第13話 イジワルなおひめさま


「あ! それ、それです。たしか、そんな題名でした!」

 織田が素早く、検索した画面で、その本の表紙を見せる。

「まちがいないです。それです」

「……えっと。今は、貸し出し中なので、来週には返ってくると思います。取り置きが必要なら、そちらの用紙に記入して下さい」

「はい! よかった……! ここの図書館、絵本や児童書もたくさんあるから、もしかして、って思ってたんです」

「……ですよね。ここの図書館は、絵本や児童書がすごく充実してて、私も一目で好きになったんです」

 織田が嬉しそうに1年生の子に話しかけている。

 ほんとは、話し好きなのだ。きっと。本の話をする織田は、関西弁がどうとか、何も気にせずに話している。


「じゃあ、あの、あの、もう一つ、訊いてもいいですか?」

 1年生の子が言った。

「もう一つ気になっている本があって。訊いてもいいですか」

「どうぞどうぞ」

 織田は嬉しそうだ。実は琉生もワクワクしている。

「それもイジワルなお姫様が出てくるんですけど。こっちは、ほんとに、とことんイジワルで残酷で、とんでもないことをやらかして、王子様とかをひどい目に遭わせるんです」

(王子様をひどい目に……。珍しいな。ふつう、王子が出てきたら、そこで、さっさと恋に落ちてハッピーエンド、がパターンじゃないのか)

 そう、琉生が思ったとき、織田がにっこり笑って、

「『トンボソのおひめさま』、じゃないですか?」

 1年生は、ふわっとした笑顔になって、

「そう! そんなタイトルだった気がします!」

「……こちらは、えっと……」

 琉生が素早く開いた蔵書検索の画面を織田が、「ありがとう」と目で合図しながら見る。

「今、あります。借りますか?」

「借ります! どの棚ですか?」

「少し古くて、書庫に保管されてるみたいなので、書庫へ行ってみてきますね」

 カウンターに琉生を残して、織田が書庫に入っていく。


 手持ち無沙汰の琉生は、

「よかったね。探してた本が見つかって」

 1年生に話しかけた。

「はい」

 彼女は、そこでやっと琉生に気づいたようだった。

「あ……」

 少し驚いて、

「あの。藤澤琉生? さんですか?」

 少し、緊張した面持ちで言った。

「はい」

 琉生が静かにほほ笑むと、

「あの。うちのお姉ちゃんが、めちゃくちゃファンです。自分が在校生の時に、いてほしかったって、いつも言ってます」

「そうなの? この学校の卒業生なんだね ……お姉さんによろしくね」

「はいっ! 」


 1年生が、小さい声だが勢いよく答えたところに、織田が1冊の本を手に戻ってきた。

「これでしょう?」

 青い表紙で、少し不思議な雰囲気の絵が描かれた本だった。かなり古い本だ。古くても保管状態は良さそうだ。

「はい。これです! この不思議な響きの題名」

 個人のバーコードと本のバーコードを読み込んで、貸し出し手続きを終えると、1年生は、嬉しそうに頭を下げて帰って行った。


 そこからあとは、返却や貸し出しにカウンターに来る生徒たちが、何人も続いたが、本を探してほしい、という生徒はいなかった。合間に、カウンターを織田にまかせて、琉生は返却された本をブックトラックに載せて、棚に戻していく作業をする。


 下校のチャイムが流れ、書庫から出てきた先生が、

「そろそろ閉店にしようか」

 そう言ったので、琉生たちは、カウンターの上を片付けはじめる。

 返却された本は、すべて棚に戻し終わっているので、もう仕事はほとんど終わりだ。

 下校時刻間近とあって、図書館の中も、もうほとんど人の姿はない。

 

 片付けと、先生への今日の報告をざっと終え、

「おつかれさん~」

 先生の声に送られて、2人で図書館を後にした。

 下校の音楽が流れ始める。

 グラウンドからは、練習終わりの挨拶をする運動部の大きな声が聞こえてくる。

 図書館前の廊下にも、下足室に向かう廊下にも、生徒の姿は、まばらだ。

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