第8死 次の日
「はっ!」
ガバッ、と燐が起きる。
いつ見ても面白いと思う。
「おはよう、燐。」
「……寝ていたのか?
寝ていたようだな。」
「そそ。」
「私、何かしなかったか?」
「んーん、何にも。」
「ふーん。」
何か言いたげに唇を尖らせた燐の顔が降りてくる。
「り……!」
「ん。」
唇が重なった。
悪戯でも成功したかのような悪い笑みを浮かべる燐。
「燐!?」
「こういうのじゃなかったか?」
「覚えてたの!?」
「私が忘れていると思ったんだろう?
……連は、優しいんだな。
記憶の限りキスは初めてだ。
だから、無かったことにしないでくれ。」
柔らかい笑みを浮かべる燐。
「え? えぇ?」
「大好きって言ってからかな。
そこから寝たんだろう。
記憶がない。」
「あ、覚えてるね……。」
「職業柄な。」
「そういやそうだったね……。」
「すまないんだが。」
「あ、そうだよね。
職業柄こういうこと言っちゃうと
仕事がやりづらくなるよね。
ごめんね。」
「へ? あ、そうじゃなくて。」
「ん?」
「……思ったんだが、
私は連に比べて一般教養が著しく欠如しているようだ。
そこで相談なんだが、好き同士って何をするんだ?」
「デートとか?」
「……?」
「好き同士2人でどこかに遊びに行くんだよ。」
「それを”でぇと”と言うんだな。
全然知らないぞ。」
「あはは、燐可愛いねぇ。」
「どこが可愛いんだ……、分からんな。」
「そういうところ。」
「まぁいい。
連、気になることを言ったな?」
「うん?」
「職業柄、交友関係が偏って深まると都合が悪い。」
「そうだね。」
「だから、私は人に好かれたことがない。
職業柄、好意を向けられることがないんでな。
しかし、連に好かれて舞い上がっている。
これが良くないんだろうが……。」
「ほとぼりが冷めるまで部屋を分けようか?」
「いーやーだ。」
「駄々っ子じゃないんだから。」
「初めての好きだぞ。
もう我慢ができない、しない。
不都合が起きようが知らん。
全部ひっくるめて私が守る。
異論は認めない。
私がそう決めたんだからな。」
「わぁ、燐ってば強引。」
「気の強さは道しるべになる。」
「僕も何か武器をやった方がいいんだろうか。
才能あるかな……?」
「そりゃあいい、連は器用だからな。」
「うーん。」
「ほら早く起きろ。
”でぇと”するぞ。」
「途端に元気だね……。」
「着替えるかぁ、うーん……!」
伸びをする燐。
上着が少しずれて燐の腰と下着がちらりと見える。
「あ……。」
「ん?」
言葉を詰まらせた連に気付いて燐が振り返る。
「見てない! 見てないよ!」
「それは見たうちに入るんじゃないか?
何を見た?」
「……怒らない?」
「誓おう。」
「腰と、下着がチラッと……。」
「なんだ、こんなもんならいつでも見せるが。」
ズボンの腰のゴムを水平に伸ばす燐。
「わぁ! わぁー!」
「連は恥ずかしがりだなぁ。」
「燐は慣れてるの!?」
「ん? 連にだけだが?」
「そ、そう?」
「好きな男以外の前で下着のまま歩くなと習っている。」
「習って……。」
突っ込みたい衝動を抑える。
「不思議だな、こんな布っ切れ見えて楽しいのか?」
「燐、見えちゃうよ。」
「……連は見えると嬉しいか?」
「聞くの!?」
「こういう物言いが正しいかはわからないんだが……、
連の気に入る女の子になりたい。」
「せ、節度を……。
うーっ……。」
「どうした? 苦しませているか?」
頭を抱える連に入るように燐がのぞき込む。
上着の切れ目から胸への導線が開く。
「ひゃーっ……。」
顔を覆ってその導線から視線を逸らす連。
「連?」
「む、胸が見えちゃう……!」
「ん? 胸?
