第9話 それもいいかも
クラス中が一瞬どよめいた後、「ええ~」「なんで~?」「どうして~?」「そんなの、ずるい」「それだったら、私がなりたかった」「琉生くん、なんで後から言うのよ」という女子たちの声が飛び交う。
「え? 琉生。お前、仕事は? 大丈夫なのか?」
学級委員の佐藤が、心配そうに言う。
「ありがとう。一番忙しいヤマ場は抜けたし、今まで、あまりクラスのお役に立てなかったから。ちょっとぐらい貢献するよ」
琉生が穏やかにほほ笑んでそう言うと、佐藤はうなずいて、
「そ、そうか。ならいいけど……。じゃあ、図書委員は、
とクラス全体に問いかけた。
ざわざわとした空気のまま、女子たちは表立って異議を唱えることもできずにいる。最初に立候補しなかったのは自分たちなので、さすがに、琉生がやることになったからといって、後からやりたいとは言いにくいのだ。
「では、各委員会の初回の会議が、このあと、放課後にありますので、それぞれの集合場所に時間厳守でお願いします。筆記用具を忘れずに」
学級委員が話を締めくくったときに、ちょうどチャイムが鳴って、その時間が終了した。
放課後。
図書館前の廊下に行くために、角を曲がろうとしたところで、声が聞こえて、琉生は立ち止まった。
「ねえ。代わってくれない?」
角の向こうから、何人かの女子の声がする。
「え?」
「なんなら、みんなでジャンケンしない?」
「……」
どうやら、琉生のクラスの女子たちが、織田に話しかけているようだ。織田の声はほとんど聞こえない。
「私も、ほんとは図書委員、やってもいいかな、って思ってたけど、誰も手をあげないと、なかなかあげにくくて」
「織田さん、えらいわよね。みんながなかなかやろうとしないから、気を遣ってでてくれたのよね?」
「無理しなくてもいいのよ。転校してきたばかりの人に、迷惑かけても何だから、やっぱり、私たちがやるべきかなって思って」
「そうそう。だから、代わってあげる」
「ね。みんなでジャンケンしよう?」
「え……」
戸惑っている織田の気配がする。
今にも強引に、ジャンケンを始めそうな雰囲気だ。何気ない顔で、琉生は角を曲がり、彼女たちの前に姿を現した。
「お。みんなやる気満々なんだね。よかった。それなら、僕は遠慮しとこうか。みんなで、ジャンケンして決めてくれていいよ。じゃあね」
琉生はにっこり笑ってそう言って、彼女たちに背を向けて、ゆっくり数歩いて離れる素振りをする。
「え? なんで? そ、それじゃ意味がな……」
意味がない、そう言いかけた子の袖を隣の子が引っ張って止める。
どうすんのよ? と、女子たちがささやき合う。
「ごめんなさい。もう、時間なので」
織田が、そう言って、図書館に向かって歩き出した。
意外にしっかりした声で、琉生はホッとした。
琉生がそのまま少し離れたところまで行って様子をうかがうと、1人で図書館に向かった織田の後を追う者は誰もいない。ジャンケンを主張していた女子たちは顔を見合わせながら、ぞろぞろと図書館とは反対の方向へ向かって歩いて行った。
やれやれ……。琉生はため息をついて、静かに早足で、図書館への廊下をたどる。
図書館の中からは、図書委員会担当らしき先生の声だけがする。もう委員会は始まっているらしい。
織田は1人で来たことを、何と説明したのだろう。
琉生は、軽くノックして扉を開けると、
「すみません。遅れました」
そう言って、中に入っていった。
織田の姿を見つけて、琉生はその隣の空いた席にさっと座る。織田が一瞬驚いたように、目を見開いた。
「あ、これでそろったね?」
司会の先生がうなずいて、
「じゃあ、3年1組から順に自己紹介してもらおうかな。クラスと名前と、あと好きな本か、趣味でも言って」そう言った。
琉生たちは、3年1組なので、一番最初に順番が回ってきた。
「3年1組、
琉生が目を見開く番だった。
まさか、ここで、シュリーマンが出てくるなんて。すっかり嬉しくなってしまう。
すぐに琉生の番が来た。
「同じく、1組、
思わずそう言ってしまった。
ここでも、女子たちが、少しざわつく。
2・3年生は、琉生の存在になれているけど、1年生は、琉生がこの学校の在校生だということを知って、驚いている者もいる。
CDデビューはまだだが、小5で入所して以来、想太と2人、ライブにドラマに映画に、いろんな仕事を経験させてもらってきた。なので、まだ研修生であっても、2人の顔はかなり知られている。
実はまだデビュー前だと言うと、「こんなにいろんなところに出ているのに?」とびっくりされることもしょっちゅうだ。
今年度は中学3年になったこともあり、2学期からは、2人とも受験に向けて少し仕事量を減らしてもらうことになっている。琉生の通う学校は、内部進学で系列の高校へ進むこともできるのだが、外部受験をする者も多い。琉生も、想太と同じ高校に進学することを目指している。けっこう偏差値の高い学校なので、本気で勉強しないといけない。琉生も想太も気合いが入っているのだ。
仕事減らしてもらったのに。委員会やることになるとは。
でも、琉生は、それもいいかもしれない。
今、そんな気がしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます