第十一WAVE アンダーグラウンドモンスター

 1990年。


 新薬開発に勤しむ若き日の若葉社長の姿があった。


 その新薬の効能は肉体強化。

 従来のものとはかけ離れた、人間が翼を手にし空を飛ぶことを実現させるための薬。

 ロマンを追い求めた至高の実験。


 その薬が完成すれば、骨、筋肉、臓器、神経に作用し驚異的な身体能力を得ることになる。


 そんな思いの中、試作品は完成しマウスでの実験を開始した。

 しかし、ここからが長かった。


 突然死や凶暴化、衰弱に神経麻痺と様々な症状が現れた。

 幾度となく改良を続けるも、成功の兆しは見えなかった。


 そんな中、コンピュータの発展により試行回数が飛躍的に増加した。

 他の開発も並列して行い資金を増やしては最新機器を購入し新薬の改良に費やした。




 開発から7年。

 ついに完成した新薬、人限超尽NΩアンディシンバー


 新薬を投与されたマウスは壁を4度蹴った。ハエを捕まえ、寒暖に耐え、高所からの落下にも壁を利用して生還。

 そして約2年の寿命を全うした。



 自分の体で試すにはリスクが高すぎる。そこで利用したのが企業。必ず欲しがるであろうところに声をかけて協力を持ちかけた。

 大企業だから取れる手段というものがある。


 どのように人体実験をしようかと模索する中、1つの企業が変わった提案をしてきた。

 内容はクローン人間を使った人体実験。


 とある国がその技術を提供してくれるということで話を持ってきた。

 他国の協力を仰ぐことで秘密裏に、そして大々的に実験を行うことができる。ただし、見返りは新薬の提供。


 企業の者たちはいい顔をしなかったが、近々クローン人間が法律で禁止されるという話も上がってきたという事もあり、若葉が押し通した。



 約9年間の実験も佳境を迎えた。


 1999年。

 日本、アメリカ、中国、ロシア、ドイツ、フランスの6ヶ国の者たちが一堂に会し、全員が自身のクローンを作成し新薬を投与した。


 結果は良好、クローン人間が法律で禁止されてからしばらく経った頃。

 3年程が経過し、ついに新薬をお抱えの新人スポーツ選手に投与しようと動き始めた時、事件は起きた。


 厚さ20mmのガラス面に囲まれ完全な監視体制を取っている20m四方の部屋からクローン人間6人の姿がきれいさっぱりと消えた。


 映像を確認すると信じられない光景が映った。

 クローン人間は床に溶け込むように沈んでいった。以降、姿を確認できていない。

 あまりの速さに、一度目は瞬きをして見逃してしまうほどに。


 どこかで野垂れ死ぬことを祈って、アンノウンと名付けられた。

 この事件は日本だけにとどまらず、他の5カ国でも同じことが起きた。


 この信じ難い現実に、罪に、皆が蓋をした。



 これが神奈川陥没の真相の一端。



 いつか来る最悪に備え、ただ1人若葉は研究開発に勤しんだ。アンノウンに対抗出来る手段を。

 アンノウンが生きていると確信しているかのように没頭した。新薬を開発した張本人だから予期したのか。

 若葉の忠告は受け入れられず、1人でこの30年間戦っていた。

 そして、若葉だけが対処を可能にした。

 特殊機動鎧装(マンデイ)の開発により、今がある。


 開発が失敗に終わった時のことを考えて予め取っていた手が、クローン人間を新たに作成し人限超尽NΩアンディシンバーの投与を施すことだった。


 被災地に赴き、意志の強そうな子供たちの血を拝借し、自衛官になることを祈った。


 しかし3年の時限式、クローン人間を作ったはいいものの、投与から3年で処分する必要があり、その繰り返しだった。

 3年を過ぎると手に負えなくなるのでそれ以外の手段が取れない。


 この時、若葉は自身がマッドサイエンティストだという自覚が芽生えた。

 処分を定期的に繰り返し崩壊しかける精神を保つためには必要な称号だった。


 そうして奇跡的に自衛官になったのが零式部隊の5人だった。



「当然だが、君たちには悪いと思っている」




 そんな話しを聞かされた5人は意外にもすんなりとこの事実を受け入れた。


