鈴蘭は今日もわたしを苛む 2

 スーパーの店内に入ると、入り口付近は何かのイベントがあるのか、赤と紫と黄色の装飾と、その間に猫っぽいキャラクターのぬいぐるみみたいなものが置いてあった。


 別に興味もないのでカートに買い物かごを入れて通り抜け、野菜コーナーへと向かう。


 特に意識はしていないが、どうしても普段から買うものは限定されていく。安くて、調理しやすいものだ。いつも通り、キャベツ、トマト、きゅうり、ピーマン、もやし、にんじん。あと冬が近くなり、安くなっていたので白菜をカゴに入れる。


 最近は物価も高くなっていて困る。

 わたしの家はどちらかといえばお金持ちの分類になると思う。少なくとも先輩よりは数段生活レベルで言えば上だ。

 流石に先輩とは比べられないか、と普段から行ってる先輩の古いアパートを思い出す。

 まあ、せいぜい小金持ちであって大金持ちではないということだ。だから値上げは財布事情に優しくない。

 

 ふと、先輩の両親はどうしているんだろう、という疑問が頭をよぎる。あのアパートに住みながら、バイトをやってるってことはお金に余裕があるわけではなかろう。となると、やっぱり生活を全て自分ひとりでやってるんだろうな。


 急に普段から酔って、先輩に好き勝手やってる自分が情けなく思われてカートを進める足をを速めた。


 そのまま進んでいき、イワシ、ブリなどの魚類。豚バラ肉、ひき肉などの肉類をそれぞれで手にとる。


 そういえば醤油を切らしていたなと思い、調味料が置いてあるところへと向かっている時だった。


「あ、ユキだ。」


 ここ数日、ずっと私の頭を悩ませてきた元凶の声が後ろから聞こえてきた。


 確認するまでもなく、先輩だった。


 なんでこんなところで、と思ったが、目視するために振り返る。


 ドロップショルダーとスキニーパンツの組み合わせで、頭に黒のキャップを被った先輩が驚くわたしを訝しげに覗き込んでいた。

 

「………センパイ、そんなおしゃれできたんですか。」


 先輩がはぁ、と呆れてため息をつく。


「出会って開口一番の言葉がそれ?」


 だって仕方ないじゃん。普段から制服と夜のパジャマ姿くらいしか見ないし、一度だけ先輩が働いている店に行った時も、結局は店の制服だった。

 こうやって、外出時の私服を見るのは初めてだ。


 似合ってると思ったけど、口には出さなかった。


 そういえばこの前わたしも先輩の家に私服で行ったっけ。あの時は…………なんとなく着替えようと思っただけだったけど。


 別にお互いに意識してたわけじゃないだろうし、ここで先輩と会ったのも偶然に他ならないだろうけど、でもお互いに私服でいると先輩との距離が縮まったような気がして複雑な気分になる。


「これ、夜道さんからおさがりでもらったんだ。あ、夜道さんは私が働いてるバーの店主さんのこと。」


 相変わらずの抑揚の少ない声だ。

 ここでわたしたちが出会ったことについて先輩はどう思ってるんだろう。


 なんとも思ってないか。

 私が夏樹や花愛とここで出会っても別に変に動揺したりしない。

 だから先輩もきっとそうだ。


 じゃあ、今心がざわめき立っている私はなんなんだろう。


 両側に棚が置いてある通路で二人で立ち尽くしている間に、前からカートを押した中年の女性が来るのが見える。


「あ、センパイ、後ろ。」


 指摘するとすぐに気がついたようで、二人で片方に寄り、女性に迷惑がかからないよう通す。


 女性がぺこりと私たちに頭を下げる通り過ぎていった。


 再び向き直して顔を合わせる。


「よくこのスーパーに来るの?」

「まあ、買い出ししないと料理が作れませんし。」

「えらいね。」


 本当にそんなこと思っているのかと疑問に思う言い方だ。


 というか、おそらく家事どころか生活全般を一人で行なっているであろう先輩にそんなことを言われてもありがたみがない。


 ふと、先輩が手に持っている買い物かごを見ると、調味料、ふりかけ、梅干し、あとなんかよく分からないけどごはんのお供っぽいやつ、それと申し訳程度にミニトマトともやし。


「ひどいなこれは。」

「なにが?」


 先輩はなんのことかさっぱり、といった表情で首を傾ける。


「普段料理しないんですか。」

「肉とか魚とか高いし。人間炭水化物だけ取ってれば死ぬこともないし。」


 そういえば先輩の家の冷蔵庫をのぞいたことがあったけど、まともなものがなかった気がする。


「タンパク質やビタミン取らないと栄養失調になりますよ。」

「そうかな。」

「そうです。」


 一応先輩の健康のために断言しておく。

 本当に、これまでどんな人生を送ってきたんだろう。勉強のこと然り、生活のこと然り。


「でもユキには言われたくないな。そっちだってお酒飲んでて不健康だよ。」


 先輩が少しだけ不満そうに腕を組む。


 そうかな………?そうかも………。いやそうじゃないと思う。


「飲酒よりこんな炭水化物しか摂る気のないような食生活しかしてないセンパイのほうが不健康です。」


 よく考えたらそうだ。お酒なんて大人ならみんな飲んでるし、悪いものではない。飲み過ぎたら良くないってだけで。


 少なくとも今の先輩よりはまともは生活をしている気がする。


「そ。まあいいや。そういえばユキはお酒買わないんだね。」


 先輩がわたしのカートに乗ったカゴの中身を見ながら聞いてくる。


「当たり前でしょう………。バーに入っただけであんなに不安になる人間がこんなところで酒を買えるわけありません。」

「それもそっか。じゃあいつもどうやってお酒をウチに持ってきてるの?」

「ナイショです。」


 先輩には基本的になんでも言ってしまうわたしだが、他人に迷惑のかかる可能性のある秘密だから、これは言えない。


「そっか。じゃあいい。また今度ね。」


 とくに追求してくることもなく、先輩は適当な挨拶だけすると、後ろ髪の癖っ毛をヒラヒラと動かしながらわたしの視界から消えていった。


 別に買い物行くくらいで化粧しろとは言わないけど、せめて髪型はどうにかならないんだろうか。せっかく髪質はいいのに、身だしなみが適当すぎて台無しだと思う。


 根っこからの面倒くさがりなんだろうな。


 とにかく、わたしは先輩のお母さんじゃないんだから、あの人の食生活や身だしなみまで気を遣う必要はないはずだ。


 何買おうとしてたんだっけ。


 そうだ醤油だ。


 棚の下段に置いてあった醤油を勢いよく取ると、カゴに突っ込んでそのままレジへと向かった。


 いつもより大きいサイズの醤油ボトルを買ったけど、特に意味はない。


 

 

 



 


 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る