第11話 思い重なる


「青い海の底……」

 隣で、琉生がつぶやく声で、想太は現実に引き戻された。

「あ。覚えてた?」

「覚えてるよ。研修生になって初めて、ライブでバックについた日」

「オレ、今、あの日のこと思い出してた」

 想太が言うと、

「うん」

 琉生がほほ笑んだ。

「あのとき、オレ、めちゃめちゃ緊張しててさ。うまく息できへんくらい」

「うん。何回深呼吸しても息が苦しくて」

 琉生も同意する。


「そやけど、隣りに琉生がおる、って思って顔見たら、なんかすごいホッとして、息できるようになって……」

「僕もそう。想太が笑った顔見て、1人じゃない。一緒にステージにいてる。そう思って、勇気出た」

 2人は、顔を見合わせる。いつも、2人の思いは重なることが多い。心強い。そう感じる。

「そんな大昔のこととちゃうけど、なんか懐かしいよな」

「うん。なんか懐かしいね」

 今では、自分がステージに立つときも、緊張よりもワクワクの方が遥かに大きい2人だ。


 会場全体を見渡しながら、琉生が言う。

「今日は、圭さん、思いっきり見られるのが楽しみ」

 すると、想太もとろけそうな笑顔で、

「うん。オレも父ちゃんのステージ、関係者席で見るの久しぶりで、めっちゃ嬉しい。父ちゃんも、琉生と観に行くって言うたら、すっごい喜んでた。……ファンサしてくれるかも」

「ほんと? 圭さんのうちわもってきたらよかったかな?」

 琉生もちょっとふざけて笑った。


 実は、圭は、琉生がアイドルを目指すきっかけになったドラマの主演俳優なのだ。

(この人みたいになりたい!) 

 そう思った日から今日まで、ずっと彼は琉生の憧れで、夢を抱くきっかけになった人なのだ。

 カッコよさも可愛さも、すべての魅力をつめこんだそのドラマは、琉生にとって、一番のお気に入りになった。

 彼が何者なのかを調べるのに、それほど手間はかからなかった。なぜなら、母や姉が、ドラマ放映当時に出た雑誌やムックを山ほど持っていたから。それを片っ端から読んで、彼、妹尾 圭がEMエンタテインメントのアイドルグループHSTのメンバーだということも知った。

(自分も、この事務所に入る)

 琉生はそう心に決めて、そのために、ダンスも歌もピアノも演技も語学も、あらためて本気で取り組み始めた。アイドルとして、役者として、役に立ちそうなことは何でも勉強しようと思った。

 そして、小学校5年生の夏、初めてのオーディションにチャレンジしたのだ。

 想太と出会ったのはそのときだ。


 想太には、自分は妹尾 圭のファンだとは言ったけれど、それ以上の話は、していない。

 別に秘密にするつもりではなかった。

 ただ、想太が、父ちゃん(圭のことだ)にどれだけ憧れて、この道を目指したかを知った、その上で、自分まで同じようなことを言うのは、なんだか想太と圭さんの間に割り込むみたいで気が引けたのだ。

 だから、自分は、心の中でこの憧れを大切にしていこう、そう思っている。


 

 2人の目の前のライブ会場を照らすライトの色が変わった。

 青い海の底は、一転して眩しい光に包まれ、伸びやかな声と華やかな演奏と共に、1曲目が始まった。

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