第14話 けっこう、いいやつ
「おつかれさま」
「おつかれさま」
廊下を歩きながら、
「織田さん、ほんとに本が好きなんだね。いろんな本知ってそう」
琉生が言うと、
「藤澤くんこそ。絵本とか、よく読むの? 『みにくいおひめさま』とかよう知ってたね?」
「いや、それほど読んでないけど。あれは、たまたま、姉の部屋にあったから覚えてた」
「そっか。お姉さんがいてるの」
「うん。7つ年上」
「お姉さんいてるって、いいね。うちは、弟と妹、ひとりずつ」
「いいね。僕は、下にきょうだい、ほしかったな。絵本とか読んであげたかったな」
「うちは、絵本の読み聞かせは、私の係だったの。親が仕事で忙しかったから」
「そうなんだ……うちも、お姉ちゃん、いや姉がよく読んでくれた」
琉生が、言い直すのを聞いて、織田が柔らかい笑顔になった。
「お姉ちゃんって、呼んでるんやね。なんかいいなあ。仲良さそう」
琉生は、ちょっと照れくさくなる。
『冷静で穏やかで、大人っぽい』
そんなイメージを持たれがちな彼だが、実際のところは、そうでもない。
ごく普通に、慌てたりオロオロしたりドキドキしたり、する。ほんとは、冷静、というより、普通におっとりしてるだけなんだと、自分で思う。『っぽい』ってことは、ほんとはそうじゃないってことでもある。
「あの本、『みにくいおひめさま』ってね、私、小さい頃何回も読んだ本やねん」
「うん」
「おひめさまって、可愛くて優しくて、誰からも愛されて。それが定番だと思ってたのに、あのお姫様はそうじゃなかった。可愛くなくて、親以外の人からはまともに相手にもされなくて」
びっくりした。 織田は、そう言って笑った。
「やっぱり可愛くないと、美しくないと、あかんねんな。そう思って、がっかりしそうになって」
織田がうつむいて続ける。長い髪が肩から流れ落ちる。
「……シンデレラもオーロラ姫も白雪姫も、出てくる王子様たちがみんな一目で恋におちるような美人ばっかりでしょ。美人じゃなければ、お姫様にはなれない。そう思うとね、なんだかなって」
「うん。たしかに、王子たち、見た目重視、だね。ろくにしゃべりもしないうちに恋に落ちてる」
「そうそう。……でもね、あの本のおひめさまは、少しずつ、自分の心と行動で変わっていくでしょう? 最初から美しいんじゃなくて、自分の心と行動の変化で、美しくなっていく。そこがいいなって」
「うんうん」
「もちろん、絵本だから、わかりやすいように、顔も変わって綺麗になったと描かれてはいるけど、大事なのは、彼女の心の変化やなって」
琉生はうなずく。
「コンプレックスの中にうずくまっていないで、自分から変えられるものはちゃんとある、そう思わせてくれる本やなって」
「……なるほどな」
琉生はうなずく。
小さい頃から、イケメン、顔面国宝などと言われることも多かった琉生にも、もちろんコンプレックスはある。できないことや上手くいかないことも、いろいろ考え込んだり悩んだりすることもある。自分を情けなく感じたりすることだって。
人にそんなことを言うと、『案外、謙虚だね』と少し皮肉っぽく言われてしまったりする。
そんなふうに反応されるのがいやで、琉生は、あまり余計なことは言わない。自分の中の、モヤモヤした思いや自信のなさなど、できるだけ口にしない。
そんな琉生だから、『冷静で穏やか』に見えてしまうのかもしれない。ほんとは、もっと胸の中で、いろいろ揺れ動くものはあるのだけれど。
「……自分から変えられるものは、ちゃんとある、か」
琉生がつぶやくと、織田が照れくさそうに笑った。
「あ。なんかカッコつけたこと言うてしもた。適当に聞き流して……ごめん。私、なんかしゃべりすぎてるよね?」
「ん? いや。面白かったよ」
琉生がほほ笑む。織田がホッとした笑顔になる。
ちょうど校門のところに来たので、2人は一瞬立ち止まった。
「じゃあ、私こっちなので」
「僕は、こっち」
お互い反対の方向を指さす。
「今日は、ありがとう。……楽しかった」
琉生が言う。
「こちらこそ、ありがとう」
「また、本の話、聞かせて」
「うん」
軽く手を振って、それぞれの方向に歩き出す。
織田は、本の話を始めると、琉生がアイドルだとか、もうそんなことは意識もしないらしい。それが心地よかった。だから、今日、琉生は、女子と話していても、気を遣うことなく普通に楽しかった。
いつも女子と話すときは、ほとんどの場合、彼女たちは、琉生をアイドルとして意識しているのが伝わってくる。もちろん、あまり表だってそんな雰囲気を出さないよう、みんな普通に接しようとしている。でも、琉生自身は微妙にそれを感じ取ってしまう。自意識過剰なのかもしれないが。
一度、想太にそんな話をしたことがある。
彼は笑って、
「そやな。オレの自意識過剰かもしれへんけど、なんかそんなん感じるとき、確かにあるな。でも、だんだん慣れてきたら、もうそんな気ぃつかうとか関係なくなって、普通にしゃべってくるし。あんまり、クラスにおるとき、自分がアイドルとか、周りがオレのことアイドルと思ってるとか、あんまり気にならへん」
そう答えた。
彼には、周りの人をまるごと、ふわっと両手を広げて迎え入れるようなところがある。自分に冷たくする人にだって、彼の扉は開いている。そして、いつしか、みんな彼の扉をのぞいて、その世界に引込まれてしまう。
『想太マジック』――――いつだったか、想太の幼なじみの女の子、みなみがそんなふうに言っていた。
琉生は、秘かに、そんな想太を真似しているのだ。正直、演じていると言ってもいい。
そんなことを知らない人たちは、想太も琉生も、2人とも人懐こくて、社交的だ。いいコンビだなんて言う。
本来の琉生は、もっと臆病で、神経質で、少し人が苦手だ。
でも。
『コンプレックスの中にうずくまっていないで、自分から変えられるものはちゃんとある』
織田の言葉が、琉生の頭に響く。
まさに、これまで、琉生がそう思ってやってきたことだった。
(あいつ、けっこう、いいやつだな)
琉生は、心の中でつぶやいて、今日帰ったら、レイから、例の本を借りよう、と思った。
レイからレイのほん。……ダジャレ?
ふふ、と1人で笑って、琉生は少し足を早める。
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