最前線のその先を眺めて 3

 電車を降りて、駅から離れると、わたしの心もようやく雑音が消えたかのように落ち着いてきた。


 さっきまでのわたしは明らかにおかしかった。


 先輩とわたしは特別な関係だし、先輩は普通の高校生じゃないようなところがあるけど、それでもちゃんと女の子だ。

 自分を可愛く見せたいことだってあるはずだし、今日の先輩も別におかしくはない。


 おかしいのはわたしの方だ。

 先輩に対してあんな気持ちを一瞬でも感じてしまったことがありえないことなのだ。


 だって……だって……先輩は女子だ。


 わたしにそういう考えはない。


 第一、同じ女子でも夏樹や花愛のほうがずっと良い人で魅力もある。

 先輩は頭も悪いし、意地悪だし、何考えてるかわからないから、論外のはずだ。


 せいぜい、先輩と一緒にいるのが気楽で、いつもは見ない先輩の様子にちょっとドキドキさせられたくらいだ。


 つまり、今日のわたしが少しだけ精神状態がおかしいだけで、明日になれば先輩のことなんてなんとも思ってないはずだ。


「…………?あの。わたしたちどこに向かってるんですか?」


 久しぶりに外界に意識を戻すと、いつのまにか駅が見えなくなるほど遠ざかり、小さな住宅街の道を歩いていた。


 先輩に無意識的に着いてきただけだったが、よく考えればこんなところに来て何をしようと言うんだろう。


「どこにも。ただ歩いてるだけだよ。」

「え?どういう意味です?」

「だから、ただ歩いてるだけ。」


 そういうこと、と言ってそのまま前を歩き続ける。


 いや、どういうことだよ。わざわざ休日に電車に乗ってまで来て、やることが散歩ってこと?


「いろいろ考えたんだけどね。」


 小さな土手に差し掛かったところで、タイミングを見計らったかのように、先輩が呟いた。


「ショッピングモールとか行っても、やることないじゃん。私も人が多いとこ苦手だし、ユキもあんまり興味ないでしょ。」

「まあ、そうですね。」


 別に話したこともないのに、先輩はわたしのあまり踏み込まれたくないところまで理解しているようだ。


 思い出を汚したいわけじゃないけど、夏樹や花愛とそういうところに遊びに行ってもあんまり楽しめない。

 先輩と同類扱いはちょっとやめてほしいけど、実際のところ、わたしもまあまあな陰キャだ。他人と関係を持つのはそんなに楽じゃない。


「カラオケとかはもっと無いし。誘っておいてなんだけど、やることないなって。」

「でも、結局歩いてるだけじゃ何もやってないんじゃ?」

「でも、私は静かなところでユキの隣にいるだけで幸せだから。」

「えっ。……………そですか。」


 気まずくなって、またしても顔を逸らしてしまう。

 隣にいられて幸せだ、なんて結婚式じゃあるまいし、そんな恥ずかしいセリフを向けないでよ。

 やっと音を鎮めた心臓音がまた鳴り響いてしまうだろ。


 お互い無言になった空間が、余計に居心地の悪さを大きくする。

 先輩は会話をすることに消極的なタイプなので、わたしが戸惑って声を出せなくなるといつもこうなる。


 そのまま歩いていると、大きな川に合流し、河川敷に沿って進む。

 今日は暖かいといってももう冬だ。わずかに吹きかける風が肌を冷やす。厚着のわたしにはちょうどいいくらいだが、先輩は寒いだろうな。

 途中、夫婦と思われる老年の二人とすれ違った。それを見て、休日の昼間にわざわざ好んでここを歩く女子高生はいないだろうと思った。

 でも、わたしと先輩は普通の関係ではないからある意味お似合いかもしれない。


 河川敷は桜の木がずらっと並んでいて、春になれば見られるであろう満開の桜を空的に眺める。

 春になる頃にはもう先輩と会うこともなくなるのか。先輩がどこまで本気で捉えているかわからないけど、留年しなかったらそのまま卒業で関係は終わるし、留年してもわたしが勉強を教える義理がなくなるので会うことはないだろう。

