第14話


 遠くから聞こえてくるのは間違いないが、声の大きさは異常だ。

 思わず立ち止まって森を見た時には、唸り声に加えて大量の足音が聞こえてくる。

 鳴りやまない足音に周囲がザワザワとして、騎士の何人かは森に松明を持って入っていった。

 絶対に厄介なことが起こっている。

 急いでテントに入って、水上と生徒会長を起こす。


「坂堂さん、本当に起こしたんですか?」

「仕方ないだろ、明らかにヤバい魔物がいそうな状態なんだよ。唸り声と大量の足音が段々近づいてる」


 耳を澄ますまでも無く聞こえてくる。

 聞こえてきた音に、歪んでいた顔が真顔に戻るのを見ると不快そうな顔も気にならなくなった。


「男子も起こしてください」

「おう」

 隣にある男子のテントに入り、気持ちよさそうに寝ている全員を起こした。

 恨めしそうな顔で起きるが、聞こえてくる音に事態を悟ったようだ。

 他の班も全員を起こしているようで、人の声が増え始める。


「神本さん、他の皆さんの点呼と集合をお願いできますか?」

「分かりました」

 野営地で一度も見なかった騎士団長が厳めしい顔つきで生徒会長にお願いして、返事を聞くとすぐに去っていった。

 想定外であることは間違いなさそうだ。


「この班は全員いますね。野営地の真ん中に1列で待っていてください」

 生徒会長を見送って整列していると、しばらくして召喚された全員が集まり、騎士団長の報告が始まった。


「魔物の群れがこの野営地に向かっています。数は300ほど」

「300⁉」

「300です。ゴブリンやホブゴブリンがほとんどですが、一部オークとグラウンドウルフがいます。騎士団の現状の人員だけでは倒し切れる量ではないので、皆さんの力を借りたいと思っています」

「当たり前じゃないですか。ロビンソンさん」

 騎士団長の名前だろうか。

 嶋野は随分、騎士達と仲が良いみたいだ。


「前衛と後衛に分かれてもらいます。後衛が最初に魔法で攻撃をして、次に前衛が仕掛けます」

「分かりました。戦闘はどこで行う予定なんですか?」

「今、騎士達が松明を用意している、あそこです」

 森近くに大量の松明を用意して、その周囲にも焚火があったり、魔物を照らし出せるようになっている。


「移動してから、注意事項を話します」

 移動した場所が戦闘予定地で、段々と音が近づいているのが分かり、呼吸が早くなっている人もいる。

 案の定、倉田だったわけだが、高橋や桐島が落ち着かせているようだった。

 倉田の気遣いが出来るくらいに2人は冷静だ。生徒会長のショック療法が上手くいったのか。


「まず、前衛と後衛に分かれてください」

 どうせなら前衛に行こうと前に歩き出すと、前から歩いてきた生徒会長に腕を引かれ後衛になった。

 どういうつもりなのかと目で問うが、気にした様子も無い。

 後衛の中でも最も後ろで、端の端に来た。


「ありがとうございます。まず後衛への注意事項は最初の攻撃以外は、味方に絶対当たらない攻撃だけしかしないこと。はっきり言って魔物よりも皆さんの魔法の方が強いです」

 誤射すると思ったら撃つな。撃つときは全力で、だな。


「前衛は周囲と適度に距離を取ること、得物の長さを考えてください。もう1つは森に入らないこと、どこに敵が潜んでいるか分かりません。以上です、各自準備をしてください」

 騎士団長に言われた通り武器の確認をして、眠気から座り込んで待っていると、また柄尻に襲われた。

 大きくなる足音よりも深まる眠気の方が強い。

 眠気に一時とはいえ身を任せられるのは騎士達に任せられると考えているからだ。

 しばし微睡み、柄尻を無視していると頭から水を掛けられる。

 顔を向けると、しかめ面で腕を組んでいる生徒会長と申し訳なさそうな細川さんがいた。


「おはよう」

「気を引き締めてください。そろそろ魔物が来ます」

 立ち上がり森を見ると、いくつかの松明が木々の隙間から見える。

 森に入っていった騎士達が帰ってきているのだろう、大量の魔物を後ろに連れて。

 準備運動をして待っていると、騎士団長が声を上げた。


「皆さん、しばらくすると魔物の群れがやってきます。私の合図で魔法を撃ってください。次の合図で前衛は攻撃を仕掛けます。戦闘が始まると騎士団は遊撃として魔物の多い場所に行きます。以上です」

 森からの足音が大きくなり、松明の光は森にない。

 騎士達は全員森から出てきて、騎士団長の下に集合して指示を受けている。

 暗くて見えづらい森から足音と獣の唸り声が聞こえてきて、緊張感が増していく。


「来たぞ!」

 嶋野の声が聞こえると、森からホブゴブリンが見えてきた。

 しばらくすると後衛の近くに点々と騎士達が来て、団長の近くには6人くらい集まっており、遊撃部隊だろうと推測できる。


「後衛、魔法を用意」

 森からそれほど離れていない場所だからか、すぐに号令がかかる。

「撃て!」

 俺も土の弾丸を出来るだけ多数出して、速度をつけて発射した。

 多数の魔法が飛び交う中で火の魔法は目立つ。

 ホブゴブリンが炎に包まれて松明以上の光を作り出す。

 すると、さらに後ろからより多くの魔物が火を無視してなだれ込んでくる。


「前衛、攻撃!」

 騎士団長の声がどこかから聞こえてきて、前衛は攻撃に移った。

 戦闘技を使ったのが周囲の発光からよく分かる嶋野の居場所。

 高橋や桐島もいるのだろうが、見えない。

 俺は魔法から弓に切り替えて、森と平原の境に撃っていく。

 当たりはするが、あまり狙いもつけないで撃っているため動きを妨害するくらいになっているだろう。

 後衛の最も後ろでしばらく弓を撃っていると、肩を叩かれた。


「坂堂さん、偵察してほしいので影分身を向かわせてほしいんですけど」

「影分身はそういうのには使えないぞ」

「夜番の時、出してませんでしたか?」

「生徒会長みたいな考えをする人用に出しただけだ」

「夜番している風に見せるための影分身だったんですか?」

「そういうこと」

 呆れから目の前でため息を吐いている生徒会長。

 俺もそれに倣ってため息を吐く。


「はい。それなら、森に入りますよ」

「なんで?」

「群れの長よりも強そうな魔物がいるみたいですから、先に倒してバレる方が、全員が倒れて他に坂堂さん以外いない状況でバレるよりもいいでしょう」

 森に入って怪しまれてバレる。みんながボロボロになって出てきてバレる。

 確かにバレた時に周囲から文句を言われなさそうなのは、前者だろう。

 敵に自分から向かわなければならないのは、心底嫌で顔が歪みそうだ。


「そこまで嫌がらなくても、こうなってしまった以上仕方ないことですよ」

「かもな。それなら行くか」

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