間章 1

追憶を望み、回願を掃滅す

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この話 (追憶を望み、回願を掃滅す)

はストーリーの設定を補うための間章です。

本編の第二章の直接の続きは次回以降の第三章からとなります。

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 ろくな家ではなかったし、少なくとも普通の

生活では考えられないような劣悪な環境だったと思う。

 そんな家に生まれてしまったことに失望はしなかった。物心つくころにはそれが当たり前のことだったからかもしれない。


 父は無類のギャンブル好きだった。休日はいつも朝にどこかに出かけて、夜に萎えた様子で帰ってきていた。平日は割と真面目に働いている様子だったが、よく自分の妻、つまり私の母と喧嘩をしていて、ひどい時は殴り合いになってた。私に関してはいないもののように扱っていた。

 母はよくお酒を飲む人だった。朝から晩までお酒を飲んで、よく夫婦喧嘩をしていた。流石に父を泣かせることはなかったが、喧嘩に勝つときはあった。よく自分の娘、つまり私に暴力を振るっていた。顔を殴らず、腹部や下半身を傷つけていたことは、今考えれば最低限の小賢しい知識はあったみたいだ。


 そして私は、なんの個性もない、存在価値のない人間だった。

 得意なこともない、苦手なことはたくさんある。何かしらの優れた才能もない、人より劣っているところはたくさんある。誰かに好かれることもない、嫌われることは…まあそれなりにあったと思う。

 この親にしてこの子あり、という言葉があるが、私は親の遺伝子をきちんと受け継いでしまったようだ。

 幸いなのは私に劣等感という概念がなかったことだ。最初から諦めていたと言われればそれまでだけど、誰かに劣っているからといって自分を敢えて下げるようなことはしなかった。少なくとも当時は。


 とまあ、ろくでもない幼少期をすごしてきた私は、小学校でも中学校でも誰一人友達はいなかったと思う。誰かと戯れることに魅力は感じなかったし、あえて私に近づく人もほとんどいなかった。少しはいたけど、すぐに消えた。


 高校生になってもそれは変わらなかった。

 ちなみに、父がギャンブルで大勝ちしたとかいう意味のわからない理由で高校に入れてもらえた。私の学費を賄えるレベルの大儲けをしたとは思えなかったけど、その時は父の気分が良くなっていたんだろう。

 頭が悪すぎて中学を卒業したら働くことも視野に入れていたため、少し意外な展開だったが、どうでも良かったので特に何も考えずに私の学力でも入れる高校に入学した。


 二年連続ギリギリで進級できたのは良かったが、事情が変わったのは今年の五月だ。

 

 結論から言えば、親が死んだ。

 帰ってこないと思ったら、どこかの山で両親の死体が見つかったらしい。

 事件なのか、事故なのか、それとも自殺なのか時間が経っていたため完全には分からなかったと、警察の人が言っていた。


 正直どうでもよかった。高校生になる頃には父と母は幼い頃のように暴力を振るうようなことはなくなっていたが、私と両親が会話をすることもなくなっていた。

 最後に話をしたのはいつだったっけ。それすら無関心だった。


 私にとって親とはただの他人であり、血のつながりとか家族の絆なんてものは小説の物語上にしかないものだ。

 それがいなくなったところで何も変わらなかったし、変わることを望んでもいなかった。


 ただ唯一困ったのは、お金の問題だ。もともとボロボロなアパートに住み、質素な生活を送っていた我が家は、生活費に関しては私のバイト代と父の収入が頼りだった。

 そのため、一人暮らし用のさらに安い部屋に引っ越しをしなければならなくなった。


 まあ、それだけなら別にいい。私一人で暮らす分、生活費は抑えられるし、これまでと同じようにバイトをすれば最低限生きていける。

 

 お金の問題で一番困ったのは、借金についてだ。

 両親は多額の借金を抱えたまま死んだ。

 相続放棄をすれば私が借金を返す必要は無くなるわけだが、知らないうちに借金の保証人にされていたため、私には返済の義務があった。

 保証人には成人でないとなれないので、私が18歳の誕生日を迎えてから保証人になったことになるが、あまり覚えていない。そういえば適当に名前を書かされたような気がしないでもない。


 ともかくそういう訳で、私は一人で生活をしながら借金も返さなくてはならなくなった。高校に行っている場合じゃないような気もしたけど、幸か不幸か学費は親の生前にすでに払われていたため、通わなければ損であり、将来も見据えて卒業だけはしておこうということになった。



 それからなんやかんや紆余曲折があった。夜道さんに雇ってもらったり、ユキと出会ったり。

 そして今現在私の目の前でユキが難しそうな参考書にペンを素早く動かしている。


 最初は、ちょうど良い教師が手に入ったくらいにしか思っていなかった。

 でも、いつの間にか私はユキのことが気に入っていた。


 ずっと隣にいて欲しいと思った。


 こんな気持ち、家族にだって持ったことがなかった。

 私にとって唯一の誰かに対する好意だったから、それが一方的なもので終わってしまうのではないかと心配していたが、ユキは私の初めての友達になってくれた。

 嬉しかったし、これからも仲良くしていきたいと思う。


 ここが自分の家でよかった。

 ここが私の居場所だ。


「センパイ、何ニヤニヤしてるんですか?」


 顔の前の教材から目を逸らし、想いに耽っていた私を見てユキが訝しむ。


「私、ユキのこと好きだなって。」


 こうやって笑える日を私は大切にしていきたい。


 

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