星が一つ増えたところで 2

「センパイ、昨日聞き忘れたんですけど、この前の中間試験の結果、どうでした?」


 学校に向かって歩き出して、わずか数分でやっぱり別々に行けばよかったと後悔した。

 そんな事務的な話をされるとは思わないじゃん。


 ユキが勉強を教え始めてから、初めての定期考査、だったのだが、結果は正直良くない。私にしてはよくやった方だと思ってるけど、ユキが見たらなんて言うか……。


「……まだ結果返ってきてない。」

「……そうですか。先に言っておきますけど、今誤魔化していつか必ず見せることになるんですからね。無駄なことはしないのが賢明ですよ。」


 先生のようでもあり、母親のようでもあり、警察官のようでもある言い方で釘を刺される。


「ごめんなさい。本当は返ってきてます。」


 勉強に関して、特にテストの成績に関しては、ユキは私の圧倒的格上の存在なので、威圧を受けるとこちらが自然と敬語になってしまう。


「……嘘ついてるってことは、結果は芳しくなかったようですね。」

「………………ハイ。」


 はぁ、とユキは深く息を吐いて嘆く。

 

 これでも苦手なりに私だって頑張ってるんだ。でも解けないものは解けないし、覚えられないものは覚えられない。


「個票、見せてください。」

「え、今ここで?」


 もしかして、私のテスト結果を確認するためだけにわざわざ一緒に登校しよう、と言ったのか。

 ちょっと喜んでた私が馬鹿みたいじゃないか。


 渋々その場で立ち止まり、カバンの中をまさぐって中間テストの個票を渡す。


 そんな私のちょっとした失望なんて意に介さず、ユキは個票をまじまじと眺める。


「英語はギリギリセーフ。日本史、数学、理科基礎、公民は………どうしようもないですね。これでどうやって三年生になれたんですか?」


 酷い言い方だ。でも言い返す権利は全くないことは分かってる。


「あと、唯一教えてない国語だけ無駄に点数高いのもムカつきます。嫌がらせですか。」


 ユキはあからさまに不満げな声で言うが、せっかくいい点数が取れた教科まで否定されるのは流石に傷つく。


「……まあ、いいです。今日は試験の復習をしましょう。」


 私の顔を覗き込んでそう言うと、そのまま何も言わずに歩いて行ってしまった。

 急いで私もユキを追って、隣に並ぶ。

 

 さすがに怒ってるかな。

 まあ『留年回避したら秘密はバラさない』ことが条件なんだから、私の成績でユキが怒るのも当然のことか。

 もし私が留年しても、別に秘密をバラすつもりもないけど。


 二人で隣り合って歩く歩道には、銀杏の枯れ葉が覆い尽くされてカーペットの様相を体していた。

 もうすぐ、冬が来る。というか、もう冬だと思っている人もいるかもしれない。

 私に残された時間は少ない。勉強のこと。それにユキのこと。

 今の勉強会を行う日常が無くなってしまうのは寂しい気もする。ユキにとっては早くなくなってほしいだろうけど。


 

 会話がなくなってお互いに気まずい空気が流れる。なんとか話に花を咲かせようと、頭の中で必死に考えてみる。


「ねえ、ユキは私のこと好き?」


 声に出してから、どう考えても今する質問じゃないな、と思った。

 ふと、ユキが私に対してどう思ってるのか気になったので聞いてみたが、先程の会話の時点で答えは決まりきったものだった。


 隣で質問を聞いたユキは、少しだけ動揺した表情を示し、一瞬私から目を逸らして考えた素ぶりを見せて、再び振り返った。


「好きでも嫌いでもないですよ。普通、です。」


「………へぇ。」


 先ほど、テストに関してユキに怒られたばかりなので、声は尖りを持っていたが、返答の内容自体は意外なものだった。てっきり、嫌いと言われると思っていた。


「なんですかその反応。………逆に聞きますけど、先輩は私のこと、どう思ってるんですか?」


「え、私?わたしは、うーん。」


 私がユキに対してどう思っているか、か。

 私は他人の気持ちもわからなければ、自分の気持ちもあまりよく分かっていない人間だ。

 だから、よく考えて結論を出さなければいけない。

 

 しばらく自分の思考に耽るが、あまり待たせすぎるのも悪いなと思い、口を開く。


「私は、………………普通、かな。」


 好きか嫌いかで言ったら好きだけど、普通、という選択肢があるなら普通なような気もする。



 ………いや、でも最近は一緒にいて楽しいと感じることが多い気がする。ユキは私のことを友達とは認めてくれないだろうけど、私にとってはこんなに深い付き合いになった人は彼女が初めてだ。

 だから、


「ごめん、間違えた。やっぱ好き。」


「えっ。」


 正直に言った結果、ユキは意外な反応を見せた。


 ユキの方を見ると、顔を逸らして反対側を向いてしまった。


 おかしなこと言ったかな?やっぱり私なんかに好かれるのは嫌だったかな。


 気持ちはよく分からなかったが、この後ユキと私はお互い何も話さずに学校に着いてしまった。


 なんだか余計にまずい雰囲気になってしまった気がする。

 コミュ障の塊のような私と一緒に行こうとするからこんなことになるんだ、と責任転嫁しておく。


 その日の数学の授業中、内容は全く分からないので、朝の会話を思い出して頭の中で反芻する。



 結局のところ、ユキと仲良くしたい、と思う私の気持ちはやっぱり彼女を利用している私と矛盾するものだろうし、叶うことはないかもしれない。

 それでもユキと一緒にいるときの方が一人でいる時よりずっと楽しいと感じるから、きっと私はユキのことが友達として好きなんだと思う。友達になれるか分からないけど。

 

 


 

 


 


 

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