第27話


 騎士はある程度進むと、一度止まった。

 木に手を掛けて、耳を澄ましているようだ。


「ここで周囲の警戒をしていました。この先から何か聞こえてきませんか?」


 ニッと笑い、疑問を投げかけてくるが、俺には聞こえなかった。

 全員似たり寄ったりだと思っていたが、生徒会長は手を挙げる。


「先の方から足音が複数聞こえます」


 思わず耳を澄ますが、全く聞こえない。

 少しの不安に駆られ、他はどうだったかと確認するとハッとしたような顔をしている。

 みんなは顔を見合わせて、何かを確認しあったようだ。


「ああ。確かに聞こえた」

「足音だ。割と軽快だな」

「なるほど。何体いるんだ」

「声は聞こえませんね」

「割と多くいるみたいです」


 俺以外の全員の耳に届いているようだ。

 もう一度、耳を澄ましても聞こえない。

 どうしたものかと、考えていると生徒会長が笑いながら近づいてくる。


「坂堂さん。これは――」

「そうか! 身体強化の出力を上げて聴力も上げるのか」


 思い立って実行に移すと、周囲の息遣い、心音がうるさい。

 でも確かに足音が聞こえてきた。

 他にも声が複数聞こえてくる。

「あれ、声は聞こえてこないんじゃなかったのか?」

「坂堂さん。冗談です」

「冗談?」

「はい、緊張感のない顔をしている坂堂さんに冗談として仕掛けました」

「え? それならこの先に群れはいないのか?」

「いえ、あの木をみてください」


 騎士が手を掛けていた木の幹は、一筋の切れ込みが縦に入っていた。

 気を付けないと特に気にも留めないくらいの切れ込みだ。

 そういうタイプの樹皮だと思っていた。


「それは?」

「他の群れに縄張りを示すサインで、オーガ同士はすぐにわかるそうです」

「でも声とか聞こえてきたぞ」

「常時使い続けられますか?」

「無理、周囲がうるさすぎ」

「そういう事です。試したことのない人は少数ですよ」

「なるほど。探知しようと思えば、まずは五感か」

「そういう事です。それより緊張感を持ってください坂堂さん。変わり身の所為で気が緩んでいます」

「そうか、分かった。変わり身はやめておく」


 気が緩んでいるつもりはない。

 だが傍から、そう見えるのは問題かもしれない。

 自覚せずに緩んでいる可能性を指摘してくれて助かったと思っておこう。

 

 それから、群れが見える場所まで移動して規模を偵察しに向かった。

 群れの数は10体、上位種は他のオーガよりも少し体が大きかった。


「あの首飾りを付けた2本角が群れのリーダーですね」

「リーダーと拳がデカい1本角、棍棒を持った2本角、デカい杖を持った3本角が上位種か」

「通常種は6体いますね」

「その6体、偵察に出ていた奴らより体が大きくないか?」

「うわぁ、この群れが強くなったら6体は上位種になりそう」


 高橋は想像で語っているが、実際に通常種の体が少しだけ大きい、気がする。

 倒すのは問題ないだろうが、多少は強いのだろう。

 武器を持った通常種がいないのは、戦闘において有利になるから運が良い。


「偵察に出ている個体もいますから、もう少し多いでしょうね。群れの場所が分かりましたし、偵察を探しましょう」

 

 その後、群れから離れて周囲をひと回りしている間に、偵察のオーガ達と3回出会った。

 どれも3体1組でグループの全員が1度はオーガと戦闘を行い、自分の攻撃でオーガを倒せると理解した。

 現状全員に、過度な怯えはない。

 群れの周囲をひと回りして森の浅い場所に近づいたため、時間は早いが昼食をとるため野営地へ帰ることになった。


 野営地に帰ると他のグループはおらず、少し早かったため辺境伯家の兵士達も食事の準備中だった。

 一先ず休憩をしながら、オーガについての話し合いを生徒会長が始める。


「群れが上位種合わせて10体、偵察が現在12体。中規模の群れですね」

「あれで中規模なのか、もっと魔物がウジャウジャいて共食いしてるくらいが大規模のイメージだな」

「そういうのはダンジョンで起こるらしいですよ」

 

 何とも偏ったイメージを持つ高橋だったが、隣の桐島は頷いているから同意しているらしい。

 群れの食料が賄えないから規模が小さくなるのか。ということは偵察していたオーガは狩猟に出ていたオーガかもしれないのか?

