第十WAVE 畜生共

 零、壱、弐式部隊が滞在しているホテルを警護する参式部隊の5人。


 夜の12時は肌寒い。

 参式部隊は明かりで周囲を照らすことなくホテルの周りを歩き回って異常が無いか調べ回る。

 特殊機動鎧装(マンデイ)のヘルメットに搭載された暗視ディスプレイによって昼間同然に周囲を見渡すことが出来る。


 そんな中、ヘルメットをつけていない前髪重ためで細身の男、犬走(いぬばしり)は他の4人以上にこの夜を警戒している。

 なぜなら既に臭うのだ。それはノイズの兆候。少し鼻を伸ばせば異臭が鼻腔に突き刺さる。血の臭いが染み付いた異様な空間。命を狙うケダモノの臭い。


(スンスンっ)


 より詳細な情報を求め、頭を振ってかき集める。

 そうして、犬走(いぬばしり)は周囲に事態の変化を呟くように知らせる。


「南から来る。13フェイズに移行」

「風下じゃねぇか。相変わらずキモいの一言に尽きるぜ」


 5人の中で1番体の大きな男。五島が一番にリアクションをとった。突然の襲撃者が来たという情報に対して、焦りなど微塵も無い。

 それよりも味方の超能力じみた変態的嗅覚に呆れる。他3人も同様だが、今更声に出すことでもないと黙って報告を聞く。

 犬走(いぬばしり)も余計な会話はしない主義で、いつものように五島の独り言で終わる。


「あと数分もしたらここに血の匂いが漂う」

「なんで未来の匂いが嗅げるのかね。

 って、ここが戦場になるのかよ」


 五島も今更驚かない。ただ、思ったことは声に出してこ言わせてもらうのが五島の主義である。

 常日頃からオーバーリアクションを心がけている五島は無視され、この隊唯一の常識人という認識である三浦が話を深堀る。


 「相手はどこだ?」そんなアバウトな質問は普通なら「そんなの知るかよ」で一蹴されるであろう。しかし、そうはならないのが参式部隊の犬走という男である。


 取得した臭跡情報を整理して、左耳の下を人差し指でトントンと叩きながら、言葉をこぼしていく。


「白色赤色、それから青と黄色の匂いがする」

「ならロシアに中国、アメリカとドイツだな」


 この超感覚的情報解析処理方法が犬走の特徴で、匂いから読み取れる色で国の識別をしている。

 出会った当初はそのトンチンカンな報告に頭を悩ませていたが、それなりの時間を共に行動していればさして考えるようなことでもない。

 国名や国旗、特産品や文化財からその国が分かるように色で判別できることになんら不思議はない。



「数は?」

「澄んでる」

「少数か。まぁ、ここまでくるなら少数だよな」

「ここまで来る時点でおかしいけどね」


 噴出すると思われる血液がどれほど空間を侵食しているかで、大方の人数を把握することが出来る。

 出血しない者の感知は無理なのだが、参式部隊は襲撃者を無傷で帰国させるほど優しい集団ではない。

 そのことからも犬走とは相性がいい。


「んー」

「どうした?」


 口元を絞り唸(うな)る犬走のあまり見ない表情を不思議がり、その答えを求めた。


「若干淀みがあるような」


 耳の下を叩いてた指を止めて首を傾げる。


「お前が煮え切らないのは珍しいな」

「これまでの経験則からいえば、俺たちの血が流れることになるよな」

「だな。とりあえず不測を予測しておくか」

「「「「了解」」」」


 不安が蔓延するのは予想以上に早い。

 それでも、一応の隊長である五島の一言で空気が引き締まる。隊長としての資質は申し分なく持っている。しかし、確かな問題が五島を頼れる隊長とはさせてくれない。


 話しがまとまってこれから作戦を立てようと考えていたところに五島が犬走の耳元で呟く。

 呟くと言っても五島の声は野獣のようにでかく空気を大きく振動させる。



「ところでその淀みは誰のかわかるか?」

「手当たり次第近くにある色を雑に混ぜたような下品な群青色の臭いがする」

「っしゃあ!俺だぁああ!!なぁっ、俺だよなぁ!?ワッフルゥゥゥ!!」


 犬走は淡々と答え、その尖り舐め腐って蔑まれているような表現をされたのは誰か。


 五島は両腕を上げて月を破壊する勢いで咆哮をあげる。


「お前ならいっか」


 三浦は非情とも思えるような発言をするが、これは全員の考えが一致している。


 『五島ならどうでもいいや』と。


