第7死 珈琲と羞恥心

「マサか?

ミッションは無事に終わった。

場所は別邸跡だ。

迎えに来てくれ。」


「よかったです! すぐに行きやす!」


「……ふぅ。」


公衆電話から出てくる燐。


「マサさんなんて?」


「すぐに来るってさ。」


「じゃ、待ってようか。」


「……ねぇ、連。」


「ん? ねぇ?」


「仕事とはいえ、この1か月間寂しかった。」


「え? 寂しい?

ずっと一緒だったよね?」


「そ、そうなんだけど!

一緒に寝ることはなかっただろう?」


「色々と危ないじゃない、外だよ?」


「……私はこの1か月全然寝てないのに、むぅぅ。」


「あ、あれ? 燐?

そんなに甘えんぼだったっけ……?」


「連のせいだぞ!

あんなにあったかくて、すやすやで……。」


「すやすやってなに!?」


「と、とにかく!

責任、取ってもらうからな!」


「え、えぇー……?」


キッ。

車が一台目の前に止まった。


「お嬢!連!乗ってくだせぇ!」


車に乗り込むと、慌てるように車が走り出した。


「いやー、1か月かかりやしたね。

でも殺っちまうたぁ、お嬢も連も大したもんだぁ!

……お嬢?」


「ん?」


「何難しい顔してますんでぇ。

何かトチりやしたかい?」


「いや、何も。」


「マサさん、燐ってあま」


ぎゅぶっ。


「痛ったぁ!

燐、足踏まないでよ!」


「余計なことを言うな。

死にたいのか。」


「ひぇぇ……。」


「連、お嬢とケンカしたんでやすかい?」


「マサ、連と私はバディだ。

そんな子供みたいなマネはしない。」


「お嬢、子供じゃないっすか……。」


「いくつか知らんがな。」


「そういやそうっすね。

カシラなら知ってるんじゃないっすか?」


「聞いてみるかな。」




アジトに戻って。


「燐、帰ったか!」


「親父、心配かけたな。

無事終わらせてきたぞ。」


「うむ、うむ。

こんなに小さいのによくやる。」


「親父、私って何歳なんだ?」


「知らん!」


「だろうな……。」


「ただお前と出会ったときにお前は赤子だったんでな。

そこを起点にするなら14だろうな。」


「やっぱり14くらいなのか。」


「そういや、連はいくつなのだ?」


「16ですね。」


「ふむ。

連と燐はいいコンビになりそうだな。」


「私の行動を見越して先回っていた経緯もある。

なかなかのやり手だぞ、連は。」


「疲れただろう。

当面仕事は渡さないから休むといい。

働きすぎだ。」


「そうか? やれるが。」


「連のことも考えてやれ。

まだギプスをしているだろうが。

腕のことを心配しているなら射撃場を使えばいい。」


「そうさせてもらおうかな。」


「お嬢! お疲れさまでした!」


周囲の者たちから一斉に声が上がる。


「あぁ。」




部屋にて。


「ふー。」


「お疲れ様、燐。

何か飲み物でも淹れようか?」


「お前も休めよ、連。

本当に使用人になってしまうぞ。」


「いいけど?」


「……私が望まない。」


「じゃ、燐のお手伝いがしたい。」


「ほんとにずるいな、連は。

では、コーヒーを淹れてくれないか?」


「分かった。」


何かガラス瓶が2つ付いた道具を取り出してくる連。


「連、なんだそれは。」


「サイフォンだけど、どうかした?」


「上にも下にも瓶がついてるな。

使い方を知っているのか?」


「まーね。」


「紙のフィルターと布のフィルターがあるけど

美味しさを重視して布で入れるね。」


「任せる。」


ポットのお湯をコップ2杯取ると、下の丸底瓶に注ぐ。

チェーンの着いた布フィルターを

上の円筒瓶に落としてからゴム栓でつなぎ、

アルコールランプにかける。

下の丸底瓶からコポコポと泡が上がる。

手際よく連がコーヒーミルにコーヒー豆をかけて粉にして

スプーンで擦り切り2杯を上の瓶に零し入れる。

下の瓶の泡が強くなり、

お湯が吸い込まれて上の瓶に上がっていく。


「ふぇー……。」


目をキラキラ丸くして間近で眺めている燐。


竹棒で器用にお湯の上がったコーヒー粉を搔き混ぜている。

火の勢いでお湯が上がり、上の液面を揺らしている。

タイミングを図っているのか、やかんで少しお湯を注ぐ。

それを二回ほど繰り返した後、

アルコールランプから瓶を離して横に置いた。


「お湯が上に上がるのが不思議だ……。」


「でしょー。」


しばらく待っていると、じわじわとコーヒー色の液体が

息をするように下に上に、

しかし、時間の経過とともに徐々に下の丸瓶へと下がってくる。


「え? 下がってくるんだ?

