第7話 アサガオ、がんばれ!

 やっと4人全員そろって、練習を再開した。

 まずは、玲央くんと玲奈ちゃんのリズム隊、わたしと奏くんのボーカル組という2つのグループに分かれて、それぞれ自分に合った課題を見つけて克服するために練習する。

 今から1時間後に、進み具合を見せあいっこすることになった。

 これからの予定を決めたのは玲央くん。時間をかけずにパッパと指示を出して、テキパキ動いていた。さすが、わたしたちのリーダーだなって思う。

 玲奈ちゃんも、玲央くんのサポートをしていた。双子のコンビネーションは抜群だったよ。

 わたしと奏くんは、奏くんが声を出せるようになることを目標にがんばることにした。

「じゃあ、歌ってみようー! せーのっ」

「…………」

 合図を出してみるけれど、やっぱり歌い出せないらしい。奏くんは固まったまま、口を一直線に結んでいる。

 奏くんのタイミングがあるから、わたしが無理に歌わせるのはよくないことなんだけど……、少しでも力になりたいんだ。

 それに、このまま前に進めなかったら、本番に間に合わなくなってしまう。時間は限られているから、せめて今日のうちに声を出せるようになってほしい。

「深呼吸しておちついて、それから、ええっと、どうしたらいいんだろう。緊張したときは……手のひらに人を書いて飲みこむのを、3回くりかえすんだっけ? それとも、人を3回書いて飲みこむんだっけ? あれっ、わからなくなっちゃった」

 わたしは頭を回転させてみるけれど、いい案は思いうかばない。緊張したときのおまじないも、わすれちゃった。

 うーんと考えこんでいると、奏くんが小さなため息をついた。いつもよりも小さな声で、何かつぶやいている。わたしはよーく耳をすませて、なんとか聞き取った。

「僕、迷惑かけてばっかりだな……。僕がちゃんとできないと、フェスが失敗する。がんばらないと、みんなの思い出が悲しいものになっちゃう……。兄さんと玲央くんが時間をかけて、明るくはげましてくれたのに」

 わたし、悲しくなっちゃった。

 奏くんは、わたしたちに迷惑をかけていると思っているんだ。

 ちゃんとできなきゃ失敗するとか、がんばらなきゃ悲しい思い出になるとか、全然楽しそうじゃないよ。

 わたしたちがバンドをするのは、楽器をひくのが楽しくて大好きだからなのに……。

 ううん、わたしまで落ちこんでいたらダメ!

 奏くんの気持ちが前向きになるように、わたしがなんとかしなくちゃ!

「奏くん、楽しまないと損だよ! わたしたちはフェスで成功するためだけにがんばっているんじゃない。一番の目標は、楽しむこと! そして、たくさんのお客さんを笑顔にすること! すてきな思い出、みんなで作ろうよ」

 わたしは奏くんに笑顔を向けた。

 奏くんは目をパチクリさせると、力が抜けたようにほほ笑んだ。

「楽しむ……。そっか、わすれてた。がんばらなきゃって、あせってばっかりだ。楽しむことが大切なのに。……秋帆ちゃん、ありがとう。すてきな思い出、僕も作るよ」

 奏くんがそう言ってくれて、わたしの気持ちはグンと上を向いた。口の端が持ち上がって、もとにもどらなくなった。

「ぜーったいに、大人になっても、おじいちゃんおばあちゃんになっても、一生わすれない思い出にしようね!」

 わたしが玲央くんを真似して明るく元気に言うと、奏くんは「うん……!」とうなずいたあと、こらえきれないようにプッとふきだした。

「か、奏くん、どうして笑うの!?」

 玲央くんの真似、そんなに似合わなかった?

