第5話


 森の奥へ入っていくと、自然の音が聞こえてくる。

 風で葉が触れあいザワザワしていたり、動物の鳴き声が遠くから聞こえたりする。

 しばらく歩くと、先行していた騎士が手を挙げた。


「ゆっくり、静かに行きましょう」


 殿の騎士が全員に伝えると、ゆっくりと歩き出すのだが鎧は想像以上に音を出した。

 とはいえ、これ以上静かにすることもできないから仕方ない。

 ガチャガチャと音を立てながら少し進むと、前衛の隙間からゴブリン3体が遠くに見える。


 想像通りというか、腰布だけの小さな緑色をした人型生物だ。

 事前情報通りの醜悪な顔は、遠くからでもよく分かる。


「まずは前衛の2人と後衛の1人で倒してもらいます。私たちがまず分断させますから、1対1で戦い、何かあってもいいように戦闘する人以外は援護できるようにしてください」

「はい。私から戦います」


 生徒会長が返事をすると、騎士達はゴブリンを2体と1体に分断した。

 1人が2体を相手にして、もう1人は残った1体を抑えて準備を待っている。

 抑えられたゴブリンは暴れているが、騎士はまったく動じていない。

 これが未来の俺たちか。


「そちらに向かわせますよ」

「はい、お願いします」


 生徒会長の返事とともにゴブリンの背を騎士が蹴った。

 よろめきながら前に出てきたゴブリンは、敵意を目の前に現れた生徒会長へ向ける。


 他を見ることもなく、盾を構えた生徒会長に殴り掛かっていった。

 生徒会長は拳を盾で防ぎ、盾でゴブリンを突き飛ばす。

 そのまま、倒れたゴブリンに片手剣を叩き込んだ。

 ゴブリンは腹から股にかけて叩き切られ、緑色の血が辺りに散って絶命した。


「次、行きます」

「は、はい!」


 倉田は絶命したゴブリンを見て動揺していたが、騎士の声に反応して槍を構える。

 蹴りだされたゴブリンは転がって来るが、槍を向けてにらみ合っているだけの状態が続いた。


「倉田?」


 生徒会長も声を掛けないから、声を掛けてみるも呼吸が早くなって返事も無い。

 それでも睨み合いが続いて、しばらくして動き出した。

 スッと、突き出された槍はゴブリンの胸を難なく貫通する。

 呆気なく戦闘は終わった。


「大丈夫ですか? 次、行きますよ」


 騎士は倉田の状態を気にしつつも、次に進めていく。

 倉田は息も絶え絶えな様子で後ろに下がった。


「どっちが行きますか?」

「水上さん、で」

「分かりました」


 生徒会長に問われて、水上を先に行かせる。

 水上が気にせず頷いているのを見ると、倉田にとっては苦しいことだったのだろう。

 背を蹴られたゴブリンが水上の近くに来るが、気にした感じもなく魔法で首を切った。


「呆気なかったですね」


 ニコッと笑って何てことないように言う様が、倉田とは正反対で生徒会長が少し引いているようだった。

 俺も思わず一歩後ずさってしまう。

 女は度胸と聞くけど、確かに生徒会長も水上も肝が据わっている。


「他の魔物を探す前に、倉田さん大丈夫ですか?」


 生徒会長の気遣いに倉田は笑って返すのだが、顔の青さがどう考えても大丈夫じゃない。

 どうにか倉田が持ち直し、移動を再開すると次に見つけた魔物はスライムだった。


「スライム1体だけですね。踏みつぶすと倒せますよ」


 順番では俺だったから、言われた通りに踏みつぶすとゼリー状の塊がいくつかに分かれて飛び散る。

 スライムには核のようなものがあると思っていたが、体が飛び散って液状になり地面にシミを作って終わりだった。

 それ以降、2時間くらい魔物を倒して回ると1人3体は倒すことができた。

 俺もゴブリンを倒せたが、思っていたほどの苦痛は無い。

 倉田くらい気分が悪くなると思っていたから、精神の図太さに感謝しているくらいだ。


 全員が魔物を倒したから馬車を置いた場所まで戻っているのだが、先の方が騒がしい。


「走ります!」


