第3話 自分の色は?


「めっちゃくたびれた~。……でもそれより、なんかめっちゃお腹空かへん?」

 琉生の隣を歩く想太が、自分のお腹をなだめるようにさすっている。

「うん。たしかに空いたな。差し入れのクリームパンは食べたけど」

「美味しかったけど、あっという間に消化されて、ほんま腹ン中で、どこ行ったんかわからへん」

 首をひねりながら想太が言い、琉生は思わず吹き出す。

「ほんまほんま」

 琉生もつられて関西弁になる。


 ライブのあと、反省会や明日に向けての打ち合わせや、振り付けの変更を受けての軽いレッスンを終え、想太と琉生はライブ会場から最寄り駅に向かう。もちろん徒歩だ。

 すでにCDデビューしている先輩たちは、それぞれに送迎用の車で送られていく。でも、研修生や練習生は、基本、自分で、電車に乗って帰る。もちろん、中には、家族に迎えに来てもらう者もいる。でも、想太と琉生は、入所したときから今までずっと、2人で電車で帰っている。


 自分たちなりの反省会をしつつ、その中で、明日やってみたいことのアイデアが浮かぶと、嬉しくてしかたない。とにかく楽しい。あれやこれやと話し合っていると、どこまでもアイデアが湧いてきて、ふたりでいくらでも頑張れそうな気がしてくる。

 だから、電車に乗るのも苦じゃない。たとえ、今目の前にベッドがあったら、一瞬で眠れるくらい疲れていても。



 終演後けっこう時間が経っているので、さすがに、電車の中には、ライブ帰りらしい人の姿はそれほど多くない。

 同じ車両の、琉生たちの立っている場所とは反対側の端の方に、数人の若い女性たちが、EMエンタフェスのロゴの入った大きなトートバッグを肩にかけている。バッグの端から、うちわの持ち手の部分が見える。うちわは、推しを応援するのに使うのだ。

 彼女たちは、まさか同じ車両に、琉生と想太が乗っているとは、思いもしないのだろう。2人に気づくこともなく、ライブの感想を熱く語りあっている。精一杯声を抑えてはいるけれど、その感激や興奮は、表情や雰囲気から溢れ伝わってくる。彼女たちを、そっと見ている想太と琉生も、なんだか胸が熱くなってくる。


 周りの乗客も、部活帰りの中学生のようなジャージ姿で帽子をかぶっている想太と琉生が、ついさっきまで、ステージで歓声を浴びていたアイドルのタマゴだとは気づかない。

 ちょっと安心するような、さびしいような。2人は、ちょっと複雑な気持ちだ。


 隣の車両に目をやると、1人で吊革につかまって立っている女性のトートバッグに、HSTの文字が見えた。

「HSTの誰のファンやろ? ちょっと気になるわ」 

 想太が、隣の琉生にささやく。


 HSTは、EMの一番長く、強い人気を誇るグループだ。メンバー全員が30歳以上で、アイドルとしては年齢は高いのだが、ダンスも歌も圧倒的にハイレベルだと言われている。中でも、メンバーのひとり、妹尾 圭は30代後半なのに、相変わらずカッコ可愛く、役者としても活躍し、幅広い年齢層に人気がある。

 実は、妹尾 圭は、想太の父親だ。血はつながっていない。でも、めちゃくちゃ仲のいい親子として有名だ。

 

 アイドルグループでは、メンバーそれぞれがちがうイメージカラーを持つ。そのメンバーカラーは、グループ内での本人の立ち位置やキャラクター、本人の希望などを含めて決められる。

 そして、圭のメンバーカラーは、スカイブルーなのだ。

 

「う~ん。たぶん、圭さんじゃないかな? 白いシャツにスカイブルーのスカーフつけてる」

 琉生は、その女性の服や持ち物の色に目を走らせて応えた。

「そやな~。たぶん、そんな気ぃするな」

 想太もうなずく。そして、続ける。

「オレも、メンバーカラー、スカイブルーがええなあ」

 想太は、圭が大好きで、憧れている。だから、自分も同じ色がいいとシンプルに願っている。

「僕は、何色でもいいけど……」


 そう答えながら、琉生は、心の中で、想太のメンバーカラーはきっと赤だ。そう思っている。

 特に、何色が一番、と決まっているわけではないが、どのグループでも、真ん中でグループの人気を引っ張るメンバーのカラーは、赤になることが多い。

 メンバーカラーは、衣装やグッズ、ライブ時のペンライトの色などにも使われる。

 琉生の頭の中に、赤いペンライトが会場中に灯る中を歌いながら花道を進む想太の姿が浮かぶ。

(うん。似合う。めちゃくちゃいいな)

 自分は?

 想像しようとするのだけれど、なぜか、自分の姿は浮かばなかった。


 一瞬、ぼんやりしてしまった琉生に、想太が、薄茶の瞳をきらきらさせて、笑いかけてくる。

 女の子にも見えるくらい可愛らしい顔立ちに、この頃、少しキリッとした少年ぽさが加わって、いっそうカッコ可愛い。想太を見慣れているはずの琉生でさえ、まともに至近距離で見ると、胸がキュンとなってしまうくらいだ。もちろん、そんなこと口に出しては言わないけど。

 でも、そんな琉生自身も、端正な美少女とも見間違えられる美貌と、涼やかな眼差しとやや低音の甘い声で、出会う人をことごとく魅了している。美貌は、元女優だった母と、現在も俳優として活躍する父譲りだと言われている。



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