フロントラインノット 5
「いまから、ひなちゃんに『可憐な仮面』をつけてあげる。」
山下さんは何故か楽しそうに言うが、意味がわからない。
「どういうことです?」
「言葉の通りさ。」
「私は仮面なんかつけてませんけど。」
「うん。どちらかというと能面に近いね。」
なんだそれ。
なんかよくわからないけど、私が無表情だって言いたいのかな。
戸惑っている間にも証拠見つけた探偵が犯人を追い詰めるように追撃が向かってくる。
「ひなちゃんは自分のことをあまり理解していない。というか自分に興味がないタイプなのかな。だから相手の子の好きなところが分かっていない。ちゃんと好きなのに。」
「まあ、それはあるかもですけど。」
「自己実現欲求が異常に少ない。それは良くないよ。もっと、私を見て、ってアピールしないと、向こうもひなちゃんの気持ちを汲み取れなくなって、結果的に断裂が生まれるわけだからね。」
友達ってそんなに大変な過程を踏んでようやく成立するものなのか。
やっぱり人間関係って難しいな。
「ともかく!精神的なことは頑張ってもなかなか簡単に変化するものじゃないから、とりあえず外面を工夫しようってこと。というわけでこっちに来て。」
山下さんは嬉しそうに笑って私の肩を押す。
連れてこられたのはこれまた艶っぽいクローゼットルームだった。
「ひなちゃんは私と同じくらいの体型だよね。じゃあ………これなんかよく似合いそう。」
山下さんはいくつかの服を引っ張り出してきて私に手渡した。
「待ってるから着替えてね。」と当然のように言ってその場を離れていく。
???
どういうこと?
状況が把握できなかったが、とりあえず着ろと言われたのでいくつかあったトップスの中から一着を選んで制服から着替える。
特に確かめもせず、普通のTシャツだと思っていたが、着替え終わった瞬間に違和感に気がついた。
着替えたシャツは前が大きく開いており、胸がはだけた状態になっている。
具体的には、誰かが着ていても気になりはしないが自分だったら絶対に普段着ないようなラインの服だ。
山下さんはこの服を着させて何がしたいんだろう。
疑問はあったが、とりあえず言うことに従うことにしてクローゼットルームを出る。
「あ、着替えたんだ。似合ってるよ。ちょっとサイズが小さいかもだけど、苦しくない?」
「あ、はい。多分大丈夫ですけど……。」
「よし、トップスはこれで決定でもいいけど、もっと他のやつ試す?あと、上をこれにするならこのショートパンツが似合うと思うからこっちも着てきてね。」
「えっ、ちょ、いまどういう状況なんですか。」
私を会話から置いてきぼりにして山下さんがどんどんと話を進めていってしまうので、急いで口を挟んだ。
これで決まりってなんのこと?
他のやつも試す?
この家に来てから慌ててばかりの私のことなんて一切考えてくれないように山下さんは笑った。
「どういう状況って、フツーにひなちゃんが着ていく服を選んでるんだけど。」
…………………?
ますます意味がわからない。
「………これは山下さんの服でしょう?」
「貸してあげるってこと。なんならそのままあげちゃう。」
「せっかく私を頼ってくれたんだ。これくらいのサポートはしないとね。ひなちゃんファッションとか全然気にしない子だからなおさら。」
なんで山下さんが私にそこまでしてくれるのかもわからなかったし、服装の良し悪しとかも私には分からなかった。
なので一番大きな疑問を口に出す。
「これ着て遊びに行くんですか?」
「うん?そうだよ。気に入らなかったら別のを試してみればいい。」
目線を下げて自分の今の格好を眺める。
いやいや。
こんな格好で人前を、しかもユキの隣で歩くなんて絶対無理だ。
ユキは普段の私を知っているわけだし、こんな目立った服装をしていたら余計に引かれる。
「………‥別のやつを選びます。」
急に恥ずかしくなってクローゼットルームに逃げ帰った。こんな自己顕示欲が強くて露出度が高い服で出歩くなんて冗談じゃない。
幸い、他にも山下さんが選んでくれた服はあったのでそれぞれ試す。
というか服装なんてなんでも良くないか?と私なりに考えもしたが、人付き合いがうまい(ように見える)山下さんと、経験ゼロの私を比べると、やはり言うことを聞いていたほうがいいかもしれない。
数分後………。
全て試着してみたが、どれもこれも胸元を強調するものばかりだった。
なんでこんな服ばっかりなんだ。
初めて自分の胸が人より大きかったことに苦悩を感じた。
いろいろと心の中で文句を言ったりもしたが、最終的になんとか一番まともだと思った長袖でオフショルダーのブラウスに決定できた。
この服も相当露出が大きかったが、胸元は他のものよりも隠されていたためこれに決めた。
そのままボトムスも選ぶことになったのだが、ショートパンツやミニスカートばかりで、どれもこれも露出の高いものだけだ。
これがオシャレってやつなのか?私が服に対する知識がないのをいいことに騙されているような気がする。
山下さんに対する不審感が湧いてきていたが、とりあえず一番丈の長かったデニムのミニスカートを選択した。
「うんうん。いい感じだと思うよ。私としてはもっと胸を強調してもいいと思うけど。ひなちゃん性格的にもこのくらいがちょうどいいか。」
わずかに暗さの入ったベージュのオフショルダーのブラウスと、紺色っぽいデニムのミニスカートを組み合わせた私の姿をみて、山下さんは腕を組みながら満足そうに頷いている。
「あの、本当にこれを着ていくんですか?露出しすぎだと思うんですけど。」
「大丈夫だって。普段しないような服装をすれば、きっと相手の子を意識させられるよ。」
…………意識させられる?
どうも山下さんと私の間に会話に隔たりがあるように思われる。
「あの…。女の子と行くんですよ?」
「それさっき聞いたよ。」
「ですよね。」
じゃあ山下さんも、私がユキと友達として遊びたいだけだってわかっているはずだ。
何故かさっきから恋愛についての話題みたいに話している気がするけど、私の気のせいかな。
「さ。服装も決まったことだし。次はお化粧しないと。ひなちゃんいつもすっぴんだもんね。もっともっと可愛くなれると思うよ。」
またしても私の背中を押す山下さんに、どうしても聞きたいことがあったので無理やり向き直って対面する。
「どうして私なんかにこんなに施してくれるんですか?」
これだけはちゃんと把握しておく必要がある。
私と山下さんはただの客と従業員の関係だ。成り行きでこんなことになっているけど、本来はこうはならない。
相談に乗るだけでなく、家に招いたり、服を貸してくれたり。怪しんでいるのではなく、単純に疑問だった。
「ふふふ。」
真面目に聞いたはずなのに、山下さんは充足したように笑う。
「ひなちゃんみたいな人を見ると放っておけなくなるんだよ。昔からね。」
理由になっているかもわからない答えだ。
「さ。わかったらお化粧しよ。髪もセットしないとね。」
三度背中を押す山下さんに、今度は抵抗できなかった。
理解できない人間って確かに存在するんだな、と思い知らされたような気がした。
ついでに、この人の気持ちを理解するのに比べたらまだユキと仲良くなる方がが簡単だろう、という謎の自信も生まれた。
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