第16話 専属騎士 トバイアス・クライア


 私が森に入る坂堂さんの後姿を見たのは、偶然だ。

 前回も今回の実戦も訓練の時も、基本的に一緒に行動している。


 ただ、一度も名前を呼ばれたことはない。

 自己紹介でトバイアス・クライアと名乗ったのに、4人からは騎士さんと呼ばれる。

 騎士の中で若いが、将来が有望かと言われるとそういうわけではない。

 こう言うのは不敬だろうけど、だから坂堂さんの専属になっている訳だ。

 若くて有望なニンビル・ホーストンは神本さんの専属だ。

 ただ中堅の権力欲が強い人達は、嶋野さん周辺の専属に着いたと聞いている。


 周囲との協調が上手くいかないとお前のようになると、ニンビルは言っていた。

 中堅達は騎士団長と一緒の部隊で遊撃、ニンビルは遠い場所で後衛周辺を固めている。

 私は周囲の監視だけで、他にすることも無かったから気付けたのだろう。

 出来ることなら追いたくない。


 勇者候補の中でも最も変人としての名が轟いている坂堂さん。

 魔法をつくったり、模擬戦は近接戦闘だけで騎士をボコボコにしたり、それだけ聞くとすごいのに、それ以外が変人の所為で私が専属をしている。


 親しく話す勇者候補は1人だけ、独り言が多い、集中し始めると周りが見えない、集中してなくても周囲を全く気にしない、他の勇者候補から入る噂が問題児。

 ニンビルが聞いた話は、暴力沙汰をおこして翌日普通に学校に来たという話だった。

 それも異世界だと身分差がないらしいから、当たり前の話ではないらしい。常識を無視する変人像がその時にはっきりした。


 坂堂さんの動きに気付いた人がいないかと周囲を見るが、誰にも気づかれていない。

 班の中であれだけ坂堂さんの行動を注意する神本さんは、いない?

 神本さんもいない⁉

 周囲の他の騎士達に伝えようと思ったが、群れの迫る勢いが増してそれどころではなさそうだった。

 仕方なく伝えることも出来ずに、追いかける。


 坂堂さんが森へ入っていった場所から進んでいくと、そう遠くない場所に鬼がいた。

 鬼はオーガの進化した姿とされているが、そういう説があるだけの状態だ。

 魔族くらいに頭が良くて、人語を解する魔物ということで非常に有名でもある。


 坂堂さんの姿はなく、鬼の前に神本さんが立って話しているようだ。

 剣帯から鞘ごと片手剣を外して、静かに近づいていく。

 鎧の隙間に布を詰めていたから、ガチャガチャと鳴る鎧の音を少しは減らすことができた。


 隠れて近づけるギリギリに来ると、鬼はパァンと手を一度叩いて両手に赤い陽炎を纏う。

 異常な量の魔力は可視化できると聞くが、それが起こっているようだ。

 鬼の両手には異常な魔力が纏われていて下手な攻撃の場合、攻撃を受けるだけでも武器を壊されるだろう。


 私が戦闘できるかと言われれば無理だと言うしかない。

 そんな相手に攻撃を仕掛けて、無事な神本さん。

 周囲に武器を打ち合わせるような音が響くが、野営地はそれどころでないから届きはしないだろう。


 神本さんが少し打ち合っていると、鬼の背後から2人の人影が攻撃を仕掛けた。

 坂堂さんと影分身だ。

 月明かりに照らされて刀に付いた血が見える。やはり変人でも戦闘力は一級品だ。


「赤い手は何? 額のは?」

「わかりません」

「戦闘技頼む」


 しっかりと聞こえる声だが、返事をするべきか迷ってしまう。

 持ち場を離れてきているわけだから、言うべきではないだろうけど。


「あ――」

 口を開いた途端、背後からナイフを突きつけられる。

 1本は腰に突き付け、もう1本はナイフだと分かるように見せつけてきた。


「動くな、話すな、抵抗するな」

「はい」

「話すな。お二方に危険が迫れば、命を賭して逃がせ。お前が関わらず戦闘終了した場合は急いで戻れ。監視しているからな」


 腰の刃物が消え、視界のナイフも消えると2人の戦闘状況も良く見えた。

 攻撃に転じた鬼の所為で防戦一方だ。


 それにしても、今の奴は?

 王家直属の暗部と言われれば頷けそうなのだが、王国は勇者候補を大事に扱いはするものの勝手な行動で死んだ場合は自己責任にするはずだ。

 その昔は召喚された直後に逃げ出した転移者を追わなかったと、実家の本には書かれてあった。


 私自身も自己責任だと言いたい。

 それでも命を賭けろと言われればできるのは、騎士になった誇りかもしれない。

 それと、お二方ね?

 神本さんは敬いたいと思うけど、坂堂さんは変人だからな。

 他国の暗部なら私は生きてないだろうし、勇者候補を守りたい貴族家だろうか?

 私がまとまりもしない思考をしている間に、戦況は動いていく。


「いくぞ!」


 真剣な坂堂さんを初めて見たような気がした。

 訓練の時とは気迫の違いがよく分かる。

 多くの影分身と一緒に攻撃を続けていく。

 影分身の1体が鬼の赤い手に当たり、ただの土になった。

 異常な量の魔力が相手の魔力の流れに干渉して、魔法としての状態を壊したのだろう。


 坂堂さんと影分身は足止めの攻撃だったり、影分身が足にしがみついて本当に足止めしたり、できるだけ安全な状況を作り出して攻撃していく。

 刀で拳で攻撃をしていると、鬼の動きが段々鈍くなり始めた。


「どいて!」


 神本さんの荒っぽい声に坂堂さんはすぐ反応した。

 互いに注意を向けているのが、よく分かるやり取りだ。

 戦闘技を使った神本さんの攻撃は赤い手に防がれても、魔力による攻撃ができている。影分身とは流している魔力量が違う。


 広がる炎が鬼の顔に襲い掛かった。

 あれは痛い、それに熱さでおかしくなりそうだ。

 坂堂さんはこの隙に、鬼の背中に刀を振り下ろした。

 魔力を流した攻撃が背中の肉を切り裂いて、途中で更に大量の魔力が流れた。

 武器に流されている魔力が一瞬可視化していた。恐らくは肉どころか骨まで切ったんだろう。


 鬼は膝をつき、手をついて動けないようで、神本さんの攻撃で息絶えた。

 息絶えた鬼は跡形もなく消え去る。唯一残ったのは赤い石だけ。

 ダンジョンの魔物であれば消えるのは分かるが、周辺にはダンジョンなどない。

 それなら、あれは?


「戻れ」


 場所の分からない声に急かされて、野営地へ戻った。

 しばらくして2人は帰っていたようで、坂堂さんが近づいてくる。

 見た目は普通、疲れているように見えるだけで、おかしなところはない。

 私の動きに気付いて近づいたのだと思ったが、どうやら違うようだ。


「騎士さん、あの魔物はなんて言うんだ?」


 坂堂さん。相変わらず名前を呼んでくれないみたいだ。

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