第4話 歌の練習
練習後、わたしは家に帰るなり自分のベッドにダイブした。
(雰囲気よくなかったなぁ……)
玲奈ちゃんが奏くんに「2人で歌わないか」と問いかけたけど、奏くんはハッキリ答えなかった。
やっぱり、奏くんは歌わないことにするのかな。考えさせてって言っていたけど……表情は明るくなかったから、うれしい答えがかえってくるとは思えない。
(秋帆ちゃんとは歌いたくない……って、言われちゃうかな。ううん、奏くんはやさしいから、思っても面と向かって言わない気がする……)
玲奈ちゃんや玲央くんと歌うなら、すぐにうなずいたのかもしれない。嫌いな人より好きな人と歌いたいもの。
わたしは奏くんのことが好きだし、2人で歌いたいけど……。もちろん、恋愛的な意味ではなくて友だち的な意味の好きだよ。
なんて、変なの。わたし以外にだれもいないのに弁明するなんて、いったい何をしているんだか。
「バカみたい……ふふ」
小さな声なのに、時計の秒針の音が響くくらい静かな部屋の中では、不思議と大きく聞こえる。
コロン、と寝返りをうった。
……嫌いな人より好きな人と歌いたい、か。
奏くんから言われたわけじゃないのに、悲しくなってきてしまった。
そういえば……ケンカしたときも、奏くんは「嫌い」なんて言っていない。わたしの質問に、ハッキリ答えなかっただけ。
もしかして、わたし1人でかってに苦しくなってる……?
それならもう一度、奏くんとちゃんと話してみないといけないな。
「秋帆ー、帰ったのー? もう夕ごはんできるわよー」
「はーい。今行くー」
お母さんがわたしを呼ぶ声が聞こえて、わたしはからだを起こして大きな返事をした。
頭ではまだ、奏くんのことを考えていた。
翌日、わたしたちはまた奏くんの家におじゃました。昨日と同じ練習部屋にとおしてもらう。
さっそく練習をはじめる……というわけではなく、集まってすぐに4人で輪になった。
「奏、昨日の話の答えを教えて」
玲奈ちゃんが奏くんに向きあって、目をあわせる。
「……」
奏くんはだまってしまう。顔をふせて動かない。
やっぱり嫌なのかな……と思ったけれど、それはまちがいだったらしい。
「やってみる」
ゆっくり顔をあげた奏くんは、いつもの何倍も大きな声で玲奈ちゃんを見つめかえして言った。グッと強くにぎった両手はふるえていて、ものすごく勇気を出したことがわかる。
「奏……!」
玲奈ちゃんの表情がパァッと明るくなって、顔いっぱいに笑顔の花を咲かせた。奏くんの右手を両手でつつみこんで、星のように目をかがやかせる。
「本当に!? 本当に歌ってくれるの!?」
「う、うん。……がんばるよ」
奏くんは玲奈ちゃんの勢いにおされながら、何度か首をたてにふった。まばたきをくりかえして、玲奈ちゃんをビックリした表情で見ている。
だまって様子を見ている玲央くんも、うれしそうにほほ笑んでいた。わたしもうれしい、けど……笑顔にはなれなかった。
奏くん、本当にいいのかな。やってみるってことは、わたしと歌うことになるんだよ。
「あの、奏くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
わたしは、玲奈ちゃんに手をつかまえられている奏くんに話しかけた。奏くんは首をかしげながら、コクっとする。
あれを聞いたら傷つくかもしれない。でも、聞かないとモヤモヤしたままだよね。
わたしは肺が苦しくなるほど息をはいて、その分大きく息を吸った。ギュッギュッとふくらんではしぼんでをくりかえす心臓を落ち着けようと、胸に手をあてた。
「わたしと歌うのは、嫌じゃないの……?」
もしも、昨日家に帰って考えたように「わたしは奏くんに嫌われている」という認識がまちがっていたら、奏くんはなんて言ってくれるのだろう。……でも、まちがっていなかったら「嫌だよ」って言うのかな……?
奏くんが大きく表情を変えることはなく、なんともいえない顔で、わたしの目を見る。静かなまま口を動かさないから、だんだん不安になってきた。
や、やっぱり、昨日考えたことは、わたしのまちがい……? 奏くんはわたしと歌いたくないのかな? わたしのこと嫌い、なのかな……。
返事を聞くのがこわくなって「ごめんね、急にこんなこと……」と言おうかと思ったとき、奏くんがキュッと目を細めてやさしい声で言った。
「…………嫌じゃないよ」
わたしは、ハッと目をひらいた。一瞬、思考がフリーズする。
奏くん、なんて言った……? 嫌じゃないよ……って、それって――。
言葉の意味を理解したとき、うれしさにキュンっと胸が高鳴ると同時に、大きな安心感につつまれた。
「そ……っか。よかった」
わたしが笑顔になると、奏くんも笑ってくれた。天使のようにやさしい笑顔を見せてくれたから、本音で言ってくれたんだとわかった。
「よーし! 練習始めようぜ!」
わたしたちの話が終わるまで、だまって見守ってくれていた玲央くんが、ドラムスティックを持った右手を正面につきだした。瞳はらんらんとかがやいて、これからの練習が楽しみでしょうがないって顔をしている。
「やろうやろうっ!」
玲奈ちゃんがうなずいて、ベースケースからベースを取り出しながら鼻歌を歌う。鼻歌にあわせて、からだを左右に揺らしている。
「うん! 奏くん、がんばろうね!」
「……がんばる」
わたしは2人の言葉に明るく返事をして、奏くんに声をかけた。奏くんはピクッと肩を揺らしておどろいたけれど、すぐに小さくコクリとした。表情はかたまっていて、緊張しているみたい……?