 モニターに映るもう1人の自分は、アンノウン改め伏潜種(ハイド)と死闘を繰り広げている。

 そこに自分の、一個人の意思が介入できる状況では無いことを理解している。


 控えめに言って、人類の存亡を懸けた戦いに他ならないからだ。




 10月11日、日の出と同時に出陣する。

 ヘリコプターを使ってそれぞれ零式、壱式、弐式部隊が降下していく。



 15人は3日前まで生活していた地下9600mに到着し、目の前に広がる異様な光景に一同驚愕する。



「いつどこでだれがなにをしたっ」


 誰かの呟きが巨大な穴の奥へと消えていく。


「そりゃあいつらしかいねぇだろ」


 自然と漏れ出す言葉の数々。


「こんな、こんなことがあっていいのか…」


 加速する動悸によって押し出された肺の空気が言葉になる。



 3日前まで使用していた慣れ親しんだ直径5m程の横穴は見る影もなく、目の前にあるのは1つの大空洞。


 直径数十mはある巨大な穴。15人全員が一斉に入っても不自由しない広さが、目の前に展開されている。


「分かりやすく誘われてんな」

「向こうは分裂増殖すんだろ。物量で押し切るつもりか?」

「の割りには大人しいじゃん。踏み入れるまでは手出ししないってか?紳士気取りってか?レディーファーストってか?琴平の姉貴が一番槍ってか?」

「嫌な感じっすね」


「お前ら気を引き締めろ!いつ床や地面から攻めてきてもおかっ━━━おかっ…おかしい!」



 正面に広がる暗闇の中で何かを見つけた。

 1人が観測したことで明らかになるその存在。


「おいおい、趣味が悪すぎるぜこいつら」

「とうとう正真正銘の化け物になったか」

「誕生日か?祝ってやるぜ、盛大なクラッカーでな。

 は?ビビってねぇし、やんのか?あ?やるって決めたら止まんねぇぞおらこら。琴平の姉貴ィ!」


 その不気味な光景は、この1ヶ月間で形成された覚悟を容易に上回った。

 最後の1人は気丈に振る舞うも声は震えて引き金を引きそうになる。



 2体は正面を向いて四つん這いになり、2体が肘掛けとして体の形を変え、1体が背もたれとして体の形を変えて融合している。

 5体が組み合わさり豪勢な椅子を再現していた。


 両サイドには数体がチューイングガムのように体を縦に伸ばして螺旋状に絡まり、1本の柱を再現している。


 その両サイドと後方で数十体が姿勢を正し整列している。

 

 まるで宮殿にある王室の一場面を再現しているような。


 そして玉座に座る1体の伏潜種(ハイド)はふてぶてしく脚を組み肘をついて顎を乗せている。

 表情は読めないが確かに笑っているのがわかる。


 見てわかる通り、この間までは無かった上下関係が構築されていた。それよりももっと強固な主従関係を感じさせる光景に息を飲み足が竦む、


 そう、零式を除いて。


 5人の瞳には一切の揺らぎがない。

 覚悟の質が違う。見えているものが違う。生きている次元が違う。

 そう思わせるほどに威風堂々とした様相。


(バチュンっ!)


 開戦の狼煙が上がる。


 生存を懸けた最後の戦いが始まった。




 同じDNAを持つ生物が伏潜種(ハイド)という化け物になって地下で暴れている。

 その事実から老越(おいこし)は流れを掴んで、過程を引っ張りだした。

 偽りで組み立て補強した空想展開。

 その情報をジャーナリストの久保はある筋を使って放送局に流した。



 とある放送局にて。

『緊急速報です。たった今入ってきました情報によりますと━━』


 あまりにもあっさりとそれは放送された。




 零、壱、弐式部隊を地下へ送り出し、仮設本部に腰を置いた7人。


 有明(ありあけ)幕僚総長、旭(あさひ)陸将と東(あずま)将補の3人。防衛大臣秘書官の籠就(かごつけ)、政治家の綾町(あやまち)、大手食品メーカー社長の尾縄(おなわ)、三吹(みすい)。

 若葉はあの日以来姿を見せていない。


 静かな空間に電話のコール音が鳴り響く。


(クロロンロンロンロンロン!クロロンロンロンロンロン!)


