第2話


 勇者が見つからなかった後、これから何をするかを説明されたのだが、勉強と運動を3食昼寝付きですることになるらしい。

 それに数人の男子が反発をし、騎士に伴われて町に出たようだった。

 

 彼らは夕食が始まる頃に帰って来て、見聞きしたことを話している。

 反発した数人の男子の近くで夕食を食べて盗み聞くと、城下町は活気があったらしい。

 ただ全員がそこそこ臭く、騎士が言うには風呂へ入るのは王や貴族くらいのようだ。

 

 トイレに関しては、スライムに糞尿を食べさせてきれいに保っていると言っていた。1つの家にスライム1匹が当たり前らしい。

 

 そもそも王都の物価は高いようで、どうやって収入を得るかを考えていたら3食昼寝付きの王城に帰ってくることにしたらしい。

 他の人たちの会話も盗み聞いたが、これからの不安がほとんどだった。

 俺も不安だ、バレたら周囲から何と言われるか。

 

 夕食が終わると数人ずつ呼ばれて、与えられる部屋の説明を受ける。

 話したことも無い人たちと一緒に部屋の説明を受け、知らぬ間に部屋割りが決められ、2階建て宿舎の2階の角部屋になった。

 部屋ですることもなくボーっとしていると、部屋がノックされる。


「はい」


 返事をするとメイドが入って来て、部屋のたらいに魔法で水を入れた。

 ベッドに置かれた明日の着替えと寝巻、体をきれいにする用の長い布。

 風呂に入れない、タオルがない、硬そうなベッド、微妙な味の夕食、ストレスを溜めそうなものばかりだ。

 水を含ませた布で体を拭い、紐と布で出来たような下着、着心地が微妙な寝巻に着替える。


 ドア付近の上下に動く大きなスイッチで、部屋の明かりを消した。

 不思議な世界だ。

 神が授けた召喚陣とか、勇者でないと抜けない剣とか、理解しがたい現実だ。

 ただ、不安で眠れないと思っていたが、精神的な疲れからかぐっすり眠れた。




 翌日、全員が集まって食事をしていると宰相とゴツイおっさんがやって来た。

 鎧は着ていないが、腰にある剣で武人だと分かる。

 宰相は細長い印象だけど、おっさんは体が分厚い。


「食事をしながら、話を聞いてください」


 現状の説明を始める宰相。

 話をまとめると、強力な魔物が多数発生しており、その問題が魔族によって引き起こされているらしい。

 魔物それ自体が繁殖力と食欲、人に対しての敵意を持つという。それを魔族が助長させたようだ。

 交流のまるでない種族だが、基本的に悪事を起こしているのが魔族だという。

 魔物が敵対していないところを何度も目撃されているらしい。

 それらが勇者召喚をしたことに繋がっているようだ。


 宰相の話が終わると、今度はゴツイおっさんが話を始める。

 自己紹介でゴツイおっさんは騎士団長だと名乗った。

 騎士団長の話は、昨日言われた勉強と運動と3食昼寝付きの説明のようだ。


 今日以降は、基礎訓練ということで体力強化のために訓練場を走る、魔力を上手く操作できるように練習することから始めるらしい。

 話が終わり、朝食を終えると案内されたのは騎士団の訓練場。

 屋外と屋内にあって、屋内の方を使うようだ。


「今日の午前は武器の選定と運動、午後からは魔法と魔力の操作を覚えていただきます」


 訓練場では武器を選ぶことから始まった。

 屋内訓練場は屋内にあるだけで、広さと日が遮られている以外は屋外と一緒だ。

 人の目を避けるために屋内なのかもしれない。

 説明は食事の時に引き続き、騎士団長がしている。


「皆さまにとっては常識ではないでしょうが、我々にとっては常識と言えることがあります。それは武器の適性です」

「あきら、俺にはどんな武器が似合うと思う?」

「さあ、盾と片手剣とかどうだ?」


 左隣に来ていた渡辺に顔を向け、テキトーに返事していると右肩を叩かれた。