「あと盛大に撒き散らす」

「なお良ぉしっ!」


 さらなる追加情報に、月を飲み込まんとする勢いで天を仰ぎ口を開く。

 極限の興奮状態により、身体中から熱気が漏れ出ていた。


「うへぇ、臭すぎて鼻が曲がりそう。鼻直し鼻直し、と。

 ン゙ン゙ン゙ン゙っ!!ハーブの匂いぃぃいい…ハーブ風味の酸素が血管から感じる」


 犬走は未来の臭いがあまりにも酷かったようで鼻を曲げてブルブルと震えながら、腰に付けたポーチからさっと葉っぱを2枚取り出して鼻に押し付け胸を大きく膨らませると新世界へとトリップした。

 その行為を咎めるものは誰もいない。

 人間誰しも人には言えない秘密がある。


 この行動について、4人は何も聞かされておらず、怪訝な表情で見守り続けている。

 本人に伝えることはないが、変だとは思っている。本人には言っていないが、変だとは思っている。



「そんじゃ、A地区B地区C地区に分かれるぞ」

「お前、B地区言いたいだけだろ」


 隊長として部隊を仕切る五島は早々に三浦から鋭い指摘を受ける。

 それに対して憐れむような視線を送り、やれやれといった感じで言い返す。


「あのなぁ、ものの名前には必ず意味があるんだよ」

「それならちゃんと納得させてくれよ」

「納得させる必要あるのか?」


 先の発言から分かるように、破滅願望がある為、基本的に五島の立てた作戦には否定から入る。それが部隊の存続に繋がると考えているからだ。

 味方を無為に失わないために、煮詰める必要がある。話し合いの末、みんなが納得すれば問題なし。


 唯一の常識人としての自覚がある自分がやらなくてはいけないという責任感を強く持っている。でなければすぐに崩壊してしまうだろうと。

 この個性的な者たちを引っ張るのが五島の役目、それを繋ぎ止めるのが自分の役目。

 逆にこの部隊ではそれくらいでしか役に立てないと思っている。

 自分の強みは接着剤的活躍ができること。平凡ながらどんな形にもなれる柔軟性を持っていること。


 相手は脳筋。いや、脳脂。

 ぎった脂にまみれたケダモノの脳みその持ち主。

 と、長い付き合いの三浦は考えている。

 別に蔑んでいるわけでもなく、日常生活においては仲がいい。

 戦闘時以外の場面では頼れる人間だ。

 つまり五島をいい人間と評価するにあたって、自衛隊という職業はすこぶる相性が悪い。

 しかし天職であり、最も自分のポテンシャルを発揮できる場所となる。


 この異常性を日常で爆発させない為には格闘技も性に合っているだろう。事実、学生時代は柔道で輝かしい成績を収めていた。

 適度に発散させなければとっくに囚人となっていたに違いないと、三浦は常々思っている。


 そうして五島はB地区の重要性を説明する。


「今回B地区は完全非戦闘区域とする。侵入した場合は弾いてつまみ出せ。丁重に扱えよ?フェザータッチを心がけろ、爪痕は残したくない。あそこには江ノ島に繋がる橋があるからな。しこりは残したくない、間違っても乱暴するなよ。紳士的対応を期待してる」

「さいですか」

「ほんと欲に忠実だな。いつ犯罪者になっても驚かないのが幸いだ」


 五島の独特な言い回しに呆れる面々。


「おいおいケダモノって言ってくれよな。この世で1番自由な種族だ。

 ただし、人に迷惑かけないケダモノな。ここ大事」

「俺たちに迷惑かけてるけど、俺たちは人間じゃないってことでいいか?」

「意地悪言うなよ。そこは信頼だろ」

「どうだか」


 そんな茶番は置いて話を続ける。


「俺はB地区をいじる時、必ず金を払うし人を殺す時も規則内でやる」

「隊長…哀れすぎて笑えない。強く生きろ」

「こいつ昔からモテないんだ。オーラが滲み出てるんだろうな。おかげで隣にいる俺がまともでいい人に見えるみたいでさ、意外とモテてるんだ。

 銀の壺でも隣が銅の壺なら輝ける。てことで、相対的優良物件になる」


 急なカミングアウトは聞く方も対応に困る。


 そんなこんなで参式部隊は襲撃者たちを迎え入れた。

 ちなみに、完全武装は三浦のみで五島と犬走は頭部を外して残りの2人は完全に生身。




 A地区で待ち構える五島と三浦に対して、襲撃者はフル装備で正体を隠して正面から襲いかかってくる。



「初メマシテ、サヨウナラッ」


(ダダババっ!)