 わたしがいつものテンションで言うと雰囲気出ないかなって思って、ハイテンションな玲央くんっぽく言ってみたんだけどなぁ。

「ごっ、ごめん。悪い意味じゃなくて、なんかその、玲央くんにソックリすぎて、秋帆ちゃんが玲央くんになったみたいで……あははっ」

 奏くんの笑い声は止まらない。

 練習していた玲央くんと玲奈ちゃんが演奏を止めて、笑い続ける奏くんに目を向けた。

「今笑われてるのって秋帆? それとも玲央?」

 わたしたちの話は聞こえていたようで、玲奈ちゃんが首をかしげた。ボーンとベースを1音鳴らす。

「俺の真似をした秋帆が笑われてるんだろ? だから秋帆だよ」

 玲央くんはドラムで軽くリズムを刻みながら、玲奈ちゃんの疑問に答えた。

「でも秋帆が玲央になったみたいだから笑うって、玲央が笑われてる感じしない?」

「だからさぁ、秋帆が俺みたいに見えたから違和感マシマシで笑ったんだろ? そういうことで、笑われたのは秋帆……ん? あれ? 待って、わかんなくなってきた」

 考えるまでもなく、笑われたのはわたしだからね。

 2人とも、変なところで確認しあわなくていいよ。

 どうしてかわからないけど、わたしが恥ずかしくなってきちゃった。

「なあ玲奈、俺いつもあんな感じで話してる?」

「うん。1日中沈まない太陽みたい」

「1日中明るいってことか。ま、俺は落ちこむ時間があるなら、元気をとりもどすために動いたほうがいいと思うからな」

 玲央くんは大きくうなずいて、ニッと歯を見せて笑った。

 2人とも練習を中断して話しているみたいだけど、お互いに楽器を鳴らしながら会話している。

 もしかしなくても、わたしたちが練習の邪魔をしちゃってるよね……!?

「それならだいじょうぶだよ。あたしたち、奏が笑ってるのを見るのうれしいから。ツボから抜け出すまで待ってあげて」

「そうそう。奏が声を出して笑うなんて、めったにないからさ」

 玲奈ちゃんと玲央くんがそう言うなら……。

 わたしは2人にうなずいて、奏くんを見た。

 奏くんは笑いがおさまってきたらしく、スーハースーハーとくりかえし深呼吸している。

 ようやく落ちついて、わたしに言った。

「ごめんね、笑っちゃって……。練習しなくちゃ」

「うん、練習しよっか! ……あ。そのまえに、奏くんが声を出せるようになる方法を考えないといけないね」

「そっか……考えてみよう」

 わたしたちはうなずきあうと、それぞれ頭をフル回転させた。

 奏くんが声を出せるようになるには、どうすればいいのかな。

 たとえば、まずは歌うんじゃなくって、スラスラしゃべれるようになるとか。でも、今はけっこう話せてるよね……。いつもの言葉がつまる感じは少ない。

 じゃあ、最初は『絆』を歌わずに『カエルの合唱』みたいな童謡を歌うとか。……歌うことには変わりないか。

「……」

 奏くんを見てみるけれど、わたしと同じでいい案がでないみたい。酸っぱいミカンを食べたときみたいな顔をして、うーんと考えこんでいる。

 そのまま1時間が過ぎて、進み具合を見せあいっこする時間になってしまった。

 玲央くんと玲奈ちゃんに現状を説明すると、2人は同じタイミングで同じ仕草をして考えはじめた。

「それじゃあ……録音してもらっていいか?」

 録音?

