最前線のその先を眺めて 2

 やっぱり、かわいい。

 電車の中で、隣に座る先輩の横顔を見て思う。

 もちろん客観的に見て、だ。


 前々から、手を加えれば学校でも一二を争うレベルの美人だろうなとは思っていたが、先輩は普段面倒くさがり屋でだらしないイメージが強いのもあって、ここまで綺麗なのは想定外だ。

 だからといってこんなに動揺しているわたしが普通だとは思わないけど。


 わたしたちは先輩の提案で隣町に向かうために電車に乗って揺れていた。

 わざわざ隣町に行こうと言い出したのは、知り合いの誰かに見られる可能性を低くするため、という先輩なりの配慮なんだろうか。


 電車に乗っている間、ずっと携帯を眺めて精神統一をしようとしているのに、どうしても隣に座る先輩の剥き出しになった足が目線に入り込む。

 普段寝癖すら直さない人なんだから、肌のケアなんてしてないだろうに素足がここまで綺麗なのは反則だ。


 ……何が反則だよ。人の脚眺めて食いついてるとかもう終わりだよ。


 今すぐお酒を爆飲みして意識を失ってしまいたい。

 そう思うくらい今の私は冷静じゃない。

 どうしたんだわたし


 落ち着けわたし。

 なんとか慌てふたむく脳細胞を押さえ込んで考える。

 厄介な電車の揺れも、今の私にとっては気持ちを紛らわす良い材料だ。


 そうだ。そもそもなんで先輩はこんな格好してるんだ?


 似合ってないとは思わない。

 むしろ普段からのギャップ込みで困るくらいだ。

 

 でも、らしくない。


 先日から続いていた、わたしへの友好的態度とも違う気がする。この前、ご飯を食べさせてくれたことや見送ってくれたことは、わたしを喜ばせるためだったんだと思う。

 でも肌の露出を増やすことは、私を喜ばせることには繋がらない。………繋がらない。


 今日のために張り切ってお洒落をするにしても、性格的にもっと厚手のコーデを選択するはずだ。


「やっぱり、この服似合ってないかな?」

「え?」


 わたしの表情から何かを読み取ったのか、先輩が顔を傾けて私の目を捉える。

 それに釣られて、わたしも目線を先輩の顔へと移す。


「ご…ごめんね。こんな格好で来て…。」

 

 先輩の顔は僅かに紅潮していた。わたしが目を合わせると、場に耐えられなくなって目を逸らし、恥ずかしそうに俯く。


「…………へ?」


 何その動作。なんで顔を赤らめてるの、センパイ。自分で来てきた服じゃんそれ。


 こんな表情の先輩、見たことない。


 喜んで笑ったり、怒って不満そうにしていることはあるけど、恥ずかしがっているところを見たことはない。

 でも、今の先輩は自分の服装に羞恥を感じている。初めて見る。


 そのまま十秒くらい、隣で俯く先輩を眺めていた。 

 なんだか……先輩…………………。


 …………!?!


 心の中で何かを呟こうとした時、それが認識できるものになる直前で遮られた。


 すべてを支配したのはドクンドクンと鳴る心臓の音だった。


 いつからか、外からの音も、内からの音も、ぜんぶがわたしの心臓の音に紛れていた。


 なんだこれ。


 いやマジで。


 先輩のことを見ていただけなのに。


 またかよ。


 心臓の音が耳障りにわたしを邪魔するなか、必死に落ち着こうとするけど、余計慌ててしまう。


 さっきからおかしい。


 先輩の服装を見たり、恥ずかしがっている様子を見たり。

 それで浮き上がってくる感情ってなんだ。


 …………ちがう。それだけは。


「………よく似合ってると思いますよ。」


 だいぶ無理したけど、一番テンプレートの回答をできた。良いか悪いかもわからない。


「よかった。…………ありがと。」


 今度は恥じらいの中に安堵と喜びを混ぜたような表情で、先輩ははにかんだ。

 同じ高さの目線のはずなのに、上目遣いをされたように見えてしまい、今度はわたしが目を逸らした。


 だからなんでだよ。


「似合ってるとは思いますけど、寒くないですか。もう冬ですよ。」


 自分を誤魔化すためだけに会話を続けた。

 先輩の目は見なかった。

 見れなかった。


「まあね。でも今日はまだマシかな。」

「寒い日にそういう服装してると風邪ひきますよ。目のやり場にも困りますし。」

「うん。……………………………うん?目のやり場って、誰の何の目?」


 やっぱり話を振るんじゃなかった。


 先輩は何も気にせず、躊躇ない一声を空気中に撃ち放つ。

 シャボン玉が割れる瞬間みたいに、空間が一瞬止まり、凝縮されていく。

 今のわたしはどんな顔をしているだろう。


「………街を歩く紳士たちです。」


 嘘をついた。

 本当は目のやり場に困っているのはわたしだったけど、それを認めてしまうのが怖かった。

 

 しかし、嘘をついてまで答えたのに、先輩はそれでもわからないようだ。


「どういうこと?」


 それくらい理解しろよ。先輩のばか。

 最後まで言わせないで。

 

 体の熱が限界まで上がり、全身から汗が噴き出ているような感覚がした。実際、汗は出てたと思う。


「………先輩がえっちだから男性陣は色々目に入って困るだろうな、ってことです。」


 …………今すぐ拳を地面に叩きつけたい。

 わたしの話はしてないのに、自分の罪を声に出して復唱させられて晒されているみたいだった。

 あとごめん、世間の男性たち。勝手に巻き込んで。

 でも、今の先輩は本当に可愛いから。わたしだけじゃないはずだから。そう思わないとやってられないから。


「そう?私なんて誰も興味ないと思うけど。」


 全然気にしてない、というふうに先輩がいつもの感じに戻って平然と言う。


 さっきみたいに恥ずかしがれよ。

 いまいち先輩の感情のラインがわからない。

 わたしだけがこんな思いをするなんて不公平だ。

 でも、恥ずかしがっている先輩を見たら、また心臓が爆発しなかねない。


 今日はまだ出会って数十分だというのに、先輩との距離が一気に近づいたような気がする。

 それも、今までと全然違うベクトルで。


 いやだ。

 

 ますます先輩のことしか考えられなくなるじゃん。

 近い未来、理性も先輩に侵食されてしまう気がする。


 気がつくと、電車の揺れは収まり、横のドアがプシューと音を立てて開くところだった。


「ユキ、行こ。」


 先輩の声に自然と体が反応して、後を追った。

 少なくとも、本能は先輩のことをよく気に入っているようだ。


 できるだけ否定していたかったけど、それくらいは認めてもいいかな、と思った。

 

 


 

 

 

 

 




 


 

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