第8話 神本 鈴の場合②


 翌日、武器の選定や魔力の属性を調べてみた結果、この世界の人は嶋野大雅(しまのたいが)を暫定的な勇者としたようだった。


 確かにカリスマ性があり、彼が勇者の場合は誰も文句言うことなく受け入れるだろう。

 しかし、彼は勇者ではなかった。


 ステータスでは「異世界転移者(一般)」とあったため、恐らくは普通の転移者と変わらない。

 ただ魔力の適性は邪と闇以外があっただけ。

 

 この日以降、訓練をしながら誰が勇者なのかを観察して調べ続けている。

 すると2週間後、訓練で成果を出している他クラスの男子に気が付いた。

 どうやら新しい魔法を作ったことが話題になっているようだ。


 名前しか知らなかったが、1人だけおかしな訓練をしているのは知っていた。

 木刀を身体強化をしながら振り、更に「影分身」を操作している。

 その「影分身」も短剣や木刀の素振りをして、訓練場で目立っていた。


 しばらく見ていると、休憩時間になっても木刀を振っている。

 チャンスだったため、後ろから腕を取りながら木刀を奪う。

 その時にステータスを確認すると、思っていた通り勇者だった。


 名前は坂堂晃。

 武器適性は片手半剣、魔力の適性は火・水・風・土・光・聖・闇・邪。

 称号は異世界転移者(勇者)とある。

 スキルは土、闇と邪の魔法、土、闇と邪の戦闘技が刀と短剣、弓にある。


「坂堂さん、休憩してください」

「ん? ああ」


 それ以降、実戦前日まで見ていたのだが、どうやら訓練で実力を伸ばすことを楽しんでいるようだった。


「神本さん、少しよろしいですか?」

「はい」


 訓練が終わり、騎士団長から話しかけられた。

 話を聞くと、明日の実戦で組むグループをどう分けた方がいいかという話だった。

 騎士団長は、まだ訓練の範疇だから仲の良い者で組んでも問題ないという話だ。

 何度か、生徒同士の事や元の世界で生徒会長をしていた等の話をして以降、こういう相談を受けている。


「そうですね。現状の勇者最有力、嶋野さんの所に戦闘が苦手な者を多めにして、私のグループを減らして坂堂さんを入れればいいでしょう」

「なるほど。実力のある神本さんと坂堂さんがいれば、少なくても大丈夫でしょう」

「人数差を覆す魔法もありますから、大丈夫だと思います」

「そうですね、わかりました。相談に乗っていただきありがとうございます」

 

