最前線のその先を眺めて 5

 店を出ると、先輩はすぐ側の日陰に立って後ろを向いていたが、わたしが出てきたことを察すると、急いで何かを隠すように後ろ手を組んで振り返った。


「今何やってたんですか?」

「な、なんでもない。」


 怪しい。

 あからさまに狼狽した様子で先輩は目を合わせない。こちらがじーっと探るように視線を集中させると、耐えきれなくなったのか、手に何かを隠し持ったままトテトテとおもちゃの人形みたいに前進し始めた。


 「さ、早く行こ。」


 何を隠してるのか確かめたい気持ちもあったけど、リードを引っ張る子犬のように先輩が早足で歩き出したので、仕方なくつられてあげた。


 

 そのあとは、河川敷を降って川のすぐ隣の砂利を並んで歩いた。

 川はちょっと危ないような気もしたけど、晴れていたし、流れが穏やかだったので別にいいか、となった。今のわたしは優等生でもなんでもないしね。


 歩くだけなのは退屈のような気もしたけど、やっぱりわたしたちにはそれくらいが合っているような気がした。


 先輩との距離感はこれくらいでいい。


 冷たい空気と刺してくる太陽の熱が混ざり合い、爽やかな風が肌を撫でる。

 暑すぎず寒すぎず、何もしなくても心地よさを覚えるような天気と時間帯だ。

 

 私にとっての先輩も、たぶんそれと同じなんだと思う。

 クーラーをつけなくても、ヒーターをつけなくても良くて、わたしに勝手に合っていく、そういう存在だ。


 ぴちゃん、と何かが跳ねる音がして水面を見ると、小さな川魚が川の流れに沿って群れをなしていた。


「センパイ、みて。さかな。」

「食べたいの?」

「…んなわけないでしょう。センパイと一緒にしないでください。」



「センパイ、何採ってるんですか。」

「名前はわからないけど、食べられる草。」

「勝手にとっていいんですか。」

「公有地だからね。いいんじゃない。」



「センパイ、あの石のかたちネコみたいじゃないですか。」

「………………え?……あ、食べたいの?」

「……話聞いてなかったなら聞き返せばいいじゃないですか。」



 何気ない会話が心地よく感じられた。

 普段ストレスがたまっているからかもしれない。

 

 いつだったか、同じように誰かと河川敷を歩いたことを思い出してなんだか懐かしい気分になった。あの時も、今みたいに安らぎを覚えていたような気がする。

 エモいってこういうことをいうのかな。


 時々先輩と話しながら。でもほとんどは何も言わずに隣り合って歩いているだけ。人によるだろうけど、というか大半の人にはつまらないことかもしれないけど、わたしにはそれで充分だった。

 


 いつの間にか、昼が下がって夕方に差し掛かろうとしていた。

 遠くに見える橋に太陽が差し掛かって、幻想的な風景を作り出している。

 長い長い河川敷を歩いているだけでもう何時間も経っていたのか。


「もうこんな時間ですか。帰ります?」


 存外、退屈でもなく楽しめた。

 こういうのもたまにはいいかも、と思った。

 先輩と一緒じゃなかったら来ないだろうけど。


「うん……。そうしよっか。」


 ん?なんだか歯切れが悪いような気もしたけど、まあいいか。


 駅までの道を携帯で調べると、ここから一番近い駅はこのまま真っ直ぐいったところにあるらしい。

 つまり結局まだ河川敷を歩くことになる。


 先輩にその事実を知らせて、再び足を進める。

  

 …………………あれ。


 なんか、先輩との距離が近い気がする。

 さっきまで、わたしと1メートルほどの距離をとっていた先輩が、今は体を寄せるようにして隣を歩いている。

 男女ペアだったら恋人確定レベルの近さだ。

 感じるはずのない先輩の体温が理解不能な錯覚としてわたしの神経を撫でる。

 それが良いものなのか悪いものなのかがわからず不可解な気持ちになった。


 せっかく落ち着いていたのに、みたび心臓が鳴り出して私を困らせる。

 

 えっ。

 今度は何?


 行動の意図を確かめたくて、表情を覗こうとするが、俯いているせいか前髪が目にかかっていてよく見えない。


「あの?センパイ、さっきからなんか近くないで」


 全て言い終える前に半強制的に私の声帯は音を出すことを拒絶した。それどころじゃないと感覚器官が指示を出したからだろう。


 視線を移すまでもなった。


 わたしの右手が先輩の体と密着し、引き寄せられていた。

 ぎゅーっと音が鳴りそうなくらいに先輩がわたしの腕に抱きつき、愛しい目でこちらを見つめている。


 辺りの音が何も聞こえなくなって、時空が歪んだような感覚に襲われる。


 なんで?とか考えるまでもなく思考が完全に停止した。



 

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