 正面から突っ込んできた襲撃者はスライディングと同時に銃を発砲する。

 五島は射線から外れるために前方へ跳躍する。

 襲撃者の銃口は五島の動きに合わせて前方から上方へ半円を描く。


「日本語勉強したんですかぁ!ようこそ日本へ!そんで死ねぇぇぇぇ!」


(ダダババババババババっ!)


 弾が当たらない。会話する余裕すらあるときた。

 襲撃者らその鬱憤を晴らすように引き金を力強く握り続ける。


「オマエガシネッ」


 慣れない日本語、その端から苛立ちが見える。


 襲撃を任された者の技術は本物で、まさかこの距離で避けられるとは思いもしなかった。

 動きに合わせてすぐさま修正と予測をしていくが、それを上回る五島の跳躍。それは時間にして1秒にも満たない高速の攻防。

 自分の腕より相手の体の方が俊敏に動くなど道理に反している。ましてやその重装備でなどもってのほか。

 分度器の内側と外側をなぞっているようなものだ。どちらが早く半円を描くかなんていうのは火を見るより明らかで、ありえないことが起きていた。


 頭上を越えようとしている五島に混乱と怒りをぶつける。


「ナンナンダヨ、オマエハァァアアア!!」

「初対面なら名前で呼べよ、礼儀知らずの風下野郎がぁぁぁあああ!」


 前宙の要領で、空中で逆さになりながらも相手を体の中心に置いて引き金を引く。


(ダダバババババババっ)


 全弾命中、着地する間に数十の弾丸がフルアーマーを貫いて頭から足先まで穴だらけになり鮮血が漏れ吹き出す。

 襲撃者がその場で膝を着くと同時に五島は背中を向けて着地する。


 被弾無しの完勝。


「…んぁ?俺の名前を知ってるわけないか。死人に口なし、訂正はいらねぇよ。地獄で俺の名前を叫んでろ。

 全く…粗茶な野郎だぜ」



 正面から来る敵は正面から、奇襲して来る敵は全てを受けてから。

 それが五島の流儀。



(ダダババっ!!)


「ぐどあっ!!」


 勝利の余韻に浸っていた五島はもろに銃弾を浴びた。

 左後方から完全に気配を消して気の抜けた瞬間を狙い撃ち。

 奇襲は大成功。


 五島は戦闘開始前に期待していた通り、弾丸の雨を浴び鮮血を撒き散らす。

 その表情は笑顔に満ちて……いない。

 苦痛に顔を歪ませ、力みすぎて歯が欠けた。

 当然、痛いものは痛い。


 奇襲により無防備な背後を取られ簡単に被弾した。五島の望み通りのシチュエーションが実現し、それを傍で見ていた三浦は激怒する。


「ちっこの死にたがりがっ!1人で死ねよ!目を覚ませ五島!お前に言ってんだよぉぉぉおお!」


 五島程の身体能力があれば、なんら脅威になり得ない奇襲。それに特殊機動鎧装(マンデイ)も感知し警告を出していた。それを知っているからこそ、気づいていてわざと避けなかったと判断する。

 そして銃弾が少し逸れたのを察知したのか、さりげなく体を傾けた。

 この異常な光景を何度近くで見てきたことか。


 この結果に五島は激怒する。


(ダダババっ!!)


 振り向きもせずに背後にいる襲撃者の頭部を撃ち抜き、地べたに這わせた。

 瞬撃。俗に言う神技に値する一連の動き。


 瞬きよりも速く死んだ男。


「痛ってぇんだよ、こんちきしょう。なんてことしてくれたんだこの陰茎もどきがっ!!」

「なぁにがこんちきしょうだ、自分から突っ込んでったよなぁぁああ!」

「許さねぇ、ぶっ殺してやる」

「もうお前が殺したよ。脳天貫かれなきゃ正気になれねぇってのをよぉ!ほんとそのクセ治せ」

「くっそ痛てぇ」

「当たり前だろ。なんで毎回終わってからその終わってる思考に後悔するかね」


 俗に言う賢者タイムである。

 加速度的に思考はクリアになり、周囲の状況を把握し今後の動きを予測していく。

 欠点が無くなった五島は非の打ち所がない。先程自身で言った通り、不測の予測を可能とする頭脳が働き始める。


「ふっ後悔は何回したっていい。やった後悔やらなかった後悔、それだけ真剣に考えた結果だからな」

「お前はいつもしてるけどな」

「それが成長に繋がる」

「出会った時から1mmも成長してないけどな。弾丸何発も頭に撃ち込まれて成長しないってそれはどうなの」

「勝てば生者、負ければ死者。

 俺はそういう世界で生きてっから」

「はぁ。お前の死に様を見てみたい」

「それは無理だな。俺は寿命で死ぬって計画立ててるから。そんで山の中でひっそりと死ぬってのが俺の人生設計になってんだ。地球が滅亡しようと火星に移住しようとそれだけは譲れねぇ」