 

「それよりも昼食後の話です。再度群れの周囲で偵察を探して戦闘、その後は群れと戦闘したいと思っています」

「いいんじゃないか」

「群れと戦闘か」

「はい。それで戦闘時の敵の割り当てを発表します」


 生徒会長が発表しようとしたところで、兵士から食事ができたと声がかかった。

 騎士から渡された食事は硬いパン、肉と根菜の塩味のスープだ。

 やはり質素だ。

 硬いパンをスープで浸し食べる。おいしくない。

 スープの中の細かい肉を食べる。塩味が強い。干し肉だろうか。

 

 うん、やっぱり。

「これは。ひどい」

「坂堂さん、魔王討伐の旅が始まれば当たり前の食事になりますよ」

「勇者とその仲間が行くだろう。俺は行かんよ」

「また話を聞いていなかったんですか?」

「え、どういう話?」

「勇者とその仲間は魔王討伐へ、それ以外は活発化した魔物の対処で他国へ向かいます」

「この国の魔物を対処する」

「この国の対処は、私達が今しています」


 聞いた覚えのない話だったが、他の全員は当たり前みたいな顔をしている。

 いつ話した?

 俺は覚えがない。

 それにしても、この食事をずっとしていたら、栄養不足ですぐに動けなくなりそうだ。


「旅の食事の事は未来の俺に任せる。それで割り当ては?」

「そうでしたね。上位種のリーダーは私と細川さん。拳の大きい1本角が高橋さん。棍棒を持った2本角が桐島さん。大きな杖を持った3本角が倉田さんと水上さん」

「俺は通常種6体か」

「はい。それと6体倒した後は上位種と戦闘している人の援護をしてください」

「分かった」

「悪いな坂堂、上位種は俺達で倒すから」

「別にいいぞ。レベルがあるわけじゃないし、実力に自信があるからな」


 なぜか笑いながら言う桐島。

 少なくない煽りを感じて、俺も煽ってしまった。

 それに目ざといのは生徒会長だ。


「坂堂さん、煽らないでください」

「はーい」

「桐島さんも口と腕で負かされるんですから煽らないように」

「神本さんの方が酷いと思うよ」

「水上さんに賛成」


 俺を諫めるかと思いきや、桐島をボコボコにした生徒会長。

 水上の言葉に俺も続き、細川、倉田、高橋は苦笑い、桐島は口をポカーンと開けている。


「神本は疲れてるんだな、野営地でゆっくりしてくれ」

「俺がリーダー倒すの代わるぞ、生徒会長」

「武器強化魔法だけで戦闘しますか高橋さん、坂堂さん?」

「え? じょ、冗談じゃん。なあ、高橋?」

「そうそう、1本角は任せてくれ」


 生徒会長も随分と心的疲労がたまっているんだな。

 騎士がいるとはいえ、不足事態が起これば自分の采配で人が死ぬかもしれないんだから、そうもなるか。

 それを考えると、俺はのほほんとしているな。

 立場の違いが気の緩みを生んでいるのか。

 まあ、俺に人を動かすなんてのは出来ないんだ、全力で戦闘すればいい。


 昼食を終え、食休みをしばらくしていたのだが、他のグループは帰ってこなかった。

 再度森に入り、群れの外周を回っていると途中で偵察しているオーガ3体を見つける。

 変わらずほぼ一撃で倒し切り、片付けをしていると騎士の1人が走ってきた。


「群れの様子がおかしい?」

「はい。少し騒がしかったので見に行くと、戦闘態勢をしているようにも見えました」

「偵察を倒していると分かったのでしょう。神本さんどうしますか?」

「群れの様子は監視しておいてください。このまま予定通り外周で偵察オーガを探します。いなければその後、群れとの戦闘をします」

「分かりました。監視と連絡要員を出しておきます」


 騎士は生徒会長に返事をして、他の騎士達に連絡をしに向かう。

 その後、群れの周辺をひと回りしても偵察は見つからなかった。

 群れの場所に向かい、戦闘の準備を進めていく。

 騎士が言っていたように群れの様子はおかしく、周辺に視線を巡らせ警戒をしているようだった。


「準備はいいですか?」


 全員が生徒会長に頷いた。

 生徒会長も全員を確認すると剣を抜いた。

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