夏休み泡沫戦争記

@is0918

エピローグ

 ここは、どこだろう。

 

 嫌に明るく、目を刺すような無数の光がギラギラと、交錯している。


 そもそも暑い季節なのに、やたらと激しい熱気があたりを包む。体を動かすたびに汗ばみ、気分が悪い。

 

 周りは妙に騒がしい気がするのに、体の周りに薄い膜が張られてるかのような。そもそも、僕はここに存在しているのか。自分だけ、自分だけが、この場所にいない。ふわふわした存在になっている気がする。そんな不思議な浮遊感と、それとは違う、お前はここにふさわしくないぞ、と言わんばかりの、謎の圧迫感があった。


 無意識に望んでここにきたつもりだったけど。飛び交う人の声。雑踏、独特な笛や太鼓の音、、、  

 そうか。


 「夏祭り、、、」


 もう、そんな季節だったか。


 騒がしい人の声や、吊らされている嫌に明るい提灯の光とか、数歩歩くたびに人にぶつかったり、屋台だってなんにも楽しくない。そんな、夏祭りという空間が僕は、嫌いだった。

 

 何で僕は、こんな来たくもないところにいるんだっけ。


 ただ、ただ、歩いてきた。目的も、行く当てもなく、歩いてきたんだと思う。あんまり記憶はない。


 そうだ。僕は、逃げてきたんだ。


 静かな場所にずっといると、僕の頭のなかに出てくるんだ。彼女が、話かけてくるんだ。みみをくすぐる優しい声音で、抱き寄せるような温かな雰囲気で、話かけてくる。それが何度も何度も反芻されて、凄く辛く、罪悪感に押し潰されそうで、 少しでも彼女を逸らしたくて、忘れたくて、ここにいるんだ。


 忘れ、たくて?


 あぁ。僕は、記憶のなかの彼女からさえも、逃げようとしていたのか。


 なんて情けなく、意地汚く、気色が悪い。


 全部全部、自分のせいなのに。


 自分の惨めさと、この場所の疎外感に耐えられなくなって、また僕は当てもなく歩き始めた。今度は、喧騒から逃げるように。


 走った。なにかに追いつかれるの感覚がして怖かった。すれ違う人や、家やビルとか、この世の全てが迫ってきている気がして。いや、もしかしたら、ここではない、君といれる世界にたどり着きたくて、目を瞑って耳を塞いで必死に走った。


 ずっと走って、走って、走った。


 どれくらい、走っただろうか。


 「はぁ、はぁ、はぁ、、、、っ、はぁ、はぁ」


 祭りの明かりはもう見えなかった。それに少し安堵して、途切れ途切れの呼吸をゆっくりと落ちつかせた。あたりを見回すと、どうやら町の外れの方にある、町と隣町を繋ぐ大きな橋の上に立っていた。


 そういえば、この時期になるとここからは、

花火が見えるんだった。


 さっきまで夕暮れだった空模様も、気づけば日は沈み、暗晦に染まっていた。僕はそんな夜の空が、まるで自分の心模様を示しているかのようで嫌いだった。


 でも、そんな僕の心を夜空とともに照らしてくれる花火は、好きだった。


 可憐で、鮮烈で、力強く光を散らす、花火。


 花火を見るたびに思っていたことがあった。

 

 たとえば、どれだけ泥まみれでみっともない人生でも、絶望で目の前が真っ暗になってしまっても。


 輝きたい。


 たったの瞬間、音も置いてけぼりにしてしまうような、奇跡の速さでもいいから。

 

 たくさんの火の粉を散らして、輝いてみたい。


 あの、花火のように。





 僕は憧れていたんだ。

 彼女なら、どう思っていただろう。

 

 そうだ。今日の夏祭りも、花火も、彼女と行ったんだ。






 気づけば僕は、橋の欄干に腰掛けていた。下を向くと、黒く波立っている川の水面が月を映し、今日の夜空のようで、僕は今、下を向いているのか上を向いているのか分からなくなる。


 隣に、同じように座っている彼女を幻視する。視える彼女は半透明だがそれでも、口角を少し上げて目を細め、はにかむみたいに微笑む。そんな顔はくっきりと視えた。


 体が透けてるように視えるのは、彼女を直視するのが怖いからだろうか。だが、朧気に目に映る姿はとても幻想的で美しく、その美しさが、彼女は別の世界のものだと言っているような気もした。


 もう一度、水面を見つめる。


 もし、この世からいなくなった人が、この夜空の向こうにいるなら。この空に飛び込めば。





 そう思った次の瞬間、一瞬の浮遊感の後、僕の体は突然冷たい水に包まれた。冷たいのは最初だけで、後はどんどん生温くなっていき、まるで羊水のように心地よい。僕は自然と胎児のように体を丸めた。  


 「、、、、、、、、、、、、、、」


 彼女が、母親のような声音で、なにか囁いた気がした。


 そして、だんだん眠くなってきた僕は、静かに、目を閉じた。

  

 暗くて、温かくて、安心した。


 微睡む意識のなかで、彼女の顔を思い出したら、夢をみた。彼女と僕が、夏休みのある日、遊んでいるんだ。


 なんて都合の良い夢なんだ、そう思ったけど。






 幸せな夢と、夜の空に、僕は溶けていった。

 

 


 




 


 


 

 


 


 



       



  


 

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