 みんなから視線が集まる中、尾縄はポケットからスマホを取り出し不機嫌な様子で電話に出る。


「なんだ、今大事な会議中だぞ。知ってるよな?」

『て、てて、テレビを見てくださいっ!』


 スピーカー設定では無いにも関わらずかなりの音量が漏れ出す。


「そんなん見てる暇なんかねぇからっ!」

『あんたそれでも企業のトップですか!逐一情報をインプットするのも仕事の内だろぉがよ!』

「なんて口聞いてんだこの野郎っ!」


 漏れ出た会話を聞いた綾町がモニターをつける。

 流れたのは報道番組で、キャスターが原稿を読み上げていた。

 左上には赤枠で文字が囲われて『神奈川県の一部陥没から1ヶ月。ついにその真相が!?』と大きく表示されていた。


「な、なな、なんでこの情報がっ!誰かが漏らした?」


 これに尾縄が大きな声をあげるが他の者たちも驚きを隠せないでいた。


 そんなことを知る由もなくキャスターは読み上げ続け。


「バカか!事態の大きさが分からない訳じゃないだろ!こんなことを全国…いや!世界に流してこれからどうなるか考えが及んでないのか!日本は終わるぞ。

 ふざけるな…世の中バカばっかだ!」


(ダンっ!)


 感情を抑えることなく机を強く叩く。


 しかし、すぐに気づく。報道の内容にかなりの齟齬があることを。そして考える。



(誰がこの情報を漏らした。こんなことをすれば今までの信用が地に落ちる。一巻の終わり。この中にいるのか?裏切り者が。

 いや、メリットが無い。誰か一人でも落ちれば道づれだ。協力関係であって仲良しって訳じゃない。


 だって俺ならそうする。


 幸い名前は出てない。そこまでは情報を集めなかったか。ここまで知っててそんなことあるか?あるはずが無い。意図的に名前は伏せてるのか、この後脅してくるか?


 くそっ!何が目的だ。


 俺の余生は無いのか?

 どれだけこの国の食に貢献してきたと思ってる。どれだけ支えてきたと思ってる。どれだけ発展させてきたと思ってる。


 人生100年時代。半生を日陰で過ごすなんて耐えられない。

 生きねばならない。陽の光の下で輝かしい栄光を侍らせ生きるべき人間。


 それに最近孫が生まれたばかりなんだ。一人娘に嫌われたくない。孫のこれからの幸せを奪いたくない。娘たちをメディアに露出させてはならない。

 今まで鍛え上げてきた生命力を発揮してしがみついてでも生き残れ。


 生きる。必ず生き抜いてみせる。

 孫にお年玉をあげて年末年始を幸せに過ごすんだ。

 娘夫婦と孫の涙に溺れて死ぬんだ。)


「さて、今後の動きを説明してもらいましょうか」


 有明(ありあけ)幕僚総長が問い詰める。鍛え抜かれた肉体、数々の修羅場を乗り越えてきた精神力を持つ男の前に、大企業の社長も喉が閉じる。


 この歳になって尾張は脳みその皺が1つ増えた。




 そして、この情報は地上で待機していた参式部隊の耳にも届いた。


 これにいち早く反応したのは五島だった。

 隣にいた三浦に昂った感情をぶつける。


「おい聞いたか!

 化け物に興味はねぇが、人間の化け物と言われちゃ話は別だ。

 行っていいんだよな?行けるよな?

 しかも無限に増殖すんだろ?やりたい放題じゃねぇか。天が俺に味方したな、日頃の行いってやつかな。


 そんじゃ準備すばぅ!!」


(ダダババっ!!)


 勢いよく走り出した五島の両足に4発の弾丸が撃ち込まれた。


 倒れる五島、銃を肩に担ぐ三浦。



「ばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばか」


 100m先から何かを呟きながら上官がものすごいスピードで駆け寄ってくる。


「ばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかバカバカバカバカバカバカバカバカバカ馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿バッカ野郎!」


 絶え間無く乱れ無く、三浦の目の前に到着するまでそれは続いた。


「こんなところで撃つな!常識だろがい!ハァハァ…。

 お前さ、この際だから言っとくけどよ。

 自分だけ常識人だと思ってる節あるけどそんなわけねぇからな。

 普通のやつは人を撃つのにそんな簡単に引き金引かねぇから。ましてや五島は仲間で友達だろ?