 そう言って先行する騎士は走り出し、全員で追う。

 追い始めると、明らかに水上が遅くて離され始めた。

 走りながら水上の方へ手を向け、影分身を出す。


「うわあぁ! だれッ⁉」


 影分身が水上を横抱きにして、並走して遅れることなく馬車を置いていた場所にたどり着いた。

 そこには灰色の大きなイノシシがいる。

 高さだけでも人と同じくらいあるイノシシで、騎士が盾で動かないよう抑え込んでいた。

 騎士すげぇな。


「あれは、アイアンボアです」

「マッスルボアの上位種で、体毛が魔力攻撃を弾きます」


 引率の騎士が教えてくれる。

 ただ、現状を見る限りは攻撃すれば倒せる状況だと思う。

 そもそも何でこの騎士もだけど、攻撃をしに向かわないのか。


「私たちも応戦します」

「いえ、大丈夫です」


 走ってイノシシの方へ向かおうとする生徒会長、それを森の見張りをする騎士が止めた。

 このくらいの魔物であれば、騎士たちで大丈夫だろう。

 それと「私たち」とか簡単に言うな。

 そう考えていたのだが、その騎士には自分たち以外の自信があったようだ。


「どいてくれ!」


 後ろから声が聞こえて振り向けば、嶋野がピカピカと輝く剣を手に走って来た。

 いや、ビカビカだな。眩しいくらいだ。

 指示に従って道を開けると、真っすぐイノシシへ向かう。

 途中で飛び上がった嶋野はイノシシの背に剣を突き立てる。

 剣を更に押し込み、イノシシの腹から貫通させると剣を抜き、次は頭に振り下ろした。


「終わりました」


 清々しい顔の嶋野に見張りの騎士はうれし気だ。

 なんだ、これは?

 そもそも嶋野のタイミングが良すぎないか。

 勇者たるもの最高の見せ場を引き寄せたのか?


「あの、どうして剣が光ってたんですか?」

「あれは勇者様が使ったと言われている戦闘技です」


 なんとなく聞いた質問に見張りの騎士が答えてくれる。

 魔力攻撃を弾くとか言っていたけど、戦闘技は武器と魔法の攻撃だったよな。

 ということは、結局イノシシを倒したのは武器の攻撃だけだったということか。


「マッスルボア‼」


 逸れていた思考が近くから聞こえる緊迫した声に引き戻される。

 顔を向けると見張りの騎士がイノシシに弾き飛ばされていた。

 異常な事態にまるで周囲が遅くなったような感覚に襲われる。


 森を探索中にも出会ったイノシシが、男を1人弾き飛ばしていた。

 横を通りすぎようとするイノシシ、目の前で回転しながら落ちている男の片手半剣。

 無意識のうちに身体強化魔法を使い、片手半剣を手に取る。


 そのまま、鞘から抜いて通りすぎようとする筋骨隆々のイノシシへ振り下ろした。

 身体強化魔法を使って振り下ろされた剣は、イノシシを両断して絶命させる。


「大丈夫ですか?」

「腰が痛いくらいです。ありがとうございます」


 弾き飛ばされた騎士は腰を押さえながら立ち上がっているため、ケガで済んだようだ。

 周囲を見ると他の所もマッスルボアに攻撃されているようだった。

 感知系の魔法が必要なようだ。

 それでも各自撃退したようで、騎士が魔物を集めて解体を始める。


「後のことは他の騎士たちに任せて、皆さんは帰りましょう」


 他のグループも同じように言われているのか、馬車に乗り込み始めていた。

 指示に従い馬車に乗り込もうとしていると、後ろから声を掛けられる。


「あの坂堂さん」

「はい?」


 振り返ると、水上さんは影分身が横抱きにしたままの状態だった。

 気まずそうな顔が、より罪悪感を掻き立てる。

 一瞬、何を言うべきか分からず固まってしまう。


「ごめん」


 そう言いながら、影分身を操作して水上さんを下ろし魔法を止める。

 土の塊が地面に出来上がるのを確認して、馬車に乗り込んだ。

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