猫の集会は夕日の向こう 2

「で?どこに行きたいんですか?」


 威圧感のあるキャッチセールのごとくグイグイとこられて思わず身を引く。別にニコニコはしてないけど。

 

 どこに行きたいって聞かれたって、『普通』が分からないから、何を言うにしてもどうも口に出すことが憚られる。

 そんな私を見計らったかのようにユキが一歩引いて言う。


「別にわたしに気を使う必要なんてないですからね。自分の意思で決めてください。」

「ふむ。」


 どうして今日のユキがそんなに優しいのかは理解できなかったが、勝手に決めていいならこれ以上無駄に悩む方が失礼だろう。


「焼きn、、いや、クレープとか?」


 私の提案に賛成するでも反対するでもなく、ユキが疑念を含む表情をする。


「最初、なんて言おうとしたんですか?」

「いや、焼肉って言おうとしたけど、流石にそれはないなって。」


 やってしまった。

 つい食に飢えすぎて、ほんとうに自分の欲望を明かそうとしたのが本音だ。

 だが、いくら私が永遠の乞食だったとしても高校生が学校の帰りに焼き肉は不自然だし、それをユキに奢らせようとかさすがに傲慢すぎたので、言いかけてやめた。


「まあ、制服姿で焼肉はないですよね。」


 ユキは少し呆れつつ淡々と言うが、私の心境は真っ青だ。

 下校時に何か奢ってあげると言われて、焼き肉、と答えかけるような俗識のない女と一緒にいたくないだろう。

 嫌われたんじゃないかな?


 誰かの目線なんてこれまでの人生で気にしたことなんてなかったのに、ユキにどう思われているかが不安になって仕方がない。

 

「センパイ。」


 曇りに曇った心中から連れ戻されるように、ユキが私に呼びかける。


「わたし、センパイのこと嫌いじゃないですからね。」

「え。」


 私の心中を完全に把握しているかのような発言が飛び出してきて、ギョッとして足を止める。

 嫌いじゃないって言ってもらえるのは嬉しいけど、なんで考えてることがわかったんだろう。


 立ち尽くす私の横を2メートルほど先まで歩いた後、ユキが不思議そうにこちらに振り向く。


「なんですか。もしかして嫌われたかったんですか?」

「いや、いやいや、まったく。でもどうして私が考えてることがわかったのかなって。」


 ユキは、はぁ?とあたかも当然のことを指摘されたかのように腕を組んで言った。


「最近のセンパイって顔に出やすいんで、なんか心配そうにしてたのはすぐわかります。」


 「何考えてたかはわかりませんけどね」とわずかに口角をあげて満足げに呟くように言うとそのまま前に体を戻して歩きだした。

 置いていかれないように駆け足で隣に並ぶ。

 

 そんなこと、表情に出てたかな。

 これでもポーカーフェイス(某夜道さん曰く)だと言われてきたのに、最近口元がよくふやけた海藻のようにやたら動く気がする。

 さっきユキとのことを考えてニヤけてしまったように、自覚している面もあるし、今指摘されたように、自覚していない面もある。

 これもユキと一緒にいることによる変化なのだろうか。


「ところで、この前みたいにおしゃれはしないんですか。」


 並んだ私をそれ以上前に進まないよう押し止めるように、ユキが何故か低めの声で言う。


 わざわざ自分で確認するまでもないが、今日の私は土曜日のように身だしなみを整えてはいない。わざわざ時間をかけてまで見た目に気を使う価値は私にはないと思う。


「髪くらいはちゃんとしたほうがいいですよ。」


 言いながらユキが私の後ろ髪の毛先をツンツンしている。

 ユキの髪を見ると、明るめの茶髪が先端までストレートに綺麗に並んでいる。結んでいる時もあるけど、今日は下ろしているようだ。

 逆に私はずっと下ろしっぱなし、というか、何も手を加えていない。


「誰も見てないんだし、私はこれでもいい。」


 ユキみたいに、学校での評価を気にしているならまた話は変わってくるのだろうが、私なんて教室じゃ空気よりも存在価値がないんだし、見た目に熱心になるのはバカらしい。


「わたしは見てますよ。センパイは可愛いんですから、もっと気にした方がいいです。」

「……………………そ、そうなんだ。」


 可愛い、だって。

 いきなり褒められたことにもどかしさを感じてちゃんとした言葉が出なかった。

 私なんて世間で言う可愛さとは相容れない存在なので、お世辞だったとしてもユキに言われるとドギマギしてしまう。


 私の様子を汲み取ったのか、それとも雰囲気が蔓延してしまったのか、ユキも恥じらうようにどこか遠くを眺める。


 土曜日にも同じようなことがあったが、私はどうもユキに褒められることに弱い。

 容姿や態度を褒められることは山下さんや夜道さんからもあるのに、ユキに言われるとなぜが恥ずかしさを覚えてしまう。自分が喜んでいるのか嫌がっているのかはわからないけど、とにかく感情が昂ってしまう。

 そしてそんな私を見て、なぜかユキも黙りこくってしまうため、今みたいな気まずい空間が生まれてしまう。

 いっそのこと茶化されたり、呆れられる方がまだこちらの心境に良い。


 しばらく微妙な空気を吸いながらならば歩いていたが、ごほん、というユキがわざとらしい咳き込みと同時に空間が裂かれた。


「で?クレープと焼肉、どっちがいいんですか?」


 え、その話続いてたんだ。


 もし、焼肉、って言ったらユキはそれを良しとしてくれるということなんだろうか。

 よくわかってないけど、それっぽいことをするならクレープにすべきなんだと思う。

 

 悩む。


 いや、ここで選択肢を切れない時点で自分の欲望の面の皮の厚さを情けなく思わないといけないんだろうな。

 

「ユキが行きたい方で。」


 面倒になったので全部ぶん投げることにした。

 ユキは私が放り投げた選択肢を吟味するようにこちらの顔を伺う。


 じーっと見つめられて脈拍が速くなるのを感じるが、いちいち動揺を表面に出しても仕方ないので、ユキと目線を合わせたまま耐える。


 しばらく睨めっこしている状態だったが、ユキの方が先に顔を離して、


「じゃ、行きましょうか。」


 とだけ言って向き直った。


 結局どちらにいくのかの結論を出さないまま歩き始めてしまったため、私は疑義を抱えたままだ。

 それでもユキが結論を出したということはそれは私の選択と同じなので後を追う。

 手を繋いでるわけじゃないのに、引っ張られるように感じて、どこか安心感を覚えた。

 

 

 


 

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