第2章

フロントラインノット 1

 誰かに対してあんな提案をしたことは生まれて初めてだった。


 ユキの姿が完全に道から見えなくなるのを待って、手で自分の顔を覆う。

 私が口を開いた時、ユキの顔色はあんまり良くなかった。少なくとも提案に乗ってくれるとは思わなかった。もうこの場で死んでしまおうかな、と一瞬本気で思った。ユキにあんなこと言って、ドン引きされて拒絶されたら、きっと私の精神は手の施しようのないくらい粉々になる。

 しかし、結果的には今も意識を保っている状況だ。心臓はバクバクいってるけど。

 ユキが「いいですよ。」と言ってくれたとき、安堵とか嬉しさより、なぜ?、という疑問が先立って脳内を蔓延させた。

 いや、誘っておいてそんな気持ちになるのもおかしいけど。


 「休日に一緒に遊ぼう。」なんて誘いを受け入れてくれた真意はなんだろう。というか、私はなんであんなことを言ってしまったんだろう。


 いや、私が無意識的に口を開いてしまった理由は一つしかないだろう。


 ユキと仲良くしたい。


 そう思っていたから。

 その気持ちが、自分で思っていたより大きいものだったから。


 私は自分自身の気持ちを理解できない人間だ。

 深層心理というやつかも分からないけど、私にはどうも『自分で意識できない意識』が他の人よりも多分に含まれている気がする。

 でも、それに慣れると自分自身の感情を推測できるようになる。


 その推測から出された結論が、『私はユキのことが好きだ』というものだ。

 今日だって、いつもはしないのにご飯を一緒に食べようと提案したり、一緒にいたくて帰り道に付き合ったりした。


 私はユキと友達になりたいのだろうか。

 

 多分そうだと思う。

 一緒に遊びたいと思ったり、ずっと隣にいたいと思ってしまうのは友情を望んでいるからだろう。


 私には生まれてこのかた友達といえる存在ができたことは一度もないから、本当に自分が友愛を望んでいるかは確実ではないけれど。


 

 何はともあれ、そういうわけで無意識的に週末に遊ぼう、という話を出してしまい、何故かユキもそれを受け入れてくれたというのがことの顛末だ。


 さっきまで感じなかった冬の夜の寒さが急に体を冷やす。


 どうしよう。


 先の通り、本当に無意識に言ってしまったのだ。

 なんの計画もないのに誘ってしまった上に、友達がいない私には休日誰かと遊ぶことの『普通』が分からない。


 どこかに出かける?………どこに?

 家で遊ぶ?…………なんかやることある?


 そもそも遊ぶって何?

 何をすればユキは喜ぶ?

 何をすれば私は楽しいと思える?


 まずいまずいまずい。

 ほんとにわからない。

 

 休日も勉強会やりたい、と言えばよかった。

 いつもと同じようなことを週末にもやりたいといえばよかったのに、友達っぽいことをやりたいという欲望を出してしまったのがよくなかった。


 とにかく、立ち止まっていると本当に心がボロボロになりそうなので足を動かして家へと向かわせる。

 でも、それも焼け石に水で、私の頭には先ほどのやりとりが製作途中のポップコーンのように跳ね上がって膨れている。


 最近の私はユキのことばかり考えている。

 というか、それしか考えることがない。

 一定間隔ではなく二次関数的にユキへの好感度が上がっている気がする。

 ユキとどうすれば仲良くなれるか、どうすれば友達と認めてくれるか。


 たぶん、たぶんだけど、私がユキと仲良くしたいのにユキへの脅しを解かないのは、ユキが私の家にもう来なくなってしまうのを恐れているからだ。

 ユキが私に付き合うのは、私がそういう口実を使っているからであって、本来私たちは月とスッポンくらいの関係性のはずだ。もちろんスッポンは私。


 元々は勉強のために利用しているだけだったのに、いつのまにか目的と手段が入れ替わっていた。

 それくらい、ユキは私にとって新しい風を起こした。


 ここで問題なのはユキも案外まんざらでもない様子だということだ。


 ユキは私のことが嫌い、それが普通のはず。

 自分の秘密をネタに、脅されて、やりたくもない勉強会を開かされて。それで嫌いにならない方がおかしい。

 そして、ユキが私のことを嫌っているとしたら、私は一方的に好意をもってるヤバい奴だ。

 いっそのこと気持ち悪がられて、全部壊されてしまった方が良かったかもしれない。


 でも、実際にはユキは普段からそんなに嫌がっている様子はない。さっき私の提案を受け入れてくれたのもそうだ。

 もしかしたら私の不満を買うと秘密がバラされるかもしれないと危機感を覚えて、嫌々私に賛同してしてくれた可能性もなくはないが、それなら普段からお酒を飲んで暴れ散らかしている意味が分からなくなる。


 願望が多分に含まれた都合の良い考えだが、ユキは私を嫌ってはいない気がする。実際この前嫌いじゃないって言ってたし。


 まあいいや。

 これ以上過去の行動から考えても仕方がない。


 大切なのはこれからだ。


 土曜日、どうやってユキと遊ぶ?


 色々とユキとの関係について振り返ったが、結局先ほどと同じ疑問に辿り着いてしまい、再度頭を覆う。

 そして考えた挙句どうしようもない結論を出す。


 「土曜日まではまだ三日もある………。その間にきっとどうにかなる、はず。」


 正直あてなんかなかったし、私が短期間で他人と触れ合う際のマナーが身につけられるとは思っていない。せめて小学生の頃くらいは友達を作っておけばよかったと嘆いたところで意味もない。

  

 でも、今日はもう何も考えられなかったし、これ以上思索しても、私の乏しい想像力と経験論からは正しい解答が導き出されると思わなかった。


 だから、ユキと一緒に歩いてきた道をそのまま一人で帰ろうと、一歩一歩踏みしめるように歩く。


 ほんとうに、こんなことになるなんて2ヶ月前の私からは全くもって想像できなかった。

 誰かと友達になりたいという願望を持ってしまったことを後悔しているわけではない。でも、今の私たちの関係において、それが遠い道のりになることは私でも薄々わかっている。


 いつか、ユキに認められたいな。


 10分ほどの道のりだったはずなのに、家に着く頃にはその10倍くらいの時間が経っていた。


 


 


 

 


 


 

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