第7話 神本 鈴の場合①

  

「お前に勇者を決める権利を与えよう」

「必要ありません」


 合同授業の時に床が光り、歩くことのできる雲の上にいる。

 そこで神を名乗る変な人に出会って、何が起こったかを聞かされた。

 勇者召喚され、その勇者を決める権利を与えてくれるらしいが、どうして私に権利があるのか分からない。


「自分指名でもいいよ」

「私以外であれば誰でもいいです」

「本当に? 自分じゃなくて大丈夫?」

「はい」

「自分でいいんだよ。恥ずかしがるような事じゃない」

「私以外であれば、誰でもいいです」

「はーあ。そう、分かった。頑張ってね」


 中性的な神様が手を振ると、意識がなくなって目を覚ますと異世界だった。

 

 まず気付いたのは自分のステータスが分かったこと、目を覚ましたとき頭に浮かんだ。

 名前は神本鈴。

 武器適性は片手半剣、片手剣、盾。魔力の適性は火、風、光。

 称号は異世界転移者(コピー)とあった。

 このコピーというものは、他人の能力をコピーできるらしい。


「来たぞ!」


 周囲には黒のローブに揃いの紋章を付けた人がいる。

 どの人物も細身で、なんとなく魔法使いみたいだと思った。


「神本さん」


 同じクラスの友人、多田楓が不安なのか手を握ってくる。

 すると、楓のステータスが目の前に表示された。

 コピー能力の副次的な効果で人と接触することにより、ステータスを見ることができるようだ。

 名前は多田楓。

 武器適性は大杖、魔力の適性は火・水・風。

 称号は異世界転移者(一般)とある。


「初めまして皆様。私はハイランド王国で宰相を務めています、ライアン・ミルズと申します」


 騒ぎ出した周囲を諫めるように声を張って自己紹介をしてくれる。

 シンと静まったのを確認して、宰相は説明を始めた。


「詳しい話はあとでしますが、魔王の脅威が迫っているため皆様を召喚させていただいた次第です」

「俺達はもと居た場所に戻ることはできるんですか?」

「難しいと思われます。我々は神から授かった召喚陣を用いて皆様を召喚しましたので、人の身に可能なことなのか不明です。しかし、皆様を召喚したからには不自由な生活を出来るだけさせないことをお約束します」


 嶋野さんの疑問に答えてくれたが、絶望的な答えだった。

 向こうで何かしたいことがあったかと言われればなかったけど、便利で退屈しないのは向こうの生活だろう。

 服装からも不便なのが見て取れる。


「それでは今から、どなたが勇者であるか確認のために初代勇者が神より与えられた剣を引き抜けるか試していただきます」


 宰相が歩き出し、急いで追いかける。後ろでは、1列になって全員が付いてきていた。

 しばらくして、玉座の間に到着した。

 宰相の隣にはペンのような筆記具を持つ人が合流する。


「玉座後ろの台座に剣が刺さっています。今から1人ずつ抜けるか試してください」


 その後、全員が試してみたものの誰一人として剣を抜いた人はいなかった。

 宰相もこの結果には唖然としていたが、現状はいないとして先送りにしたみたいだ。

 そのまま玉座の間で、これからはこの世界での一般教養等の勉強、戦闘訓練を3食昼寝付きですることの説明を受けた。


 もちろん、それに納得しない人もいた。

 そういう人は騎士と一緒に城下へ出て、王城での暮らしがいいものだと感じてもらうみたい。

 玉座の間から出て、私達がこれから利用する食堂でしばらく待機となった。

 

 夕食が配膳されている時に、これからの事に納得しなかった人たちが帰ってきた。

 近くの席で食べていたから、話を聞いていく。


「倉田さん、城下町はどうだったんですか?」

「それ! 私も気になってた」

「あー、なんていうか活気はあったんだけど、現代じゃないから生きていくのは難しいかも?」

「具体的にはどんな感じでしたか?」

「町はきれいで周囲の人も楽し気だったな。ただ風呂に入るのは貴族くらいらしくて、臭かった」


 トイレに関しては説明を受けていたから問題ない。

 汲み取り式便所のようなもので、糞便を溜める場所にいるスライムが処理をしてくれるみたいだ。


「それに王城から出ても金の稼ぎ方が分からないから、結局は帰って来た」


 そもそも知らない世界に来て、最初に出て行こうとする方がおかしい。

 その後、夕食が終わると数人ずつ呼ばれて宿舎の案内をしてもらった。


「1人1部屋で机とベッド、海外のブレーカーみたいな灯りのスイッチ」


 たらいに入った水、体を拭う用の長い布、着心地のよさそうな寝巻と進化していない下着。

 ベッドは想像していたより柔らかかった。

 弾性のあるマットレスのようなものがあったからだと思う。

 着替えを終え、灯りを消してベッドで横になる。


「勇者がいないわけないと思うんだけどな」


 この世界に来る前、雲の上で決める権利を行使しておけばよかったかも。

 これから勇者が誰なのか、コピーで見ていくことにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る