猫の集会は夕日の向こう 3

 引っ張られるように連れてこられた場所は駅前にある5階建くらいのビルだった。

 入り口が暗くなっているのが入ることを躊躇わせたが、ユキが「いこ」と言うので特に何も考えずに中に入る。いつの間にかユキがわたしの後ろへと回っていた。なぜだろう。

 一回フロアには何もなくて、ただ奥にエレベーターが一台設置されているだけだった。なんだか怪しさを感じつつもエレベーターに二人で乗り込む。


「何階?」

「5階です。」


 どこに行かされるのかも分からなかったけど、ユキのいう通り5のボタンを押してしばし待つ。


 さっきから謎に無言になっているユキを横目に、これからどこに行くのかを想像する。

 よく確認しなかったけど、見た目的に飲食店が各フロアに入っている系のビルだと思う。

 となるとクレープじゃなくて焼肉なのかな?

 いまいちユキの表情を見ても判断できない。

 

 今日のユキはなんだか不思議だ。と思ったけど、そうでもない気もする。

 土曜日、ユキが最後に見せてくれた笑顔がどうも私の頭から離れてくれない。そのせいで、今日のユキがいつもと違うように見えてしまっているのだろう。

 

 エレベーターを降りると、鼻を刺激する濃厚な匂いがすぐそばまで迫ってきていた。

 これは…肉の匂い?

 ということは焼肉の方だったのかな。


「ほら。前に進んでください。」


 立ち止まって考える私に、早くいけと言わんばかりに後ろからユキがせかす。

 連れてきたのは自分なんだからそっちが前を歩けばいいのに。


 扉を開けて店内に入ると、先程までの肉の香りがよりはっきりとわかるようになる。入ってすぐに受付があり、いかにもな制服を着た店員さんが私たちの来店に気づく。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「二人です。」


 私じゃなくてユキが言うべきじゃないかと思ったけど、ユキは何故か後ろに隠れるように身を縮めているので勝手に答える。

 そのまま店員さんが私たちを連なって席に案内してくれた。

 店内は窓がなく、照明もそこまで強くなかったので全体的に薄暗さを感じ、どう考えても制服姿の女子高生に似つかわしくない。

 ユキの知ってるお店なんだし、別に危ないこともないんだろうけど、どうも不安を感じる店だ。

 席は入り口から一番遠いテーブル席で4つ椅子があったが、二人で向き合って座った。

 机の真ん中が凹んでいて網が張られている。さらにその下には墨がいくつも置いてあった。

 やはり予想通り焼肉屋だった。

 肉の匂いが漂うクレープ屋なんてあるわけないから、ある意味必中の予想ではあったが。


「どうぞ。ご自由に頼んでください。」


 ユキは言いながらメニューを私に手渡す。


「…………ありがと。」


 どうもユキの本心が読めない。

 わざわざこんなところまで連れてきて奢ってくれるということは何かしらの理由があるんだろうけど、それが私には想像すらつかない。


 私の機嫌を取ろうとしてる?なのために?

 …………………………うん、わからない。


 ちょっと考えてみたけど、やっぱり理由に行き着くことはなかったので、諦めてメニューを開く。


 何かあるなら向こうから言うだろう。

 何もないなら、私になんでも奢っちゃうくらいユキが機嫌が良かったということにしてしまおう。それで、後日私も何かユキに買ってあげれば話は終わりだ。


 勝手に納得してメニューに並んだ商品を眺める。

 なぜかランチメニューが17時まで受け付けていたのでそれにした。

 ランチって14時くらいまでが普通なんじゃないか?17時なんてほとんどディナーだろ、とツッコミたかったけど、そういう店なんだろう。ランチメニューは安いんだし私に得ならいいや。

 ちなみに、ユキはなんとかクッパを頼んでオーダーを済ませた。


「センパイ。センパイも気になっているとは思いますけど、わざわざたっかい焼肉を奢るのにはちゃんと理由があります。」


 注文を待つ間、間をもたせるために出された水をちびちび飲んでいた私にユキの視線が突き刺さる。


 あ、やっぱり理由があったんだ。

 なんだろう。なんか不安になる。


 香ばしい肉の匂いと相容れない張り詰めた雰囲気がテーブル周りを覆う。


「センパイはバカだから、きっと勘違いしちゃうんで先に言っときますけど、わたしはセンパイのこと、大切な友達だと思ってますからね。」


 そう平然と言った。

 前置きみたいに、当たり前のように言った。


「え?え、え。」


 何その報告。

 嬉しいけど、このタイミングでそんなこと言う?

 私が認知できない心のどこかが祝杯をあげるように動いているのを感じる。



 でも、それも一瞬のことだった。

 ユキは私が口を開くことを許さないように続けた。


「その上で言います。先輩がわたしの秘密をバラすって脅し、なくしてください。」


 その言葉を聞いた瞬間、先程まで限界まで上がっていた体温は一気に下げられた。

 急に冷房をつけられたんじゃないかと思うほど血が引いていくのを感じる。


 ユキが言ったこと、それは友達になってあげたんだから脅しをなくせ、ということだ。それはつまり、つまり、、、


「………私と友達になったのって脅される関係を終わらせるため………だったんだ。」


 そういうことだ。

 本当はユキは私のことを脅してくる最低なやつとしか思ってなくて、そいつとの縁を切るために嫌々仲良くしてあげてるってことだ。

 土曜日のことも、その前のことも、全部私のご機嫌をとって自分を守るための防衛行動だったんだ。

 ここ数週間、ずっと上昇していた気持ちの高鳴りが、崖から崩れ落ちたかのように急降下していく。

 そうだよね。私って最低な人間だもんね。そもそも、脅しておいて友達になりたいとかおかしいもんね。私なんて、、


 バシッ


「いたっ。」


 額に衝撃を感じて、私は本能的に悲観するのを中断して顔を上げた。

 呆れた表情のユキが手刀の型をしてこちらに構えていた。


 え、いま、ユキに頭叩かれた?

 なんで?


 困惑する私に言い聞かせるようにユキがぶっきらぼうに言う。


「だからセンパイはバカだと言ったんです。先に言ったでしょ、わたしとセンパイは友達です。いつわたしが一緒にいたくないなんて言いました?」


 珍しく強く言い立てるユキを見て、反射的に気が収まって、冷静になっていく。

 私の小さい脳みそでユキの発言をまとめると、どうやら私のことが嫌いというわけではないけど、会う時間は減らしたいということらしい。


 嫌われてないのか。よかった。


 ……………まあ、ユキは友達たくさんいるし。頭いいから勉強もしないといけないし。家族だっているし。そりゃあそうだよね。私とずっと一緒にいるわけにはいかないよね。


 嫌われてなかったとしても、ユキと私の時間はこれから減っていく。そのうちになくなってしまうかもしれないということだ。

 止まりかけたけど、失落は途中で止まってくれなかった。

 

 バシッッ

 

 「いたっっ。」


 また額に衝撃を感じた。

 さっきよりも結構痛い。


 顔を上げると今度は椅子から体を乗り出して私の額に手の側面打ち当てたまま静止するユキが見えた。


 また叩かれた!?

 なんで!?

 

 本気で怒っているわけじゃないことは見てとれるけど、ユキの考えがわからず、またしても私は混迷に苛まれることとなった。

 

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