 夕食時、宰相と騎士団長から明日の実戦でのグループが発表された。

 その後、勇者だと当たりを付けた坂堂さんの事を知るために、他クラスの委員長の横で食事をしている。

 生徒会長として生徒と関わることが多く、坂堂さんと同じクラスの委員長の中野絵美さんとも仲は良かったため、話を聞いた。


「中野さん」

「あ、神本さん」

「明日のグループを坂堂さんと組むことになったんだけど、どういう人なのか教えてもらってもいい?」

「あー、坂堂さんは、よく分からないんだよね。中学時代に暴力事件を起こしたって、同じ中学校の人が言ってたね」

「そう。暴力的な人なの?」

「そういう訳じゃないと思う。ただ周囲との関りがほぼないから……」

「そうなんだ、気にしとく」


 翌日、グループの集合場所で待っていた。

 班員は坂堂さん以外全員集まっていて、他の班が集まるのを見ている。


「水上は、坂堂の所為で人数減ったの知ってるか?」

「そうらしいですね」

「実力はあるって聞いているから、大丈夫だと思うけど暴力事件起こした奴が近くにいるってのは怖いよな」


 2人の会話を聞きながら待っていると、装備の多い坂堂さんがやってきた。

 腰の左に刀、右に短剣。背中に弓と矢筒を、後ろ腰にバッグを装備している。

 その武装で戦闘できるのか、疑問が湧き出てきた。


「坂堂さんが最後です。全員揃いました」


 嫌味たらしく言ってしまったが、水上さんや倉田さんの感情と似た感覚だから問題ないだろう。

 2人は坂堂さんを信頼しきれていない。

 私自身も特に信頼していないが、嶋野さんよりは頼りになるだろう。


 馬車が出発してから自己紹介をしたのだが、水上さんは気にしていないようだった。

 倉田さんは面倒そうにしていたのを覚えている。

 自己紹介を終え、前衛と後衛の分け方、騎士たちにどういう魔物が出るのかを聞いた。

 話を聞いていると馬車が到着する。


 森の前には私たちの合わせて、5台の馬車。1台に4人乗っているはずだから、3台が遅れている。

 班員の準備を確認して、騎士の先導で森に入っていく。

 最初の接敵でゴブリンが3体まとまっており、前衛2人と後衛1人が倒すことになった。


 最初に魔物を倒したのは私。

 緊張から全身に力が入ってしまい、まずはゴブリンの攻撃を受けるしかなかった。

 しかし攻撃は想像以上に弱く、簡単に弾ける。

 転がって隙を晒しているゴブリンに一撃を叩き込むと、それで絶命した。


 肉を断つ少しの抵抗があり、骨を砕く感触が柄まで届く。

 背中にぞわぞわと気味の悪い感覚があったのは、一生忘れないと思う。


 2体目は倉田さんが相手をする。

 しかし、ゴブリンと倉田さんは向かい合ったまま動かない。

 しばらくして槍で一突きにしていたが、随分と顔色が悪かった。

 そんな倉田さんとは対照的な反応を示したのが、水上さんで首を魔法で切ってすぐに終わらせた。

 あまりにもあっさりと終わらせたため、騎士を含めて全員が唖然としていた。

 

 次に会った魔物はスライムだ。

 騎士に説明されて、歩きながら坂堂さんはスライムを踏みつぶして倒した。

 それ以降、倒した順番に再度魔物を倒していく。

 坂堂さんは、刀と短剣でゴブリンを1匹ずつ倒していた。

 適性の無い武器を適性のある者と同じくらいの練度で扱う。それだけで努力量が分かるというものだ。


 多種多様な武器と魔法を騎士以上に扱える、やっぱり勇者は普通の転移者と違う。

 それに無属性の身体強化魔法を使っているのだが、練度がおかしい。

 召喚された全員が訓練をして、魔力を感じることはできるようになった。


 魔力というものは、操作をしていると体から漏れ出てくるのだが、坂堂さんにはそれがほぼない。

 だから魔法と言いながらも、魔力操作の身体強化魔法を坂堂さんが使用すると、体内で魔力操作され発動が分かりづらい。

 ゴブリンに攻撃するときも使っていたようで、得物を振るう速度は異常だった。


 坂堂さんが最後の1匹を倒し終え、帰っていると馬車を置いている方向が騒がしい。


 走っている騎士を追って馬車を置いていた場所で見たのは、マッスルボアよりも大きい灰色のイノシシ、アイアンボアだった。

 騎士たちが盾で抑え込んでいるため、すぐに終わるだろうと周囲を見ると水上さんが黒い人に横抱きにされている。


 坂堂さんの影分身で走るのが遅い水上さんを連れてきたのだろう。

 それにしても事態が動かない。

 攻撃を仕掛けて倒してくれればいいのに、動きがない。


「私達も応戦します」

「いえ、大丈夫です」


 仕方なく打って出ようとすると、森の見張りをしていた騎士から声がかかった。

 何で大丈夫なのか、聞こうとしていると後方から足音が聞こえてくる。


「どいてくれ!」


 光る剣を携えて、嶋野さんがアイアンボアにとびかかり倒した。

 魔力を弾く毛皮に、魔力を含む攻撃をした。結果的に剣だけで倒したわけだが、何とも奇妙な感覚を覚えた。

 そもそも、騎士は倒せないわけがない。

 ならどうして、騎士達は押さえていたのか?


 まるで、勇者のためにお膳立てしていたとしか思えない。

 少しの間考えこんでいると、後ろにいた引率の騎士が声を上げた。

 後ろを見ると、マッスルボアが騎士を弾き飛ばして走り去ろうとしている。


 私が剣に手を掛けた時には、坂堂さんが宙を舞っていた剣を取り、振り下ろしたところだった。

 両断されたマッスルボア、片手半剣の方が刀以上に扱いが上手いようだ。

 帰りの馬車の中では特に会話も無い。

 全員が疲れていたのもあるだろう。

 帰って来て昼食を済ませ、片手半剣を2本持って2階の角部屋に向かった。


「入りますよ、坂堂さん」


 剣を1つ投げ渡しながら攻撃を加えた。想像通り防御される。

 それから何度か打ち合って分かったのは、異常な実力があることだ。


「あなたの事は、特に言う理由も無いので誰にも言いません。ただ、バレたくないのであれば、目立つことは控えた方がいいと思いますよ」

「お、おう」


 その実力がバレるようなことは控えた方がいいと言ったのだが、はたして理解しただろうか。

 返事を聞く限り、動揺して理解しているか怪しいものだった。


 なるようになるだろう。

 こればかりは未来の私に頼むことにした。

 いわゆる、先送りだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る