 右隣に生徒会長がいる。

 名前は知らないが、文武両道で超人的人間性能を持っていると聞いたことがある。

 生徒会長が勇者であれば誰も文句を言わないだろう。俺もな。


「渡辺さん、説明を聞きましょう」

「はい」

「坂堂さんも」

「はい」


 俺の名前を把握していたことに驚いた。

 これが超人的な人間性能の片鱗だろうか。


「武器に関しては手に馴染む感覚というのが理解できると思います。それでは皆さん試してみてください」


 騎士団長の短い説明が終わると、多数の騎士が色々な武器を持って並んでいく。

 武器ごとに並んで軽く素振りをしてみて、馴染む感覚というのを判断するようだ。


 一先ず、渡辺と槍を持つ騎士の列に並んで、他の人の様子をじっくりと見ていく。

 片手半剣の所に並んでいる嶋野が剣を慣れたように振っていた。

 誰が見ても分かるくらいには上手く、馴染むというのがどういうものなのか一目でわかる。


「あきら、あれが嶋野の適性ってわけか?」

「そうだろうな。運動できるのは知ってるけど、それだけじゃあんなの出来ないだろうし」

「俺は何の適性があるんだろうな」


 そんな渡辺には槍の適性があった。

 槍を握ると慣れたように回し始め、槍を離したときには両腕に力が入っていなかった。


「おい、どうした?」

「腕、というか体が痛い」

「それは恐らく適性があるだけの状態で動かしたからです」


 槍担当の騎士が渡辺の状態を説明してくれた。

 どうやら扱えるだけの適性はあるが、筋力が足りていないらしい。


「当たり前の話だったな」

「いてぇ、力が強化されてるとかテンプレじゃないか?」

「そうじゃないみたいだな」


 返事をしながら渡辺が置いた槍を手に取った。

 馴染む感覚がどういうものか分かっていないが、馴染んで無いのは分かる。

 思うように振ってみるが、突きしか分からない。


「槍じゃなさそうだな?」

「だな」


 渡辺は適性の武器を見つけたが、他の武器も確かめたいようで俺と一緒に回るようだ。

 それから短剣、杖、長剣、弓を試してみたのだが、どれも合わない。

 もしかしてと思い、片手半剣の列に並ぶ。約束の剣と同じ武器種で嶋野の適性だ。

 前に並んでいた渡辺は槍の適性で間違いないのか、片手半剣は誰が見ても下手だった。


 渡辺から手渡された片手半剣を握った時、馴染む感覚が分かった。

 体の一部と言ってもいいくらいの感覚。

 これで調子に乗ると渡辺のように筋肉痛になるのだろう。


 それに約束の剣と同じ武器種を上手く扱えるのは、バレることにつながりそうだ。

 馴染んだ感覚に従わないよう、ゆっくりと剣を振る。

 繰り返し振って、渡辺に見せていく。


「微妙だな、あきら」

「槍よりはうまいと思うんだけど」

「そうみたいだけど、それだけだな」


 酷い言われようだが、騙せたならいいだろう。

 それ以降いくつか回り、多数の人が適性だった刀に馴染んだということにした。

 適性の無い中で最も扱いが上手かった武器は刀で、他の選択肢はほぼない。

 勇者らしくない武器を選びたかったのだが、珍しい武器に適性のある人はいなかったから仕方ないだろう。


「適性のある武器の前に集まり、担当の騎士に素振りの仕方を教えてもらってください」


 騎士団長が言うと、武器を持った騎士が広がっていく。

 その騎士たちに数人の騎士が、人数分の武器を持ってくる。

 名前の知らない人達と一緒に木刀を受け取り、素振りができるくらいに広がる。

 午前は木刀を振り続けて終わった。

 高校では部活に入っていなかったため、素振りだけで身体中痛い。

 運動部であっても全員が疲れ切っているようだった。

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