コーヒー粉の混ざった上の液体がどうなるんだろうとは思っていたが。」


「面白い?」


「すごく。」


濾された液体が下がりきると、ゴム栓から円筒瓶を外して

下の丸底瓶からコップへコーヒーが注がれる。


「砂糖、ミルクいる?」


「失礼な気がするな。

何も入れずに飲んでみたい。」


「苦いかも、気にしなくていいのに。」


「いや、私の信条の問題かもしれんな。

あちち。」


「よく冷まして飲んでね。」


「ふー、ふー。」


カップを両手で持って冷ましている燐。


「……。」


「何だ連、何か言いたそうだな。」


「小動物みたい。」


「誰がだ?」


「燐が。」


「そうかなぁ……?」


「なんか燐、雰囲気違わない?」


「そうか? 意識してないんだが。」


「だったら怖いね……。」


「まぁ、お前がいないと寝れないわけだし

お前が喜んでくれるなら何でもするが。」


「何でも? そんなこと言っちゃだめだよ。」


「どうしてだ?」


「……燐、ひょっとしてだけど羞恥心ってあんまりない?」


「しゅうちしん?」


「恥ずかしいとか、そういう気持ちってある?」


「銃で外したら結構恥ずかしいな。」


「そっちもそうなんだけど、そうじゃなくて。」


「なんだ?」


「あはは、僕が変なのかも。」


「怒らないから言えよ。」


「僕の前で裸になったりして恥ずかしくないのかなって。」


「……? ないが?」


「嘘だぁ……。」


「見ての通りチビだしガキだし、

見せられるほど大したものでもないんだが。」


「見せられても困っちゃうよ!?」


「そりゃこんな貧相なもの見たくもないだろう。」


「……いや、そういう意味じゃなくて。」


「見るか?」


「恥ずかしくないの!?」


「……?」


不思議そうな顔をしている燐。


「お、お風呂入れるね。」


「ん? あぁ、すまんな。」


浴槽をブラシでこすりながら、悶々とする連。

部屋に戻れぬまま、お湯を張る。


「れーんー? どうした?」


「わぁ!」


突然現れた燐に驚く連。


「どうした、そんなに驚いて。」


「ど、どうもこうも……。」


「真っ赤だぞ。

風邪でも引いたんじゃないのか?」


「り、燐が悪いんだよ!」


サッと浴室を出ていく連。


「どうしたんだ……?」


ソファーでへたり込む連に追う燐。


「あー、びっくりしたー……。」


「連? 私、何かしたか?

至らないところがあったら教えて欲しい。」


「燐が可愛いから意識しちゃうんじゃないか!」


「可愛い? 私が?」


「そ、そうだよ!」


「さっきから不思議なことを聞いている気がするんだが

私がおかしいのだろうか。

どうしたらいい? 本当に何でもするぞ。」


「だ、だからそんなこと安易に言っちゃダメだって。」


「うん? 連にしか言わないが。」


「そうなの?」


「あぁ。」


「お、お風呂どうぞ……。」


「風呂に入ったら解決するのか?」


「多分しないかな……?」


「れーん、はっきり言え。」


「恥ずかしいよ。」


「なんかポイントが違うようだな。

何を恥ずかしがっている?」


「僕だって年頃の男子だよ。

女の子を意識しないわけないでしょ。」


「意識されている割には違うと言われている私の気にもなってみてくれ。」


「見たいんだけど、安易に見るものじゃないの!」


「そうなのか?」


「うん。」


「……うーん、今までのを勘案するに

連はひょっとして私のこと……、好きなのか?」


「いっ!?」


「……そうなんだ?」


黙って頷く連。


「こんな人殺しでいいのか?

