愛撫を

俺は昔から家庭というものに疑いを抱いていた。愛する人と家庭をつくりたいのも人の本能であるかも知れないが、この家庭を否応なく、陰鬱に、死に至るまで守らないといけないか、どうか。なぜ、それが美徳であるのか。勤倹の精神とか困苦耐乏の精神とか、そういう美徳と同じように、実際は美徳よりも悪徳に近いものではないかという気が、俺にはしてならなかつた。

 多くの人々の家庭は楽しい居場所よりも、俺にはむしろ牢獄という感じがする。そしてなぜ耐乏が美徳であるかと同じように、この陰鬱な家庭に就ても、人々は、それが美徳であり、その陰鬱さに堪え、むしろ暗さの中に楽しみを見出すことが人生の大事であるという風に教えられてきた。ただ「教えられてきた」のだとしか思うことができなかった。

 俺は神様のような娼婦が好きだ。天性の娼婦が好きだ。彼女には家庭とか貞操という観念がない。それを守ることが美徳であり、それを破ることが罪悪だという観念がないのである。娼婦の欲するのは豪奢で陽気な日々で、陰鬱な生活に堪えられないだけなのである。

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