 ピンと来ないのはわたしだけじゃないみたい。

 玲奈ちゃんと奏くんも、顔を見合わせて首をかしげている。

 玲央くんは「まあまあ、まずは聞いてくれ」と、わたしたちの注目を集めた。

「俺と玲奈は、秋帆と奏がどのくらい歌えるのか知りたい。把握した実力に合った練習をすれば、フェスに間に合うように歌を調整できると思っているんだ」

 玲央くんの説明に、玲奈ちゃんが強くうなずいている。

 玲奈ちゃんは、わたしと奏くんにボーカルを任せるわけだから、なおさら気になるよね。

「奏が歌えないのは、自分以外のだれかに歌を聞かれるからだろ? だったら、1人で歌える場所で歌えばいい。けど、それだと俺たちが奏の歌を聴けないから、録音して持ってきてほしいんだ。そうすれば奏は1人で歌えるし、俺たちは奏の歌を聴けるだろ?」

 そっか! 人前で歌えないのなら、1人になって歌ってもらえばいいんだ。録音しておけば、その場にいなかったわたしたちも歌を聴くことができる。

 奏くんは、はじめは「でも……」と目線をさまよわせていたけれど、玲奈ちゃんが両手を合わせてお願いすると、小さくうなずいてくれた。

「よし! じゃあ、頼んだぞ」

 玲央くんが言うと、奏くんは不安げに首をたてにふって、スマホを持って出ていった。

 しばらくして、奏くんが部屋にもどってきた。

 録音アプリを開いた状態のスマホを、玲央くんに差し出す。

「録ってきた……」

「ありがとな」

 玲央くんがスマホを受け取ろうと手を伸ばすと、奏くんはサッと背中に隠してしまった。

「や、やっぱりダメ!」

「えっ!? うーん、そっかあ……」

 録音した歌声を聴かせるのも、緊張しちゃうのかな。

 まだわたしたちの前で歌うことができない奏くんの歌を確認するには、これしか方法がないんだけどな。

「ちゃんと聴いてもらうから、ちょっとだけまって」

 奏くんはそう言うと、ギューッと目を閉じた。

 10秒くらいして目を開けると、玲央くんに震える手でスマホをわたした。

「聴いていい?」

 玲央くんが確認すると、コクコクと首をたてにふった。

「再生するぞ」

 録音の再生ボタンをタップする。

『――♪』

 奏くんの歌声が流れはじめた。

(綺麗な声……)

 奏くんの歌声は少しハスキーでやわらかく、落ちついていて心地いい。

 玲奈ちゃんとは対照的な歌声だ。

 思わず奏くんに目を向けると、両手で顔をおおって指の間から玲央くんを見ていた。

「どう……?」

 奏くんのか細い声に答えたのは、玲奈ちゃんだった。

「どうって……、めちゃくちゃいい! こんなに歌が上手だなんて予想してなかった!」

「ああ! 奏すげーよ!」

 玲奈ちゃんに続いて、玲央くんも言う。目がキラキラとかがやいて、宝物を見つけた子どものような表情をしている。

「わたしも、そう思う! 奏くん、自信持って!」

 まさか、ここまで上手だとは。

 わたしが一緒に歌って、歌の上手さがアンバランスにならないかな……と思ってしまうくらい。

 わたし、もっともっと練習しないと。

「ほ、本当に……? うれしいな」

 奏くんは安心したのか、顔をおおっていた手を胸において、ホーッと深く息をはいた。

 ふわっと天使のような笑顔をうかべる。

「次は、俺たちの前で歌えるようになることを目指そう」

「うん……!」

 玲央くんが目標を立てると、奏くんは強くうなずいた。



 それから、わたしたちは今まで以上に練習した。

 バンドとしての完成度が上がって、わたしたち自身が納得できるものになった。

 そして――

「奏くん! 歌えた!? 歌えたね!!」

 わたしは興奮して、奏くんに言った。

「う、うん、え、今歌った?」

 奏くんは一回うなずいたけれど、まだビックリしているみたい。

 ――奏くんが、わたしたちの前で歌えたんだ。

 録音の歌を聴いた日から何日も経っていたけれど、それがわたしの喜びを大きくした。

「奏、進めたな! すごいよ!」

「おめでとうだね! 奏が歌えてうれしい!」

 玲央くんと玲奈ちゃんが、わあわあと奏くんに駆けよった。

 奏くんはわたしたちにもみくちゃにされながら、うれしそうに笑った。

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