図面怪談
ねんど
皆さま
本日は当劇場にお越しいただき誠にありがとうございます。
当劇場はこの■■区で開館し今年で20年になります。
ごひいきにしていただいたお客様の中には、こんなお話をご存じのかたもいらっしゃいますでしょうか。
そのお化けは
「●●●ちゃん」そう呼ばれていました。
この劇場のある「■■ビル」が、まだ じゅうたん工場 の倉庫で、最上階がオーナーの住居だった際に、最上階でお亡くなりになった女性の魂がずっとこの建物にいるのだという噂。
ええ、ええ、よくご存じですね。
絨毯を丸めて縦に収納していたからここはこんなに天井が高い空間なんですよ
芝居の上演中に俳優がお化けに腕を引っ張られただの。
小道具が宙に浮いただの。
前説でしゃべってる俳優の後ろに いるはずのない誰かさんが立っていただの。
そんな噂ですよね。
でもそんな話は ただの噂に過ぎません。
実際には、この建物で亡くなった方は1人もおりません。
我々 スタッフは、
このビルのオーナーのご家族の顔もぜんいん知っておりますし、ご懇意にさせていただいています。
いい加減なもので、その「お化けちゃん」は
少女だ、大人の女性だ、男性だ、ちがうちがう 家族連れの幽霊なんだ、なんて、其の時々で目撃談はころころ変わるのです。
劇場スタッフは、(少なくとも私は) いままで、お化けを見たことが無いのです。
まあでも、それはいいんです。
じつのところ、劇場霊は劇場にとって縁起のいいもの
座敷童みたいなものなんですよ。
お化けなのか神様なのかわからないですけど、そういう存在。
それはさておき
本日、ご来場の皆様方は、あのロビーから 客席通路、この舞台上まで、うす暗い中、ご入場なさったと思います。
驚かせてしまい大変申し訳ありません。
お客様を舞台上にのせるなんておかしな話でしょう?
なぜ自分は舞台上に居るのだろうと、きっとお分かりにならないでしょうね。
実のところ、本来は、客席にお通しするはずでした、
しかし今日はこのように舞台上にこのように椅子をご用意し
ご覧いただく特別な演出に致しました。
それというのも。
恥ずかしい話、クレームをいただいてしまいまして。
あそこに座っていただくわけにはいかなくなってしまいました。
今日この日この劇場を利用するはずだった劇団がいたのですが、
チケット販売をしようとしたところ、
チケットサイトで当劇場の客席図面がたくさん出てきてわけがわからない、というのです。
ご覧の通り。こんなちいさな劇場ですから、
そんなわけないだろうと思って、
私は急いでチケットサイトに確認の連絡をしました。
メールでかえってきた内容は以下の通りです。
「実のところ、こういった、パイプ椅子を並べるタイプの小劇場の客席図は、『ぷあ』や『ラーチケ』やその他多くのサイトとUIデータを共有していまして、
利用者の誰かが アップロードした「近い図面」を流用しているだけで、
当サイト運営からこの席図面を使いなさいよ、という形にはしていないのです。ですので御社の劇場のテンプレートもだれかユーザーが良かれと思って作って 手前勝手にアップロードしたもので当社が用意したものではないんです。
現在アップされているものをとりあえずお渡しします。」
そしてその添付ファイルを見ました。
それは、長年働いている私から見ると、異様なものでした。
明らかに面積が違う客席図面、椅子の数が多かったり、劇場の通路の位置が違うもの。舞台が左右反転しているもの、壁や柱を突き破ったもの、そういった図面が合計8枚届きました。
驚いた私は、
「あの、これはうちの劇場とちがいます。削除していただくことは可能でしょうか」
「できますけど、こういうのは勝手に増えちゃうんですよね。」
実際には役に立たない奇形図面を、良かれと思ってアップロードしているなにかがいる。消しても消してもまた増えてしまう。
もちろん、実際に利用者さんはこんなへんな図面は絶対に使いませんし、実害はありません。
ええ、見なかったことにすればいいんです。
気にしなくてもよかったはずです。
でもね、現実に この劇場の椅子は増えました。
昨日までは椅子は確かに52個でした。
オーダーメイドの椅子が勝手に増えるでしょうか。
同僚にこのことをはなすと、前から53個だった、と言います。
ぜったいにそんなことは無い、と私は思いました。
些細なことです。
でも今この瞬間に、あの客席図どおりになっているかもしれない。
そして明日には「もともとそうだった」と誰かが思うかもしれません。
いまこの瞬間から「もともと」を証明するなんてできません。
私がおかしいのでしょうか、私だけがおかしくなってしまったのでしょうか。
でもね、わかりました。
おかしくなんてなかったんです。
この世界のシアター●●●はもともと53席だった。
無数にある世界に 世界の数だけこの劇場は存在していたんです。
あの図面たちは他の世界から送られていたのですね。
私だけが もとの世界の軸からずれて ここへきてしまった。
おかしなことなんてなにもなかったんです。
これで私の話はおわりです。
わたしが だれか、ですって。
さっき言いませんでしたっけ
わたしのなまえは ●●● です。
図面怪談 ねんど @nendo0123
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