……よく視線がうまいこと行くな、感心するぞ。」
「感心してないで上体おこして……。」
「見るか? いいぞ、ほら。」
「見ない見ない。」
「やっぱり魅力が……。」
「そうじゃなくて! ……あ。」
顔を上げて反論したら視線が行ってしまった。
「……な? ぺったんこだろう?」
たらーっと鼻血が垂れる連。
「あ。」
「ご、ごめん!」
鼻を抑えつつ、慌てて洗面所に向かう連。
「……私で、興奮したの……か?」
しばらくして。
「あーうー……。」
鼻に綿を詰めてつまんでいる連。
「すまん連、揶揄う気がなかったことだけは言い訳させてほしい。」
「うん、燐は純粋だもん。」
「……。」
「……。」
お互い少し赤くなって言葉に詰まってしまう。
「あの。」
「ん?」
「どうしても聞きたいことがあって。」
「どうしたの?」
「……その、私に興奮したのか?」
「うん。」
「連の趣味は変わっているな。
マサなんかは姐さんみたいに胸が大きい女性を好むのだが。」
「どれだけ燐のこと好きだと思ってるの……。」
「……よく分かった。」
また小さく、笑っている燐。
笑い方は変わっている気がするがそれもまた可愛い。
「連のためにはどっちがいいんだろうか。」
「見えて嬉しいんだけど
あんまり見えちゃうとこうなっちゃうから
ほどほどにしていただけると……。」
「その気持ちも今なら分かるな。」
「そういえば燐に聞きたいことあるんだけど。」
「何でも聞いてくれ。」
「怒天会とって対立してるの?」
「そうだな。
うちは
怒天会とはずっと確執があるな。」
「監禁部屋にいた時、料理しないって言ってたけど
ご飯どうしてたの?」
「あぁ、年上の姐さんに甘えていてな。
料理は姐さんが好きでよくやっている。」
「焼きそばがあったよね。」
「マサの趣味だろうな。
よく買い出しに出してたんでな。」
「ふぇー。
姐さんかぁ……。」
「今日、紹介しよう。」
「うん。
大きいことも聞きたいな。」
「何だ?」
「今更なんだけど、
死線一緒に潜り抜けたとはいえ、
僕の信用ってないと思うんだよね。
こちらでは結構迎えられて入るっぽいんだけど、
いいの?」
「変なこと聞くな……。
連のことを調べないはずがあるまい?
情報には連の存在がなかったからな。
いくつか不明な点は残るが、
信用に値する人間。
それがうちの答えだ。」
「そっかぁ、ありがとう。
あ、鼻血止まったかな。」
「見ようか?」
「燐はあんまり近寄っちゃダメ。
ただでさえ開けっぴろげなのに。」
「そ、そうか。」
「止まったっぽい。
綿を捨てよう。
このままだと血がついて怖いから
ビニール袋の後に紙袋にでも入れて、と。」
「血なんざ見慣れているが。」
「僕は怖いの。」
「私からも連に聞きたいんだが。」
「ん?」
「保険金が帷が掛けられていると言っていたが、
知っていたか?」
「うん。」
「知っていたのか。」
「だから死んでほしかったんだろうね。
数億じゃないって聞いてるし。」
「そんなにか。」
「燐!」
「どうした?」
「上着、上着着崩れてる!
