星が一つ増えたところで 4
「センパイ、頭撫でてください〜。」
いつもより高めに通る声を鳴らしながら、ユキがグイグイと私の方に迫る。
私はなんとか逃れようとするが、狭い部屋ではすぐに壁に追い込まれる。
あれ?どうしてこんなことになった?
私の記憶正しければ、以前のようにユキが酔って勉強会が台無しにならないようにするために、飲んでいいのは缶一本までというルールを作ったはずだ。
ユキは不満そうにはしていたがその提案に従ってくれたはず…………なのに目の前のユキは顔が紅潮していて、感情的なハイテンションモードだ。ユキのことを知らない人でも泥酔していることがわかる。
急いで卓上置いてある、さっきまでユキが手に持っていた缶を取る。
お酒のことは分からないけど、缶の下の方にはアルコール度数12%と書かれている。
これか。
こいつ、私への腹いせのためか飲んでいいと言った一本を高度数の酒にしてたのか。
それともどうしても酔わないといけない理由でもあるのか。どちらにせよ迷惑な話だ。
第三の人格である感情的なユキはやけに私に甘えたがる。普段言わないようなこともたくさん言う。
ここまで豹変されると流石に動揺するが、同時にどこと愛おしさも覚えてしまうこともある。
アニメや漫画にでてくる、無邪気で天真爛漫ででもちょっと生意気な妹キャラ?って感じだ。
壁に寄りかかって座った状態になる私に、ユキが正面から近づき、体を寄せてくる。
こうなると私は何もできない。
足を伸ばして蹴り倒せば逃げられるかもしれないが、私にはそんなことができない。
私はユキのことが嫌いではないから。
もっと仲良くしたいから。
………色々と間違えてる気がする。
仲良くしたいならユキにかけた脅しをナシにして、フラットな状況から関係を持つべきだと思う。それでこの子がどんな対応をするかは別として。
勉強を優先させるなら、ユキのことを蹴り飛ばしてでも酔いを醒めさせる、というか、そもそものお酒を飲ませないようにさせて、この子が嫌がっても、拒否しても、無理やり脅し続けるべきなんだと思う。
私はどっちも欲しい欲張りな人間なんだろうか、それとも………それとも?
頭に思い浮かびそうなのに、糸が絡まったかのように言語化できない。
私という人間はなんなんだろう。
いよいよ哲学的な問を持ち始めた私のことなど艶知らず、ユキは胸に顔を埋める勢いで近づき、ギュッと両手を私の体に回して密着すると、目線だけで私の顔をじっと見つめる。
逃げられなくなった私は仕方なく、そっと手を伸ばして頭を撫でる。
その間、ユキは何も言わずに目を閉じてじっとしていた。力を抜いて倒れ込む形になっているため私に直接重さが伝わる。
頭撫でられると嬉しいのかな、と思いながら撫で続ける。
いや、本人が撫でろって言ってるんだから嬉しくないと言われても困るが。
どうでもいい話だが、ユキは同じように酔っていても、生意気さが強い時と、甘えが強い時がある。混合しているときもある。
今日は甘えてくる日だ。
いつものユキだったらこのまま私に寄りかかって眠ってしまうだろう。
流石に一晩中座ったままの体制を取らされるのは疲れるので、せめて布団の上で寝かせそうと、両腕を彼女の脇に抱えて体を持ち上げる。
「ほら、連れててってあげるから布団で寝てよ。」
肩を組んで支えながら歩く間、ユキは夢現だったようで「…………うん………うん…」と呟くだけだった。
将来この子が会社に入って飲み会とかがあったら同僚は大変だろうな、と未来でユキを介抱する羽目になる誰かに同情する。
掛け布団を捲り、敷布団の上にユキをゆっくりとのせる。
重い。
いや、相対的には軽いんだろうけど、人一人分の体重を支えるにはどうしても私は非力すぎる。
「センパイも一緒にねましょ。」
任務を遂行し、部屋の片付けでもしようと考えて振り返った私に声が届く。
見ると、ユキが半目で眠そうにしながらもこちらの方を確かに見つめていた。
「いや、私はそこらへんの床で寝るから。どうぞお構いなく。」
この前、ユキに押し倒されてそのまま眠ってしまったことはあったものの、あれは覆い被されてどうすることもできなかったからだ。
不可抗力はどうしようもないが、自分から一緒に寝ようとは思わない。
「こわいんですか?」
前髪をわずかに揺らしながら、少しだけ笑みを浮かべて謎の挑発をしてくる。
「……何が?」
「いっしょにねるのが。」
いや、だからそれの何が怖いのかを聞いているというのに。
このまま放っておいてもそのうち寝てしまうだろう。だから『おやすみ』とだけ言って、あとは何も言わずにに去ってしまおう、と再び目を閉じたユキに向かって口を開く。
「…………………おやすみ。」
一瞬だけ変な言葉が頭をよぎったが、なんの問題もない。私の思考回路は正常だ。たぶん。
「…………ん…。」
返事とも聞き取れるようなわずかな吐息が聞こえ、私もようやく目線離す。
酔っている相手のいうことを聞いたところで、それは本意ではないだろうし、一緒に寝る関係になることもないだろう。
夜も更けてきたこともあり、私もそろそろ寝ようと適当に地面にへばりつく。
横向きになると、小さなセンターテーブルの脚の向こうに布団から顔を出したユキの後ろ姿が見えた。
私たちは不思議な関係だ。
私はユキを利用しているのに、仲良くなりたいとか思っているし、ユキはユキで、脅されているのに(酔っているとはいえ)私に妙に甘えてきたり、私のことを『嫌い』ではなく『普通』と言ったり。
私がやっていることも、ユキがやっていることも、変に矛盾して絡まっているようだ。
ユキの気持ちを理解できる日が来るかも分からないし、私たちは明日にでも壊れてもおかしくない関係だ。
それでも、今の私はこれまでの人生で一番希望を持ってる気がする。
もっと、もっと、先に進みたい。
少しだけ上擦った気持ちになりながら、私の意識は夜へと消えていった。
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ここまでご覧になってくださった皆様、本当にありがとうございます。
大変恐縮ではありますが、物語の訂正についての連絡をさせていただきます。
この物語は当初計画していたものとは異なるルートを辿っております。
元々、序盤の第三話(不幸な野良猫と不憫な飼い猫1)から第八話(落ちた羽にはインクをつけて4)までの展開からユキとひなの関係を少しずつ形成していく構成にしていたのですが、それを飛ばして第九話の2ヶ月後のプロローグの次の日からの話になっています。
そのため、三〜八話までの展開からの九話以降の展開のつなぎに違和感を感じる場合がございます。
物語の内容としては変わりませんので、私の文章力がなかった、と捉えてもらえれば幸いです。m(_ _)m
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