楽器を決まった位置に配置すると、演奏の準備が完了した。でも、まだ演奏しないみたい。
「さて、まずは秋帆と奏に歌ってみてもらおうかな」
玲奈ちゃんが言う。わたしと奏くんの周りの空気がかたくなった。う、歌ってみてもらう……って、なんかすっごく緊張してきたんだけど……!?
「とにかく歌詞と音程を覚えてね。声も大きくないといけないし、いろいろ必要なことがあるんだけど……。まあ、なんとかなるよ。2人ならできるってこと、バンドで2人を見てきて知ってる。だから、くじけずにチャレンジしてみようね」
玲奈ちゃんは、わたしたちと交互に目をあわせて、勇気づけてくれる笑顔を見せた。玲央くんと同じ、太陽みたいな笑顔。
「うん!」
わたしは、緊張をほぐすために大きくうなずいた。
玲奈ちゃんに比べれば、まだまだな歌だろう。でも、玲奈ちゃんがわたしたちを信じてくれているんだから、自信と勇気を持って歌うんだ……!
決意して奏くんを見ると、くちびるをかんで、かたまっていた。
「奏、だいじょうぶか?」
「……うん、がんばるって決めたから」
奏くんは胸を服の上からギュッとにぎって、深呼吸をくりかえす。何度も何度も、どれだけ深呼吸するの? って思うくらいくりかえして、ようやく落ち着いたらしい。もう一度、玲奈ちゃんと目をあわせた。
「じゃあ……はい、これ歌詞のふり分け。ソロパートがあるけど、がんばって」
玲奈ちゃんが、わたしたちに歌詞カードを手わたした。わたしと奏くんは、同時に首をたてにふる。
「よし。それじゃあカードに目をとおして。練習では、これを見ながら歌ってもらうよ」
うぅ、さっきより、もっともっと緊張してきた。
言われたとおり歌詞カードを見ると、ピンク色で秋帆、黄色で奏と書いてあった。一文目を見て、首をかしげる。歌の始まりが、奏くんになっているの。
「れ、玲奈ちゃん……あの、これ」
奏くんも気がついたみたい。歌詞カードを玲奈ちゃんに見せて、歌詞の始まりを指差している。
「あ、それね、ちゃんと考えて決めたの。玲央、説明してあげて」
「おう! そこを奏のパートにしたのは俺だからな」
玲奈ちゃんに呼ばれて、玲央くんがニパッと笑った。奏くんに一歩近寄って、歌詞カードをのぞきこむ。
「これは、奏が自分のタイミングで歌い出せるようにするためだよ」
「……」
奏くんはだまっているけれど、その表情は「僕が?」と言っているみたい。不安そうに眉を下げている。
「曲の入りのキーボードは奏の担当だろ? 奏が声を出す、歌を歌う心の用意ができたら、演奏を始めてほしい」
「………………うん」
奏くんは、口を真一文字に引き結んで、小さくうなずいた。
わたしも理解したよ。でも……声を出す、歌を歌う心の用意? それって、どういうことだろう。それなら奏くんだけじゃなくて、わたしにも必要なんだけどな……。
「さあ、練習スタート!」
玲奈ちゃんがわたしと奏くんにうなずきかけた。
「最初は歌の練習。いきなりあたしたちに聴かせるのはむずかしいと思うから、まずは2人で練習して。えーと、あのへんでいい? 30分後に集合してね」
「わかった。がんばるよ」
わたしと奏くんは玲奈ちゃんの指示にしたがって、指定された部屋の左前側に移動した。
玲奈ちゃんと玲央くんの様子を見ると、ドラムとベースを弾く準備を始めていた。2人はリズム隊という、バンドで大事なポジションだ。リズム隊がうまくできないと、曲のまとまりを感じられなくて、ボーカルやギターの良さが伝わらない。だから2人とも一生懸命に練習するんだ。
わたしたちも、2人と同じようにがんばらないと!
「ようし、奏くん、練習しよ!」
「う、うん」
意気込みながら言うわたしとは反対に、奏くんは不安そうな顔でうなずいた。
「えーっと、曲の入りは奏くんだから……奏くんから、歌ってみて?」
歌の練習は音楽の授業でしかしたことがないから、くわしいやり方がよくわからないけど……とりあえず合わせてみるのがいいよね。
「あ……う、歌う……。うん、そうだね、僕から……だよ、ね。わかった、から……あの、ちょっとまってほしい……」
奏くんは首をたてにふるけれど、まだ緊張しているみたいで、口をパクパクさせた。
それから深呼吸して、息を整える。
歌いそうだと思って、わたしも心を落ち着けた。
奏くんは口を開いて――閉じた。
もう一度口を開くけれど、やっぱり声は出ない。
何度もくりかえす。でも、歌うことはできなかった。
そのうち、奏くんの瞳がうるうると揺れはじめた。
「奏くんのタイミングでだいじょうぶだよ。あせらないで。ね?」
そう言ってみるけれど、奏くんの表情は変わらない。
とうとう、ギュッとくちびるをかんで、部屋を飛び出してしまった。
「奏くん!?」
名前を呼ぶけれど、奏くんは振りかえらない。
追いかけようと足を踏み出したとき、横を玲央くんが走っていって、そよ風がふいた。
「あ、玲央くん――」
「秋帆、ストップ。今は玲央に任せよう」
足を動かそうとするわたしの肩に手を置いたのは玲奈ちゃん。まっすぐな瞳でわたしを見つめる。
「うん……」
わたしは、奏くんたちを追いかけたい気持ちをおさえて、うなずくしかなかった。
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