一手に揺れる日常 2
ユキは小狐のような企みを持った笑顔で、下敷きにされた私を見下ろす。
「せんぱぁい。今日泊まっていってもいいですか?」
どうしてこんな状態でそんなことを聞くのか。
「………別にいいけど。どいてくれない?重い。」
彼女が私の家に泊まることはたまにある程度だが、もう慣れているため別にそれ自体は問題ではない。
ただ、今日のユキは明らかに様子がおかしいので、若干の不安が私の脳内を掠める。
女子二人でなにか起こるはずもないのだが。
理性は必死に冷静を保とうとするが、内心はすごく動揺している。
普段から悪酔いする子ではあるが、こんなことをされたのは初めてだ。
嫌な予感がする。
私の両手の手首はユキの手によってがっしりと掴まれ、倒れ込んでいる私の体にユキが跨っているため体は一切身動きがとれなくなっている。
ユキは私に体重を預けながらくすくすと笑みを浮かべながら言う。
「なんか暑くありません?汗かいちゃいました。」
そんなこと知らない、もう秋だ。しかも日が落ちてかなり気温が下がっているところだ。暑いわけがない。
「暑くない。ユキがどうしてもっていうならクーラーつけてあげるから。だから早くどいっ、て、ちょっ!何して………!」
あろうことか、ユキは片手で私のtシャツを一気に捲りあげたのだ。
肩より下の上半身が全て空気にさらされるのを感じる。
「いやぁ?暑いから脱がしてあげようかなって。にしてもセンパイ意外ですね?思ってたより立派なモノをお持ちのようで。」
「ほ、ほんとに怒るよ!?早くどいて!」
体が紅潮していくのを感じる。
体を見られて恥ずかしいとかじゃなくて、ただただ混乱の中、思考がユキの行動に追いつかずに捻って解けなくなってしまっている。
どうすればユキは止まってくれるのか。どうして私はこんなに動揺してるのか。ユキはこれからなにをするつもりなのか。
だめだ。全然考えがまとまらない。だから行動にも移せない。
「センパイ顔赤くしてかわいい。」
いつもと話し方も声のトーンも、何なら質感すら違うように感じる声で、いつもなら絶対に言われないようなことを言われる。
いつもは私のことを鈍感で無学な落第生扱いしてくるくせに、意味のない嘘をつくないで欲しい。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ動揺させられた。
しかし、ユキはそんな私の感情を読み取ってはくれず、ますます顔を近づけてくる。
………そういえばアルコールを摂取すると声帯が充血して声の幅が広がるらしい。
どこかで聞いたような豆知識を現実逃避的に頭に思い浮かべるが、残念ながら思考が途切れることも、時間が止まることもない。
ユキがさらに自分の顔を私の顔に近づける。
思わずこれからされようとしている行動が頭に浮かび、より脳内を混乱させる。
え、うそ。そういう流れなの?
酔って完全に錯乱してるのはわかるが、それでも『こういうこと』をする間柄ではないことくらいわかるだろう。
私たちはお互いの利益のために利用し合うだけの関係じゃなかったの?
寝ぼけていて他の人と間違えているのかな?
困惑と動揺が重なり、よくわからない鼓動が体内を走る。
一応自分自身にフォローしておくと、この胸の高鳴りは、行為や概念に対する感情の表れであり、決してユキに対してそういう考えを持っているわけではない。
…………結果的にだが、私は覚悟を決める段階まで入ったが、杞憂に終わった。
ユキはそのまま倒れ込んで私の上に覆い被さりながら再びスヤスヤと眠りだしてしまったのだ。
「………よかった。」
何とかユキの奇行を寸前のところで回避できたようだ。
まだ心臓がドクドクと激しく波打っているのを感じる。
どうして私がこんな気持ちにならなきゃいけないんだ。
ユキはアルコール度数1パーセント未満の微アルコール飲料でも明確にわかるほど酔う。
違法だからという理由でユキにはお酒を飲ませないようにしてきたが、ノンアルコールも規制した方が良いかもしれない。
改めて、私の上に覆い被さって眠るユキの姿を見る。
整った顔立ちに、長く明るい茶髪、のしかかられると重いが体型は標準くらい、なんなら痩せてる方だと思う。
本人曰くクラスの美人清楚枠で通っているらしい。実際顔はかなり綺麗だと思う。十人いたら八人は振り返るくらいの美人だ。
でも少なくとも清楚では無い。これだけは絶対に違うとわかる。
この酒酔い呑兵衛JKが清楚だとはとても認められない。
なんならたまに普通のお酒も飲んでる犯罪者だ。いや、未成年飲酒は売った方が犯罪になっちゃうんだっけ。
ともかく今日は私も疲れた。この子のことはまた考えるとして、私も寝てしまおう。
ユキにのしかかられた上、上半身半裸みたいな状態だったが、少し落ち着いたことで一気に眠気が押し寄せてきて、私は深めの眠りに落ちた。
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