私はお前の実の両親を2人とも殺したんだぞ。」


「恨んでたし、そこは割といいかな。

ただ、燐が可愛くてさ……。」


「私、本気で自分が可愛いとは思わないんだが。」


「……可愛いよ?」


「ふーむ。

連が言うならそうなんだろうな。

私は連に眠らせてもらっている恩がある。

何か連にしてあげたい、でもおかしいか?」


「僕がおかしくなりそう。

燐は自分のこと子供だって言ってたけど、

年齢からだいぶ離れて大人びてると思うよ。」


「あぁ、だから意識していたのか。

別に怒らないと言ったろう。

そうか、こんな私でも異性として見てくれるんだな……。」


よほど嬉しいのか、小さく笑う燐。


「ひぇぇ……、可愛い……。」


「うん? 何がだ?」


「自覚無いんだねー……。」


「連、風呂に入ってないだろう。」


「入ってるよ?

でも拭いてるだけだからねぇ、臭う?」


「んーん。

よかったら洗えるところは手伝ってやろうかと思ってな。」


「燐、普段から男の人とお風呂入ってるの……?」


「周りが気にして、そういうのはないな。」


「でしょうね……。

大丈夫、ありがとう。

燐がお風呂行ってる間に拭いてるから。」


「そうか? じゃあ入ってくる。」


「いってらっしゃーい。」


かぽーん。


「行ったかぁ。

うあー、緊張したぁ。

勿体ない気もするんだけどダメな気の方が大きいね。」


不器用ながら体を拭き終わってバケツにタオルを溜める。


「洗面所は燐がいるから上がった後に行こう。

変な事故とかあったら大変だし。」


「何の事故だ?」


「おっと……。 って、燐!?」


「お。

その表情、さっきの言葉は嘘じゃなかったらしいな。」


「何でバスタオル一枚で出てきたの!?

待って、おかしくなっちゃう!

襲われるとか思わないの!?」


「連なら、いいかな。」


「意味わかってる!?」


「あはは、バレたか。

あんまりわからないな。」


「ほら、着替えて!」


「連も可愛いな。」


「そういうのはいいから!」




「連は乙女みたいだな。」


「もー、揶揄わないでよ。」


「見てなかったか? 貧相な体だろう?」


「……。」


「連?」


「正直な感想を言ったら殺されそう。」


「殺さないから言ってくれ。

どちらでも連の意見を聞きたい。」


「……肌、白くて綺麗だね。」


「見るか?」


「だーかーらぁ!」


「……あれ?

恥ずかしくはないんだが何か迷うな、何だ?」


「不思議な感情に襲われてるねー……。」


「まぁ、いいか。」


「いいんだ……。」


「連、そのバケツはなんだ?」


「あ、拭いた後の。

洗ってくるね。」


「貸せ、私がやろう。」


「いやいや! 恥ずかしいよ!」


「遠慮してるな?

連と私とでは恥ずかしいポイントが違うと学んだ。」


「大丈夫だから!」


「行ってしまったな。

何が恥ずかしいんだろうな……?」


しばらくして連が戻ってきて燐と並んでソファーに座る。


「お待たせ。」


「待ってないが。」


「あはは。」


「全然眠くない。

連、触ってみてくれ。」


「あの会話の後でー?」


「はーやーくーしーろ。」


「はい、じゃあ腕をぎゅっ。」


「……? 眠くならないな。」


「そんなに早く効かないって。」


「範囲が狭いのかもしれんな。」


「……はい?」


徐に燐が立ち上がって連の前に立ち、そして……。


「抱き着けば早い、えい。」


「ちょ、ちょー!」


「くぁ……。」


「嘘でしょう!?」


「れーんー……。」


「……ベッドに行こうね。」


電気を消してぐだぐだな燐を何とかベッドに寝かせる。


「連が離れると眠気が覚めるな。」


「何それー?」


連が横になると、彼の前に収まるように背中から燐が入る。


「くぁ……。」


「不思議な体質してるねぇ……。」


「うみゅ……、今日はちょっと頑張ろうかな……。

連は……、私にしてほしいこと、ないのか……?」


「えー? 燐、ずるーい。

僕、気持ち言わされたのにそういうこと言うー?」


「私も……、連が好き……だが。」


「パートナーだからね。」


「怒ってる……のか?」


「ううん、それはないけども。」


くるん、と方向転換する燐。


「おや、どうし」


「ん。」


何の前触れもなく唇を重ねられた。


「ぷはっ。

燐!? 寝ぼけてる!?

すっごいことしたよ!?」


「キス……だろう? くぁ……。

連、大好き……。」


「ほ、本当に……?」


「すー……、すー……。」


「……あはは、燐のために忘れておくよ。

あー、びっくりしたー……。」


全然寝れないのは連の方だったりするが、

その日はそのまま夜が更けていった。

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