第2話 想太と琉生

 EMエムエンタテインメントの全グループが出演する『EMエンタフェス』が、先週末から始まっている。

 東京・大阪・福岡のドームを使っての、大がかりなライブだ。

 EMの所属グループはいずれも、とても人気が高い。それぞれ忙しい仕事の合間をぬっての練習やリハーサルを重ね、開演に至っている。

 人気グループが一堂に会するとあって、ファンの期待はめちゃくちゃ高い。当然、チケットはあっという間に、完売してしまう。


 デビュー済みのグループがメインで出演し、演奏曲目も多いけれど、想太そうた琉生るいたち研修生も何曲か、先輩たちの曲をパフォーマンスさせてもらえる。

 このフェスの時は、デビュー組や研修生だけでなく、練習生もステージに出させてもらえるチャンスがあるので、EMエムの事務所あげてのお祭りのように、すごい盛り上がりで、みんなめちゃくちゃに活気づいている。

 1曲でも多く、ステージに立てるように、必死なのだ。大勢の研修生や練習生の中から、歌であれダンスであれ、ソロのシーンをもらうことは、奇跡に近いとさえ言われる。当然、ここでの活躍が、後のデビューに大きく影響するのは言うまでもない。


 そんな中で、想太と琉生は、デュオで1曲と、他の研修生と一緒に出演するものが3曲ある。あと、先輩たちのバックにつく曲もいくつかある。だから、覚えるダンスの量もハンパない。振り付けだけじゃなく、ステージでの移動や立ち位置も覚えなくてはならないし、もちろん、歌も覚えないといけない。


「琉生、ほら。ドリンク!」 想太が、琉生にドリンクのボトルを渡す。

「ありがと」

 受け取ったペットボトルのキャップを取ると、琉生は一気に半分ほど飲んだ。

 今日もすごく喉が渇く。しっかり水分を取っておかないと。絶対ステージで倒れるわけにはいかない。


 先週初日のステージの途中、琉生は、水分を十分取れていなくて、軽い熱中症のような状態になって、先輩のバックについているとき、少しふらついてしまった。幸い、なんとか踊り終えることができて、それが琉生と想太にとっては、その日の最後の出演シーンだったので、事なきを得た。

 想太は、そんな琉生をすごく心配して、「とにかく水分を取れ」「塩なめるか?」「冷たいタオルは?」と、世話を焼く。

 

 今日も、想太は、琉生の様子を気にかけて、こまめに声をかけてくる。

「次の曲までは、10分ほど休憩取れるから、あっちで横になるか? あ。塩の粒。いるか?」 

 想太が、琉生の顔をじっと見つめて訊く。想太はちょっと心配症だ。心の中で、琉生は少し苦笑いしてしまう

「大丈夫。今日は、大丈夫」

 琉生は、心配そうな顔でのぞきこむ想太に笑顔を返す。

「ほんま? やばいと思ったら、てか、やばくなる前に言うてや」

「うん。ありがとう」

 彼の話す関西弁の優しい響きが、琉生の心をホッとなごませる。

 琉生は、想太の声を聞くのが好きだ。想太に会うまで、琉生にとって、関西弁は、芸人さんの話すお笑いの場面か、ちょっと荒っぽいおじさんがガラわるくしゃべるときのイメージしかなかった。

 正直、ちょっと偏見を持っていたかもしれない。


 でも、柔らかで親しみのこもった響きの関西弁を話す優しい少年に出会って以来、大きくそのイメージは変わった。関西弁の、可愛げ、というのか愛らしいとも言える、まろやかな雰囲気や温かさが、琉生はすっかり好きになってしまった。

 いや、そんな琉生以上に、関西弁を愛しているのは、想太本人だ。6歳になる前に大阪を離れたというのに、想太は中学3年生になった今も、ずっと関西弁を使い続けている。

「オレは、関西魂は忘れたくないねん。ずっと大阪が好きやねん」と笑っている。

 そんなところも、琉生には、ちょっと羨ましくさえ思える。琉生は、自分の暮らす街を、便利な場所、とは思っても、そんなふうに好き、と思ったことはなかったから。

 

(琉生とオレは、めっちゃ気が合うよな。……性格も似てるしな)

 いつだったか、想太はそう言っていたし、本気でそう思っているらしい。

 でも、琉生は、心の中で秘かに、(それは、違う)と感じていた。

 気が合うのは確かだけど、性格はどちらかというと、正反対じゃないかとさえ思ったりするのだ。


 ひとなつっこくて、甘え上手で、温かで、明るくて、まっすぐで、優しい……そんな想太に対して、自分は、甘え下手で、引っ込み思案で、少し屈折したところがあって、プライドに振り回されて素直になれない……琉生は、自分のことをそう分析している。

 琉生が、のびのびと朗らかに振る舞えるのは、想太がいるからなのだ。なぜだかわからないけど、想太といると、心から素直に笑えるのだ。


 そんな想太と琉生は、小5ときに初めて出会って以来の親友だ。

 オーディション会場に向かう途中、偶然通りかかった2人が、ひとりの男性の人命救助をしたのが、出会いだった。


――――あの日、もし、出会っていなかったら。

 琉生は、時々思う。

 たぶん、今、自分はここに立っていない。

 そんな気がする。


「たったひとりでいいから、この人に会えて良かった、心からそう思える出会いがあれば、その人の一生は、間違いなく幸せだと言えるね」

 琉生の父は、よくお酒を飲んで上機嫌のとき、そう話す。そして、続けて、

「僕にとっては、この人に会えたことがそれだな」

 そう言って、傍らにいる母にほほ笑みかけて、2人はじっと嬉しそうに見つめ合うのだ。

「はいはい。もうおノロケはそこまでにして~」姉のレイが言い、

「もうまんぷく~ごちそうさま~」と琉生が言って、家族みんなで笑うというのが、いつものオチだ。

 

――――もしかしたら。

 琉生は思う。

『たったひとり、心から会えて良かったと思う人』に、自分は、もう出会ったのかもしれない。

 そう思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る