 別にいいけど、わたしにとって居場所が少なくなるのはちょっとだけマイナスだ。別にいいけど。


「あのさ、ユキ。」

「なんです?」

「いきたいところとか、ある?」


 先輩が何故か両手でカエルの形を型取りながらどこか遠くを見る。 


 流石に退屈になったのかな。それともわたしが退屈してるんじゃないかと心配してるのかな。

 まあ。いくら先輩と一緒にいるのが楽だって言っても、さすがに歩いてるだけなのは暇になりそうではある。


「うーん。それなら、あそこのカフェで休んでいきましょう。」


 辺りを見渡すと、川とは反対側に桜の木に囲まれるよう位置している小さなカフェを発見できたので、そこへ行こうと誘う。

 先輩は数秒立ち止まって首を傾げていたが、わたしが真意を尋ねる前に「いいと思う。」とそっけなく言ってすたすたと足を進めた。それを同意だと捉えてわたしも横に並ぶ。


 店に近づくにつれ、コーヒー豆の香ばしいかおりが鼻に流れ込んできた。

 店は個人店らしく、見たことのないロゴを看板にぶら下げていて、初見で入るのは少し憚られたが先輩が立ち止まることなく店の扉を開いたので、私もそれに続いて入る。

 先輩は陰キャを自称しているけど、妙に肝が座ってるところがあるのが、こういう時は頼りになるからありがたい。

 

 店内はザ・カフェという感じの落ち着いたイメージを持っていた。幸いというべきか客が誰もいない状態だ。

 カウンター席が8席、四人テーブル席が3つあり、カウンターの奥に店主さんと思われる、白髪ですらっとしていてメガネをかけた若い女性が立っている。

 

「いらっしゃい。好きなとこに座って。」


 どこぞの人魚のような風貌の店主は見た目よりもさらに柔い声だった。

 こんな人もいるんだなと思いつつも、誰もいなかったので遠慮なくテーブル席に座って先輩と向き合う。


「何頼みます?」


 メニューを手に取ると、想像よりも分厚くて驚いた。見ると、コーヒーの種類だけで3ページ分くらいあり、他にもスイーツや料理も専門店レベルの品揃えだった。

 何を頼むか迷ったが、ブルーマウンテンとチーズケーキを頼むことにした。組み合わせ的に合うのかは微妙だけど、どっちも頼みたかったのでそうした。値段はそこそこなものだったが、せっかくなんだし少しくらい贅沢してもいいだろう。


 自分のオーダーを決めたので、先輩にメニューを渡す。

 先輩はメニューとじっと睨めっこしながらゆっくりとページを捲っている。


「そんなに悩みます?」

「値段見て一番安いやつ探してる。」

「相変わらずケチな性格ですね。」

「なんとでも言ってどうぞ。こっちは生活がかかってるんだから。」


 どんだけお金に困ってるんだこの人。バイトもしてて、あのボロいアパートに住んでるのにそれでもそんなに生活に困るものなのかな。そういうことに関しては全く詳しくないから変に口出しはしないけど、先輩を心配する気持ちはある。

 

「この場はわたしが奢りますよ。好きに選んでいいです。」

「……………いいの?」


 別に恩を売ろうと思ったわけでも、憐れでいるつもりもない。

 でも、せっかく二人で来たんだから、先輩にも気楽にしていても欲しいだけだ。


「それなら、この店の品全部頼むけど。」

「やっぱり奢りはなしで。」

「ウソ。ごめんって。じゃあユキと同じやつ。」


 …………たぶん悪気なくわたしと同じオーダーにしたんだろうけど、元が高値だけに二人分だと財布が寒くなりそうだ。そんなにお金持ってきてないんだよね今日。

 とはいえ今更ダメとも言えないので、店主さんを呼んでできるだけクールぶって注文を済ませた。

 

 「ねえ。やっぱり私の服装、変?」


 珍しく、前ぶりもなく先輩から話しかけられて、慌てて目線を上げる。

 電車内で聞かれたとき同様、先輩は少し俯いて顔を赤くしている。


 「さっき聞きました。似合ってると思いますよ。」


 またわたしが動揺しかねない話題なのでやめて欲しいんだけど。


 「でも、さっきから私の胸ばっかり見てるよね。目立ってるんじゃないかなって。」


 …………………見てませんけど!?

 急に血が浮き出るように全身から熱を出した。


 



 

 

 


 



 

 


 

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