肩が出そうだよ。」
「めんどくさいんだ、放っておいてくれ。」
「あうー……。」
「鼻血、出るんだっけ?」
「あんまり考えないようにする。」
「ふふ。」
「今日はマサさん来ないね。」
「連に任せられると聞いて喜んでいた。
私が散々使い倒していたからな。」
「そうなんだ……。」
「あ、忘れてた。
”でぇと”するんだろう?」
「その前に髪を直さないとね。」
「すまないな。」
ドライヤーと整髪料で直している最中。
「なぁ、連。」
「ん?」
「私、女の子っぽくないだろう?」
「どうしたの急に。」
「オシャレに興味がない。」
「それも個性じゃない?」
「あんまり私を甘やかせるといいことないぞ。」
「惚れた弱みだね。」
「聞けばわかるが、連は語彙力があるな。」
「そう?」
「あぁ。」
「……っ。」
何かに気付いた連。
難しい顔をする。
「どうした?」
「母の、夜明。
どうして静流会は狙ったの?」
「……話さなきゃならんか。」
「?」
「依頼者は保険会社だ。」
「保険、会社?」
「連に莫大な保険金を掛けられていることは知っての通りだ。
私は額までは知らなかったがな。
信用できる情報筋から保険金が支払われる動きがあると察したんだろう。
別居状態にある夜明が帷からお前を殺し、
保険金詐欺まがいのことをしようとしていた。
そこで保険料の支払いを帷とし、
保険金の支払いを免れようとした保険会社が
夜明の殺害を我々に命じたのだ。
まさか、その保険を掛けられている当人がいると思わなかったのだろうな。
情報では夜明のところではなく帷の方にいる話だったんだ。」
「え? すっごく難しい。」
「帷は父、夜明は母か?」
「そうそう。
父は殆ど会ったことなくて知らなかったんだけど。」
「別居が長く、保険料の支払いが動くところだったんだ。
別人として扱われるところだったんだな。
恐らくは偽装離婚。
片方が連を殺し、保険金を受け取る。
それの阻止のため保険会社が動いた。
簡単に言えばこうだ。」
「そんなこと僕に話しちゃって大丈夫?」
「我々は諸刃の剣だ。
恐らく私と連が帷のところにいた間に
マサが保険会社に何かをしたはずだ。
帷は知らなかったようだ。
もう連を殺しても帷には価値がないようにしていたと思われる。
しかしながら、連に何かあったときは……だな。」
「凄い!」
「もうバレてるんだろうなー……。」
温風から変わった冷風を浴びながら肩を落とす燐。
「うん?」
「恐らくマサにはもう私と連の関係がバレているはずだ。
……マサだけには知られたくなかったんだが。」
「可愛いね、燐。」
「だからどこだ?」
「その辺?」
「うーん。」
「燐も監視されてるの?」
「一応はな。
逆に言えば誰をも疑っているし、
皆を信頼しているともいえるな。」
ひょいと総合栄養食を拾う燐。
「ちょ、ちょっと燐。」
「ん?」
「ちゃんとしたもの作るから簡単なもので済まさないでよ。」
「その辺は期待してるんでな。
いや、姐さんの料理にずっと甘えっぱなしでもよくなくてな。
その間はこればっかり食べていたんで、
連のご飯を食べるようになったらこれは嫌だなと思って。」
「何食べたい?」
「焼きそば。」
「もっと難しいものも作れるけど?」
「焼きそばがいいな。」
「分かった。
はい、髪は終わりね。
ご飯作るからその間に着替えておいてね。」
「あぁ。」
いくら彼女が望んだこととはいえ、簡単すぎないか。
そんなことを思いながらフライパンで焼きそばを作る。
そういえば燐って野菜を食べれるんだろうか。
思考がよぎる。
生めんのものを焼いているとはいえ、栄養が偏る。
野菜でも切って入れた方が健康には良さそうだとは思う。
こうして考えてみると燐のことを何にも知らないな。
「連、着替えたぞ。」
「はーい。」
「いい香りだな。」
「燐ってお野菜食べれるの?」
「野菜?」
「食べれないもの代表だとニンジンとかピーマン?
燐はどうなのかなーって。
今日は何にもなかったから麵だけだけど、
好みに合わせたいなって。」
「……。」
何か言葉に詰まっているようだ。
「燐、何か悪いこと聞いちゃった?」
「いや、すまん。
野菜を食べたことがなくて
食べれるかどうかわからないんだ。」
「ないんだ!?」
「あぁ。
さっきも言ったように総合栄養食ばかりだったんでな。」
「姐さん、姐さんは!?」
「肉カレーだったが。」
「まさかとは思うけど、肉だけ?」
「カレーって野菜を入れるのか?」
「僕が間違っているような気がしてきた……。」
焼きそばを食べて、着替えて。
いよいよデートに行くことになった。
波乱の幕開けのような気がする。
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