第25話
木刀を持って向かい合う坂堂さんと謎の男。
何度か木刀を打ち合う小気味の良い音の後、手を叩かれ坂堂さんは木刀を落とした。
坂堂さんが突きをしようと腕を戻したところに、謎の男は一撃を入れている。いつもであれば避けられたと思うのだが、それを出来ないだけの何かがあったのか。
「騎士さん、あの人は何者ですか?」
「神本さん、ジンという者で、坂堂さんの仲間になりたいと今朝きました」
「部外者ですけど、大丈夫ですか?」
「王城にいる間はずっと監視を受けていますから問題ないと判断したのでしょう」
「そうですか。坂堂さんが技術的に負けているのも珍しくて良いですね」
「はい。新鮮です」
「そもそも坂堂さんとジンさんは、いつ出会ったのでしょう?」
私の疑問に騎士さんは連休の最終日に出会ったと教えてくれた。
中流街で坂堂さんと渡辺さんが食事処で襲撃を受けた後、話しかけてきたという。
一体、どうすれば勇者候補が襲撃を受けるのか不明だ。
それでも腕の良い仲間が出来たのは悪くない。
「坂堂さんは仲間にしたんですか?」
「いえ、刀を教える者としてここにきています」
「給金は出るのでしょうか?」
「はい、腕が想像以上に良かったので不自由させないくらいは出しています」
「なるほど、それなら身形は整えさせた方がいいかもしれませんね」
「そうですね、後から言っておきます」
訓練が再開し、向かい合う2人。
動き出し打ち合う音の後、地面にゴロゴロと転がされる坂堂さん。
技量が高いのは間違いなく、木刀で打ったわけではなく鍔迫り合いで足を使い転がしている。
刀と体術はいい先生が出来たみたいだ。
「身元は確認しているんですか?」
「国が確認しているところです」
「そうですか。それなら私がどうこういう事でもありませんね。それで気になっていたんですけど……」
「はい」
「その隣にある、無駄に重そうな鎧は何ですか?」
「ああ、これは坂堂さんが用意した持久力訓練用の鎧です」
「訓練?」
「はい、一先ずこれを着て走り回れるようになりたいと言っていました」
騎士さんの隣にある鎧は、分厚い金属でできており、走るどころか歩くのも辛そうな重さに見える。
試しに腕の部分だけ持ってみると、私の持つ片手剣と盾を合わせたより重かった。
体を壊しはしないだろうかと心配するレベルだ。
「これでは走り回れませんね」
「そうですね。まずは胴だけで訓練です」
体の心配よりも訓練を笑顔で語る騎士さんを見ていると、私も今以上の筋トレが必要かもしれないと考えてしまった。
〇。
食堂、ここに宰相と騎士団長がセットで来ると、ほとんどの場合は実戦の予定がついてくる。
今回も変わらずついてきた実戦だが、勇者候補たちの実力が上がっているため予定を早めるらしい。
とはいえ休日の最終日から1か月と半分くらいは週休1日で訓練ばかりだったから、タイミングとしてはちょうどいいと思う。
今回の実戦場所は遠く、移動で2日は使うことになるという。
鉄道が敷いてある場所まで機関車で向かい、そこから馬車で目的地まで向かう。機関車と馬車で各1日だそうだ。
道中は騎士が戦闘を行い、野営地の守りは実戦場所の兵士が行うらしい。
勇者というのは候補だとしても重要なんだなと、思わせられる。
「坂堂さん、遠征に私も付いて行っても構わないでしょうか?」
「俺はいいけど、騎士さんに聞いて確認してくれ」
朝食後の訓練中に言われ、頷いて騎士さんの所に走っていくジン。
未だに名前と刀の腕以外は知らない男だが、それで問題ないくらい訓練は捗っている。
対人で訓練できなくなったから、仕方なく分厚い鎧下を着て周囲にいる騎士を呼んだ。
「はい、坂堂様」
「そこの鎧、着けてもらえる?」
「はい。全てですか?」
「全て」
胴から始まり、腕と手、腰と腿、膝と脚、それから頭を付ける。
体に合わせていないが、それ故に呼吸が妨げられないし、関節も余裕はあり走ることができる。
ただ、重さと通気性の悪さが利点を無にする程なだけだ。
走り始めるとすぐに体に圧し掛かる重さで走るのを止めたくなる。
しかし、訓練場を1周はできる。
呼吸にリズムを作りながら、走っているとジンが隣に来ていた。
「坂堂さん、許可貰ってきました」
「そう、良かった、な」
「他の方に指導してきます」
「ああ」
ジンを見送り、訓練場を走っていると、兜の隙間から他の訓練の様子が見えてくる。
倉田と渡辺は一緒に魔法の訓練、生徒会長は細川と近接戦の訓練、水上は影分身と近接戦の訓練をしていた。
一体、俺は何をしてるんだろう。
熱がこもる、体は動かしづらい、視界は悪いし、周囲の視線は痛い。
そんな疑問が頭を過ぎった。
こういう時は正当化してしまうのが良い。
基礎体力は上がる、筋力も増えるし、問題だった持久力も上がる。
もしかしたら筋力が増えれば、身体強化の出力は上がるかもしれない。
疑問に対す正当化をしていると、訓練場を1周し終えていた。
辛いという感覚が増えているから、しばらくするとランナーズハイになるだろう。
そのまま視線を前方に固定し走っていると、嶋野の訓練が見えた。
剣を構えたまま、目を閉じ眉間に皺を寄せている。
少しずつ嶋野と距離が近づいていき、近くなったとき嶋野は目を開き、剣を振り上げたため、急いで止まる。
嶋野が振り下ろすと、剣から白い光の斬撃が屋内訓練場の壁に飛んで行った。
そこでようやく俺に気付いた嶋野は、フンッと鼻で笑って壁を確認しに向かう。
わざわざ斬撃を飛ばすくらいなら、魔法を使えばいいのに。
まあ、勇者に派手さは必要だから、気にすることも無いか。
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