第24話
「あ? 勇者様?」
心臓がはねた。
そう錯覚するほどに、気を抜いていた。だが、そもそも現状は誰も勇者ではないことになっている。
ただ、言われたことに反応しそうなほど、俺自身が勇者というものを重要なものだと思っているようだ。
「残念。俺は勇者じゃないよ」
「そうなのか。貴族に勇者様が使った刀だって売りつけようと思ってたのに」
それが本音かは分からないが、この話が終わるのであればいいだろう。
「それより、勇者だとか国の人たちは知ってたんだな?」
「もちろん。ハイランド王国が他国からの要請を受けて召喚したと発表していたからな。食料とか集めてたのもあるから、発表しなくても噂は広まっただろうけどな」
「へー。それより、短剣ある?」
「ああ、いくつか持ってくる」
また後ろに消えていく店主。
カウンターのような場所に置かれた新しい刀を手に取る。
代金は国が払う訳だから、気分がいい。
鞘から抜き、魔力を流してみる。
武器強化魔法は前の刀よりも掛けやすい。
「おう、持ってきたぞ」
刀を納め、短剣を見ていく。
分厚いもの、長めのもの、反りがあるもの、色々あったが分厚いものを2つ選んだ。
元の短剣を渡しても値引きはされなかった。
生徒会長は片手半剣や盾の話をしていたが、他所の武器屋を紹介されたらしい。
その日の外出はそれで終わった。
貴族街で重い鎧を買おうとしていたけど、疲れからやめておいた。
休みの3日目と4日目は訓練で終わった。
しかし5日目は渡辺から、ゆっくりと観光しようと誘われた。
朝に訓練して宿舎外で待ち合わせていたのだが、生徒会長の時と変わらず4人の騎士がいた。
「あきら、短剣装備してどうした?」
「いや、前は刀も持ってた。それにもしもがあるだろ。それより騎士4人もいらないんじゃないか?」
「そうだな。騎士2人で行くか」
渡辺がそう言うが、誰も動かない。
騎士さんに視線を向けると、首を横に振っている。
生徒会長の時は良かったのに、何か問題が起こってダメになったのかもしれない。
「無理そうだな。それで渡辺、どこ行くんだ?」
「いや、決めてない。テキトーに散歩していくか」
前後2人ずつの騎士に挟まれて、王城を出た。
結局は昼まで散歩していた。
観光名所みたいなのは1日目に行ったし、2日目以降はすることなくて訓練していたから散歩になった。
それで現在、町民の勧めを受けて定食屋に来ている。
テーブルとイスが店中にある定食屋は繁盛しているようで、店員や客が動き回っている。
「それで、午後は貴族街で鎧買うんだったか?」
「ああ。訓練用の重りみたいなものだ」
「そうか。それよりも俺達目立ってないか?」
「そりゃ目立つだろう。お前の服装は華美だし、周囲には鎧姿の騎士4人いるんだぞ」
そう、繁盛している店で6人分の場所を占拠している俺達は目立っていた。
食事を待っているのだが、食欲が減退するくらい目立っている。
「お待たせしました」
「よっしゃ、いただきます」
「いただきます」
2人で食事をしていると、周囲が騒がしいのに気が付いた。
騒がしさの中心に目を向けると、2人組の男が店員に何事かを言っているようだ。
まあ、騎士が何かあっても助けてくれるだろう。
しばらく食事を続けていると、喧騒が近づいてくる。
「おっと、騎士様。ここは中流街ですよ、貴族様を連れてきちゃダメでしょ」
「そうそう、俺達みたいな貴族様の権力通じないのがいるからなぁ」
身分社会で権力通じないと言うと、他所の権力の庇護下とかだろうか。
まあ問題ない、相手は権力でも騎士の暴力が強いから大丈夫だろう。
「去れ。それで平和的に解決できるぞ」
「知っているだろう、勇者様方が召喚されたと。邪魔をするなら叩きのめす」
この発言が気に入らなかったのか、2人は更にヒートアップし始める。
「そうやって逃れるのか貴族様は?」
「おい、涼しい顔して無視してんじゃねえよ!」
1人がイライラを止められず騎士の間から蹴りを机に放った。
しかし、床と机を土で固定し、机に魔力を流して強化する。
蹴り受けた机はビクともせず、蹴った男は痛そうにして騎士に取り押さえられた。
それを見ながら食事を終えて出て行こうと、俺が立ち上がると、もう1人の男が走ってきた。
「このッ!」
騎士2人が取り押さえていた男が護衛の騎士2人の足を掴み、走ってきた男はそのまま俺に殴り掛かってくる。
邪属性で身体強化を行い、攻撃を受けた、変わり身が。
男は殴った勢いのまま変わり身に飛び込み体勢を崩して転がった。
変わり身の上に移動していた俺は、そのまま着地して周囲を見回す。
一瞬の沈黙の後、騎士達は2人を取り押さえた。
襲撃者2人は騎士3人に連行され、残ったのは騎士さんだけ。
「失礼」
騎士さん以外の声が聞こえてきた。
また面倒ごとかと目を向けると、短くした着物にズボンを履いて腰に刀を差した日本人的な男がいる。
この世界にも日本的な服があるようだ。
「私が話を聞きます」
騎士さんが男に話を聞いてしまい、定食屋から出るタイミングを逃してしまった。
他の連行した騎士達が帰って来るのも待たないといけないだろうし、どうしようかと渡辺に視線を向ける。
「あきら、日本人みたいな人だったな」
「だな。刀もあったし」
「あの、坂堂さん。こちらの方がお話したいとのことなんですが」
「分かった」
よく分からないけど、会話だけなら問題ないだろう。
ぱっと見では分からなかったが、黒髪黒目で髪を縛っているし、髭はボサボサ、着物はボロボロだった。
「始めまして、ジンと申します。お話というのは先ほどの忍術についてお聞きしたいのです」
「忍術?」
「はい。故郷で潰えた技術の1つです」
「言っておくと、俺はこの世界の人間じゃない。忍術に見えるのは俺の魔法だ」
「そうでしたか。あの、ご興味がお有りでしたら私の知る範囲ではありますが、忍術を取り戻しませんか?」
「取り戻すって?」
「はい。潰えた技術とはいえ、どういう術があったかは知っていますから、共に取り戻しませんか?」
目にある光、喜びを抑えきられない微笑み、これは間違いなく勇者的イベントだと確信できる。
故に。
「いや、取り戻さない。予定あるから、さよなら」
話が長くなりそうな予感はあった。だからこれ以上の話を打ち切った。
それにしても潰えたらしいが、忍術というのが名前そのままにあるとは。
いつからなのかは知らないが、勇者だとかその周辺は絡んでいそうだ。
定食屋を出て、3人で騎士を待ち次の目的地に向かう。
「貴族街だったか?」
「ああ、訓練用の重い鎧を買うんだよ」
翌日、朝食を終えると騎士さんに呼ばれて王城出入り口に向かった。
訓練用の重い鎧を用意しており、どうなるかと楽しみにしていたのに、水を差された気分だ。
門に着くと、ボロボロの着物に刀を差したジンがいる。
門衛と数人の騎士に囲まれているのに、堂々として気後れもしてない。
「坂堂さん、彼はあなたの仲間になりたいんだそうです」
「へー」
俺は嶋野が先にこういうのをしてくれていたら、こういう話があっても困らなかったのに。と他人事のように考えていた。
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