鈴蘭は今日もわたしを苛む 3
先輩とスーパーで偶然出会した次の日。
わたしは例によって先輩の家で勉強を教えていた。
センターテーブルに向かい合って、わたしが先輩が解いている場面を時々見ながら、自分の勉強も進める。
数学の問題を解かせている途中だが、先輩はあまりにも数学ができないため、一問ごとに助けを求めてくる。
「どうしてわかんないんですか。公式に当てはまればいいだけでしょ。」
流石に苛立ちを覚え、キツめの口調になってしまう。
「ごめん。」
謝る気なんて一切ないような先輩の声が余計にムカつく。
ほんとにやる気あるのか、この人。
「そういえば、ユキは勉強時間足りてるの?ずっと私に構ってもらってるけど。」
「センパイに勉強のことで心配される筋合いはありません。この前の定期考査も1位をキープしました。」
実際のところ、先輩のところに行っているせいで勉強時間は以前より減った。
でも、ここに来るということはストレスが貯まらないことを意味するので、むしろ効率的に脳が働いてケアレスミスが減ったような気がする。だからといって先輩のおかげと言う気はない。
「先輩に脅されるという圧倒的ディスアドバンテージがありながら一位をキープできてるんですから、そんなわたしに教えてもらってるのにちっとも成績が上がらない先輩はとんでもない無能ですね。」
「そうだね。そのとんでもない無能を教えてる人は更にそれを超える異次元の無能に違いないね。」
「ぶん殴りますよ。」
ちょっと煽ったらすぐこれだ。
いや、先に煽った私が悪いか。
いやいや、こんなに真面目に教えてるのにまともな釣果を出せない先輩はもっと悪い。
「………少し休憩しましょう。休めば脳が活性化するかもしれませんし。」
呆れつつもわたしはカバンから小さな箱を取り出す。
「そんなことで頭が良くなるなら苦労しな、って何それ。」
先輩は先程までうわの空で現実逃避をしていたが、取り出された箱に興味を持ったようだ。
犬じゃあるまいし、もう少し人間らしい行動ができないんだろうか。
わたしが取り出した箱の中には、昨日スーパーで買った二つ入りの大きめの大福が入っていた。
「二つありますから。一つは先輩にあげますよ。」
わたしが箱から大福を一つとって先輩の方に渡すそぶりを見せると、先輩はぱぁっと表情を和らげた。
「ほんとに?ありがとう。」
これまでにないくらいテンションが上がっている先輩の『ありがとう』が耳の奥に響き、一瞬ドキッとする。
なんで大福ごときでこんなに陽気になってるんだろう。
よくわかんなかったけど、見たことのない先輩の様子を見て、唖然としながら大福を手渡す。
本当は、渡す手前でやっぱりあげないという嫌がらせをしてやろうと思ってたんだけど、先輩があまりにも純粋無垢な目で私に感謝を伝えてきたので、そのまま渡してしまった。
………というかよくよく考えたら、わたしはなんて幼稚なイタズラをしようとしていたのだろう。
いくら先輩相手といってもこんなくだらないことを考えるあたり私は疲れているのかな。
わたしの自戒など知らずに、テーブルの正面で先輩が嬉しそうに大福を頬張っている。
そんなに好きだったのかな?
ハムスターみたいに頰に詰め込んでてかわいい。
………もちろん、かわいいというのは客観的に見た時だ。私自身の想いではない。
事実として、先輩は容姿は整っている。少しでも手入れをすれば、顔は美人の分類に入ると思う。実際はそのわずかな手入れすらしないから微妙なんだけど。
顔が良くて、あとついでに胸も大きいから、先輩のことが好きな男子がいてもおかしくないと思う。
だからわたしが時々先輩の方に見入ってしまうのもそんなにおかしくはないことだ。
男性でもすごいイケメンがいたら二度見してしまうことだってあると思うし、女性でもすごい美女がいたら見つめてしまうこともあるはず。
だから私は何もおかしくない。うん。
「ユキ?大丈夫?さっきからボーッとしてるけど。」
口をもごもごさせながら先輩が若干曖昧な発音で声をかける。
食べ切ってから話せばいいのに。
「…………センパイ。わたしの分も食べます?」
自分の手にあった大福を先輩の方に再び差し出す。
わたしは大福はそこまで好きじゃない。
それなら、より美味しく食べてもらえるように先輩にあげたほうがいいと思う。
決して、口いっぱいに頬張る先輩をもう一度見たいと思ったわけではない。
「いいの?やった。」
先輩はより目を輝かせて嬉しそうに言うと、
今度は遠慮なくわたしの手から奪っていった。
よく分からない人だなほんとに。
わたしも普段から状況によって性格を変える人間だが、ひょっとしたら先輩もその類なのかな。
そんなこともないか。こんなに嬉しそうな先輩は初めて見た。単にお菓子が好きなだけなのかな。
先輩の生態について考察しながら眺めていると、大きく口を開けて大福を丸呑みしようとした先輩がピタッと動きを止めた。
「あの、そんなにじっと見られるとなんか恥ずかしいんだけど。」
「え、いや、見てませんけど。」
そんなに熱心に見てたかなわたし。
慌てて下を向いて、勉強の教材を見ているふりをする。
「…………まあいっか。」
先輩はそう呟くと、そのまま大福を口に運んだようだ。
わたしは解いてもいない問題を見ながら、ペンをノートに動かし続けていたので見えなかった。
もきゅもきゅという咀嚼音だけが部屋から聞こえる。別に先輩の咀嚼音が大きいわけではない。意識しなければ聞こえないような小さな音なのにわたしには何度もこだまするようにその音が聞こえた。
顔を上げたかったが、また指摘されるのも嫌なので、ひたすら意味のない文字列を眺め続ける。
これじゃあなんのために自分の分をあげたのかがわからない。
ん?なんで先輩にもう一つあげたんだっけ。
………ともかく、わたしはあまりいい気分にはなれなかった。
「ほら、食べたなら早く勉強の続き。夜になる前にこのページまで終わらせないと、ホントに留年しますよ。」
なんだかムカつく気分だったので八つ当たりをする気持ちで急かす。
「分かってるよ。すぐやるから。」
対して先輩はよほど二つ分の大福が嬉しかったのか、上振れた声でのんびりと返事をする。
機嫌の良さそうな先輩を見て余計にムカつく。
今度機会があったら目の前で二つ食べてやろうと決意を固めた。
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