元気にしてますか?

@kontatsu

第1話

 和也は歳を取ることの本当の意味がわかっていなかった。50まであと2年だが、髪は豊富で白髪もほとんどない。太って腹が出るどころか、むしろ若い頃より痩せている。娘に嫌われないためにダイエットを始めて以来、筋トレにハマったおかげだ。体力と気力の低下も特に感じていなかった。視力だって未だに両眼とも1.5だ。なんだ、歳を取っても案外何も変わらないじゃないかと思っていた。 

 が、昨年30年以上ファンだったプロレスラーが引退した。引退試合は仕事を休んで東京まで観に行った。東京ドームは1995年以来、37年ぶりで、あの世紀の一戦以来だった。和也はあの時の興奮を昨日の事のように覚えている。引退試合の会場は同じ歳くらいの男ばかり。近年よく聞く「プ女子」の姿はほとんどなかった。プロレスラーの引退ほどあてにならないものはないが、涙が止まらなかった。もし、そのレスラーが復帰したら、同じように泣くのだろうか。それとも興醒めなのだろうか。そんなことを考えながら、和也はグッズを5万円以上買った。

 さらに30年以上ファンだったアーティストが死んだ。世間的には一発屋と言われていたが唯一好きなアーティストだった。本当にずっと好きだったのに、人に好きな歌手を聞かれても、なぜか答えられなかった。決して恥ずかしかったわけではない。あの曲以外にも良い曲はいっぱいあるよと説明するのが、面倒だったからだと思う。直接知り合いでもない人が死んで泣いたのは初めてだった。最後になったコンサートツアーに行かなかったことを、心底後悔した。また次行けばいい、そう思った自分を恨んだ。しかし、死んでから、そのアーティストのSNSのフォロワーが、急激に増えたことに納得がいかなかった。

 そうか。これが歳を取るということか。自分が変わるのではない。周りが変わってしまうのだ。和也は、そう気がついて一気に老けた気がした。自分が好きな人がいなくなってしまう。自分が好きな物が無くなっていく。そういえば、ずっと使っていた歯ブラシも、売り場から消えて久しい。自分は変わらないのに、変わらないつもりなのに。そうか、これが時間の流れか。

 そんな思いで日々を過ごしている時に和也にとって大きな事件が起こった。

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