「さいですか」

「火星に山あるかな?」

「知るか、死ね」


 これまで三浦は口論で五島に勝てたためしが無い。いつも脳脂トークに胃がやられて諦める。




 場面は変わってB地区。


 参式部隊の森川は潜む。気配を消した森川を見つけるのは機械でも困難、しかし今回は潜んではいても気配は消さない。


「さぁて、誰にしようかなぁ」


 誰にも聞こえない声で呟く。その眼光は鋭く野生動物のように瞳孔は縦に開かれている。

 視野角320°。森川には見えないものが見えている。



 そんな中、誘われているとも知らずに1人の大男が森川の背後をとった、掴んだ、絞めた、勝った。


 大男は森川の首を前腕と上腕で握り締めて持ち上げながら歩みを進める。脚は宙ぶらりんになり、スタンディングスタンを決められた森川は苦しい表情を浮かべる、



 やがてA地区へとたどり着き、五島たちを見つけてニヤリと嗤う。


「フハッ!仲間の命が惜しけりゃ武器を置けっ」

「みんな…ごめんっなさい。んくっ」


 かなり日本語の上手い大男の声はよく響く。


 筋肉に拘束され、体を動かせずもがくしかない森川。首を絞める腕がゆっくりとさらにきつくなる。それにつれて漏れる息も多くなり、鼻の穴も広がる。


「はわ…んっかふっふがっ」


 終始苦しそうな表情でもがき続ける。が、その丸太のような太腕を動かすには至らない。大男がリアクションを取らないくらいの力の差が両者にはあった。


「わかった。武器を置くからそいつを解放してくれ」

「ダメっ!隊長!!」

「フハッダメだろそりゃ。戦う者の生き様じゃねぇなぁ。情けねぇ隊長様だっ」


 2人は森川の叫びを無視し、武装を解除していく。そんな2人を見て体の力が抜けたのか、抵抗していた両手をだらりと下げた。


「…お願い。私のことはいいから。お願いだから…みんなの足を引っ張りたくないのっ」


 消え入りそうな声で呟くと、涙がポロリとこぼれ、頬を伝って大男の腕に落ちる。

 それに気分を良くしたのか、大男は森川の顔を覗き込むように目を合わせた。


 満足に呼吸ができず、体を震わせ涙が溢れ出す。それでも仲間の足は引っ張りたくないと気丈なセリフを言う森川に興奮する。


「ほぅ、健気だねぇ。その小せぇ体、食べたくな(ガブっ)んがっうぎゃぁぁぁあああっ!!」


 大男の野獣のような叫び声が響き渡り、勢いに任せて森川を振りほどく。


(ブワンっ!)


