになった。「そんなに好きなら胸を叩けばいいのに」と皮肉ったことでもう二発ほど頭を叩かれた。

 先輩をなんだと思ってるんだ。暴力反対。

 

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