 こえーよ、頭のネジ1本ボルトになってんじゃねぇのか。

 神経通ってねぇだろ。

 てか、何発撃ったんだ?報告しねーと」


 まくし立てるように、つらつらと反発の隙を与えることなく人格否定をかまし、罵倒を混ぜこみ、事務処理を行う。


「4発です。

 ただ、仕方ないんですよ。こいつは弾丸じゃないと止められないんです。長い付き合いの俺が言うんですからそれが正しいんです」


 うんともすんとも微動だにしない三浦は淡々と義を語る。

 その姿、煩悩を身につけない坊主の如く。


「当たり前の事なんだがよ、自分がされて嫌な事は人にしちゃダメなんだぞ」

「もちろん。

 五島になら撃たれても恨みません」

「お前…人間失格っ!」

「突然なんですか、異能力ですか?そういう時期ですか?わかります」

「違ぇし、怖ぇし、うぜぇしもういいわ」

「熱意あるご指導頂きました!では、失礼します!」


 上官に頭を下げて五島の傍に駆け寄り、腰を落として肩をゆする。


「早く起きろよ。ってあれ?おーい」




 三浦に撃たれうつ伏せに倒れた五島は自意識に没入する。



 血液の流れでどれだけ興奮してるかわかる。

 研ぎ澄まされた五感でどれだけ冷静かわかる。

 心の落ち着き具合でどれだけ絶好調かわかる。


 血が肉を侵食し肉が血を喰らう。

 撃たれた痛みもない。一呼吸で失った血液を補充できる。


 いつになく自分の体が頼もしい。

 完全無欠とはまさにこの状態。

 ふんどし締め直せ、ここが盛り時だ!苦渋千万、骨まで味わい尽くせ。



 がばっと顔をあげる五島。


「行くぜ!アンダーグラウンド!待ってろ!所詮人間の化け物ども!真のケダモノが食い荒らしに行くぜ!」

「なんだ、体のスイッチが入ったか」


「1匹残らず、はらわた煮えくり返してぶっこ抜いてやる」

「ちょ、待てよっ。

 お前だけ楽しむなんて許されねぇよ。参式部隊総出で行くぞ」


 五島の熱意を持ってしてできないことは無い。故に三浦は五島をそそのかす。

 より楽しくなる展開へ。真面目に考え、仲間が死なない事を念頭に、五島との共闘を楽しむ。

 そのため、時に止めることもあるがそれは五島のより強い反発を生み出すため。

 そうなってしまえば上官であろうと止められない。


 実績の暴力で上官を殴る。


「お前ら全員飛び込めぇ!」



 中央に鎮座する大仰な伏潜種(ハイド)が両手を大きく広げて言葉を飛ばす。


「君たちの侵略、見せてもらおうか。

 踏み荒らし大歓迎。地下の大迷宮に潜って死に絶えることを切に願おう。

 安心してくれ、このとおり君たちの墓穴は掘っておいたから。

 それとも日本人なら墓標の方が良かったかな」


(バチュンっ!)


 言い切った直後、まるで迎え入れるかのように伏潜種(ハイド)は眉間を撃ち抜かれた。

 表情は見えなくとも喜色を感じる声音だったことはわかった。


「ちっ、わざと殺されやがった。てことは、あれだけの知能を持ったやつが既に増殖してやがるのか。厄介すぎる」


(((((((ぺちぺちぺちぺちぺち)))))))


 侍り立つ数十の伏潜種(ハイド)たちによる、不愉快極まりない喝采に包まれ、どこからともなく1つの声が反響する。


「ここからは総力戦。死ぬ覚悟のできた生きたいやつだけ潜ってくるように。

 貫き通せない意志に力が宿ることは無いのだから」


 今さっき死んだ伏潜種(ハイド)と同じ声質、声音。

 意地の悪いことに、どうやら地面に姿を隠して見ているようだ。

 かなり反響しているようで、特殊機動鎧装(マンデイ)でも声の発生源を特定するまでには至らなかった。



「言ってくれるじゃねぇか。化け物が人の心をわかんのか?けどまぁ、それを証明してみせるのも悪くねぇな」


(バチュンっ!)


 伏潜種(ハイド)の言葉に胸を踊らせ電磁兵器(レールガン)を放つ。

 それを合図に一斉射撃。


((((((((((((((バチュンっ!))))))))))))))


 

 銃声が鳴り響きパタパタと大量の伏潜種(ハイド)が倒れていく中、姿の見えない声は響き渡る。


「あえて言うことでもないし、少し考えればわかることだけど。

 私たちはこの戦いを最後に地上へと赴き、新たな新人類として地球を支配する。

 土の中を移動できるということは簡単に地上まで行けるということ。

 さぁ。第一波人類境界線戦の開戦だ」




(ズドォォォン!!)


 零、壱、弐式部隊の後方から轟音が響き、地が揺れた。

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9600M〜神奈川陥没〜 骨皮 ガーリック @honegari

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