 なんの抵抗も出来ないと思われていた森川が首にくい込んだ上腕二頭筋を食いちぎった。

 なぜ、そんなことができたのか。完全に絞められていたのにどこにそんな余裕があったのか。


 それには2つの重要なファクターがあった。

 1つ目は今もなお流している涙が森川の顎、首、大男の腕を濡らし、それが潤滑油として機能した事。

 2つ目は森川の特異体質によって蛇のように、顎の骨を外して腕の隙間へと押し込み潜り込ませた事。


 あとは力の限り噛みちぎるだけ。



「お前は強い、それは認める。

 けどそれだけだ。どれだけ強かろうと捕食者は私だ。

 イキがるなよ、所詮武道者。

 なんだっけ?武の道に終わりは無いとか言うよな?お前らは。

 笑わせるな、途中で死んだらそりゃ敗者だ。

 私は完成されたこの肉体で勝ち続ける。

 完成された技術に型は宿り、完成された型に意思が宿る。


 実践は死ぬか生きるか、半端者が安易に足を踏み入れるからこうなるんだ。

 道半ばでくたばれ、そして己の愚かさを悔やめ。生涯半端を好む異常者が。

 そういう意味じゃ隊長もそうだけど」


「おいおい飛び火したなぁ。許可さえ降りりゃいつでもやっていいんだぜ」


 いつの間にか表情をケロッと変えた五島は犬歯を見せて森川に近づく。


「いつもそう言って、戦ったら隊長は死ぬから許可なんて必要ないじゃん」


 売られた喧嘩を買う五島。買わせることだけを考えてさらに煽る森川。

 2人の距離はどんどん縮まる。


「おいてめぇら、俺を忘れてん━━」

「いい所で入ってくんなよ腐敗臭漂わせた死肉が。お前はもう終わってんだよ」


 大男を見るために振り返るその顔は。

 涙を流し口端から血を垂れ流しながらニヤリと微笑むその表情は異様であった。


 右腕を半分食いちぎられ、無視され、言葉を遮られた大男は当然激昂し殴り掛かる。体格差を利用した純粋な力技。上から左拳を振り下ろす。


「っ!?このクソ女がぁぁああああ!!」


 鍛えているとか男女関係なく、平等に殴り殺せるのが大男の持つ天性のパワー。鉄塊を握りつぶせると豪語するその力は本物だ。


 特殊機動鎧装(マンデイ)を装着していない森川が受ければ一溜りもなく骨は粉砕するだろう。



 振り下ろされた左拳に合わせて、ヌルりと左腕を絡め取り、肩口にまたがりホールドしてから曲げてはいけない方向に腕を折り曲げる。


(ゴキュっ)


「ぐらぁぁあああっ!!!!」


 そのまま流れるように跳んで大男の頭に両手を着いて倒立の体勢をとる。これだけの事をされながら何も出来ない。機能しない両腕はだらんと力なくぶら下がっている。


(タタンっダン!)


 背後の壁に飛び移りワンクッション置く、壁を足場にして大男の背中に向かって力を込めた跳躍。


「大口開けたアホ面そのまま、咽(むせ)び死ね」


(ゴキュっ!)


 最短最速の飛び膝蹴りが大男の脊髄に衝突し首をへし折った。


 



 その後は数カ国参加の大乱戦となり、参式部隊は負傷者1名。襲撃者全滅。

 負傷者となった五島は望んだ負傷ということで実質被害ゼロ。という結果で事なきを得た。



 参式部隊の5人目はカメラ片手に戦場を駆けた。

 映し出されたビデオには各々の活躍シーンがまとめられている。既に編集済みの手際の良さ。



 it's so cool集。


 襲撃者の射線上にいる三浦を庇うように五島は腕を掴んで引き上げた場面が流れる。


『危ねぇっ!お前には傷1つだってつけさせやしねぇぞ!

 傷つけたかったら俺にしぐぼっ!!』


((ダダババっ!!))


 前方後方から計4発。カメラのアングルからでは五島の後方には三浦しか映っていない。

 にもかかわらず、どこから飛んできた弾丸なのか。画面越しではその真実にたどり着けない。


「隊長カッコイイっ」



 場面は変わり、30m先に森川を捉える。移動に合わせてカメラも追いかけるが、気づけば画面から森川の姿が消えていた。


『趣味が悪いんだよ』


(ダッ!!)


 声に反応して素早く振り返ると右手が伸ばされ。


(ブヒュンっ!)


 一瞬にして場面が切り替わり、50m先にいる森川を再び捉えた。カメラに気づいた様子は無くその後、映像は3分続いた。


「森川の察知能力はほんとに化けも━━おっと寒気が」


 最後はハーブで堕ちる犬走が地面に倒れて終了した。


 5人目はしたり顔で現場を離れると、小石につまづいてカメラのレンズを割った。

 その場に力なく倒れ、五島に回収されるのであった。


 ながらカメラはやめましょう。



 なぜ、複数の国が仕掛けてきたのか。そんなことに興味も関心も無い参式部隊。





 5人がそれぞれの部屋で目を覚ますとそこは知らない天井。

 自分がなぜ寝ていたのか、どうやってここへ来たのか、今は何時何分なのか、その一切が分からない。


 まず体を起こして確認したのは体に異常は無いか。問題は無かった。

 次にどんな部屋なのか。まるで病室、白い部屋に白いベッド。

 ドアの施錠を確認して再びベッドに戻る。


 これが約1か月前の出来事。

 


 万が一にも同じ時間に違う場所で目撃されたらまずい5人の記憶。


 若葉社長は重い腰を上げて語り出す。

 闇に葬り去られたはずの人智の遺物を。大罪の禍根を。

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