肉欲

 俺が意志したわけではなかったのに、俺はいつか淪落のただなかに住みついていた。たかが一人の人間にと、苦笑しながら。なぜ、生きているのか、俺にも、分らなかった。

 俺は女の愛情の悲しさや、いじらしさを、感じることはできなかった。落ちぶれはてた魂を嗅ぎ分けて煙のように忍びよる妖怪じみた厭らしさに、身ぶるいしたが、まさしく妖怪の見破る通り、人間と肉慾の取引に敗北せざるを得なかった。

 俺はそのとき思った。男女の肉体の場ですら、この女のように自分の快楽を追うだけということは駄目なのだ、と。美のため男を惑はすためにあらゆる技術を用い、男に与える陶酔の代償として当然の報酬を求めているだけの天性の技術者であり、そのため己れを犠牲にし、絶食はおろか、自分自身の肉慾の快楽すらも犠牲にしているものである。かかる肉慾の場に於ても、娼婦型の偉大なる者はエゴイストではないのである。エゴイストは必ず負ける。家庭がかかる天性の娼婦に敗れ去るのは如何とも仕方がない。

 芸術もまたそう。芸術の世界に於てはあらゆる自由が許されているので、否、可能なあらゆる新らしいもの、未だ知り得ざるものを見出し創りだすことをその身上としている。

 才能には何の束縛もない。だが自らの才能において自由であり得た芸術家などは存在せず、真実自由を許され、自由を強要されたとき(芸術は自由を強要する)人は自由を見出す代りに束縛と限定を見出す。

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