フロントラインノット 3

 木曜日。

 いろいろ考えたが、最終的に前日に山下さんに言われた通りに、彼女の家に出向くことにした。

 どこかおかしい雰囲気のある人ではあるが、一応夜道さんの親友だし、そこまで警戒する必要もないだろう。

 今の私には猶予がない。タイムリミットまで後二日。どうにかして良さそうな案を見つけないと。


 今日は元々バイトがない日、つまりユキとの勉強会の日だったが、山下さんの家に行くので中止にしなければならない。


 ここでもう一つ小さな問題が生まれる。

 私とユキには連絡手段がないのだ。

 その理由は私が携帯電話を持ってないという貧乏特有のものだが、そもそもこれまで誰とも連絡を取り合うような関係になったことがないので、その選択は合理的だと思っている。

 ユキはいつも「センパイが携帯持ってないから困る」と不満を言っているが、ユキがお金払ってくれるなら買う、と言って黙らせている。

 ユキには毎週月曜日と木曜日に来てもらっているので、勉強会の日時について特に連絡することもない。

 

 しかし、中止にするとなると、直接本人に伝えにいかなくてはいけなくなる。


 というわけで私は現在進行形で二年生の教室へと向かっているところだ。

 

 いつだったか、本人が言っていたことなのでユキのクラスは覚えている。確か二年六組だ。


 昼休みも中盤に入ってきたところで、階段を下って二年生の教室があるフロアへ着く。


 学校でのユキを見るのは2ヶ月前、初めて会った時以来だ。あの時は、たしか探究活動のスピーチをしているのを聞いたはずだ。内容は全く覚えてないけど、ユキは真面目そうで、でも明るさもあるような、女性版の好青年、好淑女?って感じだった。

 実際ユキは私と一緒にいても真面目だ。でも明るさはない。ハキハキ喋るというよりはモゾモゾって感じのほうが強い。それでも私よりはましだろうけど。


 いつのまにかユキの人間像を回想していたが、それも偶然の巡り合わせだったのか、教室に入るまでもなく廊下にいるユキの姿を発見できた。


 両脇に女の子が二人。一人は前にユキと一緒にいた、自由気ままなイメージの背の低い子だ。もうひとりは初めて見るけど、雰囲気からして強気な人みたいだ。私が特に苦手なタイプ。

 ユキは私に見せたことのない爽やかな笑顔で友人たちと歓談している。


 ふと、こっちのユキと、いつも私と会っている時のユキ、どちらが本当のユキなんだろうという疑問が生まれた。


 私としては、後者であって欲しい。実はこっちがスタンダードで、私との勉強会に不満が溜まりすぎていつものような冷たい態度を取られているのだとしたらショックだ。その可能性の方が高いような気もするけど。


 三人でいるところにいきなり突っ込むのは気が引けたが、このまま教室に入られるともっと話しかけにくくなるので、仕方ない。


「ユキ。」


 声をかけるとユキすぐにこちらに目を向けた後、一瞬唖然とした表情を見せた。が、すぐに先ほどの笑顔に戻った。


「先輩。お久しぶりです。何か用があるんですか?」


 おお。

 私にもその態度で接してくるのか。いつものユキを知っている身からすると違和感しかない。

 声も、トーンがいつもより高く感じる。


「あ、前にユキと仲良くしてた先輩だよね。こんにちは〜。」


 ゆったりとした声で、以前会ったことのある右の一人に挨拶される。左の会ったことない一人も、こんにちは、と軽く頭を下げる。

 それに合わせて私も、どうも、とあまり感情をこめずに返す。


「ユキ、ちょっといい?話がある。」


 例によって、ユキは私と一緒にいることを知られたくないようなので、とりあえず二人になろうと誘い出す。


「あ、分かりました。じゃあ夏樹と花愛は先に行ってて。すぐ戻るから。」


 それにしても違和感のある話し方だ。人当たりは良さそうな声だけど、私はいつものユキと話していたい。


 二人で話すために場所を変えようとすると、たぶん夏樹と呼ばれていたのんびり女子が思い出したように手を合わせた。


「そういえば、その先輩と再会した時からだよねー。ユキが前より楽しそうにしてるの。」


 え。なにそれ。そうなの?

 なんかちょっと嬉しい。いや、別に私と関係あるかわからないけど。


 しかし、それを否定するように隣の花愛さんが異論を唱える。


「え、そう?この先輩のことは私は知らないけど、最近のユキは前より元気ないように見えるけど。」


 いや、どっち?

  

 もしユキが私との勉強会を苦に感じて元気がなくなってるんだとしたらどうしよう、と心底不安だ。


「まあまあ。私のことは今はいいじゃん。とにかく、先輩とちょっと話してくるから。」


 ユキは話を無理やり中断すると、私の手を少し強引に引いて二人から距離をとる。そのまま階段を登り、昔私がユキを脅した屋上に続く階段の踊り場までついたところで私の手は解放された。

 そういえば、初めて会った時もこんなシチュエーションだったなぁ、と思い出していると、包丁の先くらい尖ったユキの声が響いた。


「………何の用ですか。」

「怒ってる?」

「………別に。」


 嘘だ。

 怒っていないなら、そんなゴキブリを見るような視線を人間に送ることはない。


「ごめん。でも今連絡しないと困らせちゃうと思ったから。」

「……今日会う時に話せばいいでしょう。」


 ふん、と鼻を鳴らして怒りを表す。

 そんなに怒ることかな。別に私と一緒にいるところを見られても中学校の先輩後輩という名目がある以上、ユキの秘密が露呈することには繋がらないと思うけど。


「いや。その勉強会を今日は中止にするって話だから。」


 私が伝えたかった要件を言うと、今回直接話しかけたことが不可抗力であったと納得してもらえたようで、ユキも少しだけ私と向き合ってくれた。


「そういうことなら仕方ないですけど……。次からはわたしが一人の時に話しかけてください。」


 そうしようと思ったんだけどね。

 タイミングが合わないものは仕方ないじゃないか。


「あ、それと。」


 伝えることだけ伝えて退散しようとした私を引き戻すように追加の申立てが入る。


「土曜日。私はどこに行けばいいんですか?先輩がどこ行くか決めるんですよね?なら今ここで教えてくれないと土曜まで話す機会ないですよ。」


 そうだった。土曜までにユキと会えるのは今日が最後だ。

 どうしよう。何も決まってないのに。


「……えっと。とりあえず駅前で。」


 計画はなかったが、とりあえず最寄りの駅に集合ということにした。あそこにしておけばどこに行くとしてもちょうどいいだろう。駅前はそこそこ賑わっているし、電車に乗ることもバスに乗ることもできる。


 ユキは平常に「わかりました」とだけ言って先に階段を降りていった。

 流石に友達と一緒に遊ぶことなんて慣れているだろうし、こんなに心身苦労しているのは私だけか。


 だからこそ、なおさら大山鳴動して鼠一匹とならないようにしなければ。鼠一匹でも収穫があればマシかもしれないけど。


 一山あったもののユキに話すべきことは話した。

 あとは山下さんに色々頼るしかない。

 頼りにならなかったとしてもなんとかするしかない。


 覚悟を決めて階段を下る。


 『友達』の称号までの道のりもこの階段くらい簡単に行き来できればいいのに。

 

 


 

 


 

 


 


 


 



 

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