第八WAVE 一時帰還

 高木は意を決して行動に出る。


「ごめん。俺死ぬかもしれない」


 そう語ったのは他でもない、伏潜種(ハイド)のDNAを取りに行くからだ。


 というのも、地上からの連絡で明日、地上に一時帰還することとなった為、今日しかないと覚悟を決めた。


 伏潜種(ハイド)の何を取りに行くのか。髪は無く皮膚や肉は溶ける。残されたのは血液。

 実際に電磁兵器(レールガン)を撃ち込むと傷口からピュピュっと少量の血液が吹き出る。

 それを採取するという、想像するだけで難易度が高いのがわかる。


 日を追うごとに厄介になる伏潜種(ハイド)を相手にやらなくてはならない。

 零式部隊なら簡単に出来てしまいそうだが頼ることはできない。

 高木にとっては彼らもその対象に入っているから。

 ということで今までも命を懸けて戦っていたが、さらに命を危険に晒そうとしている。



「アホ。俺も協力するって言ったろ?仲間はずれにすんなよ」

「そういうわけじゃなくて、これはホントに危険なことだから」

「だからこそだろ?危険な所に1人で向かわせる仲間がどこにいるよ」

「業務外の事だし死ぬかもしれないし」

「くどいな、そんなの今更だろーが。1回首を突っ込んだんだ、最後まで噛ませろよ」



 ここまで言われて断れるわけもなく、高木は唸りながら頷くことにした。


 善は急げということで、早速DNA採取に赴いた。


 決まりごととしては、採取するのは単独で出てきた伏潜種(ハイド)だけ。複数の場合は必ず撃退。少しでも迷ったら撃退。

 撃退第一。安全第二。採取第三。


 そのことを掲げて2人は動いた。





 翌日。シェルターにヘリが到着した。次々と乗り込み、3回に分けて全員が地上へと帰還した。


 すぐに近くの病院で精密検査が行われた後、ホテルで2日間の休息を言い渡された。



 ロビーのソファでくつろぐ琴平と佐久間。座ってるだけでも2人の性格が現れる。

 3人用のソファに座り、背もたれに両腕を乗せて、長い脚を大っぴらに組んでいる琴平。

 1人用のソファに座り、背もたれから拳一個分手前に腰を落ち着かせ、右手をコップの底に添えてスススと緑茶を嗜む佐久間。


「あぁ……。太陽光浴びた浴びた」

「本物の太陽は格別ですね。シェルターで人工光を浴びる時間がありましたが、エネルギーが体に染み込んでくる感じがありませんでしたからね」

「確かにがっちりエネルギー取り込んだね。ほら見てこのハリとツヤ」

「おぉ。この肌、確実に生きてますね。すごい吸い付きですよ」


 佐久間は前に出された腕をつんつんと指でつくと、琴平も自分の腕をニギニギと触って確認する。


「これは……ナメクジくらい吸い付くっ」

「そ、その例えはちょっと」

「えぇ、ナメクジ肌って呼んでもいいんだよ?」

「心から遠慮します」

「いやぁん。さくまみが冷たぁあい!」

「ちょっ。塩かけますよ」

「怖いっ!その眼鏡は本性を隠すためのアイテムだったのか!?とぅっ」

「あちょっ」


 目にも止まらぬ速さで眼鏡を奪い取り、ジロジロと眼鏡を外した佐久間の顔を観察する。


「ふむふむ。眼鏡ある時は可愛い系だったけど眼鏡を取ると綺麗系なのか」

「……いい加減にしないと怒りますよ」

「っ!ごめんごめん。慌てた姿が可愛くてつい」

「もう、指紋着いちゃったじゃないですか」

「正直好みだったりします」

「はい?」

「お風呂入りませんか?」

「っ怖いです!この流れでそれは怖すぎます!」

「切実に」


 佐久間が座っている1人用のソファの隙間に体をねじ込んで体を押し付ける。


「いい加減にしてください。もう……年上をからかわないでくださいよ」

「嫌われたくないのでこの辺で今日はやめときます」

「これからもやめてください」

「それは無理です」

「はぁ」


 琴平は自分のところに戻り、眼鏡のレンズを黙々と拭いてる佐久間を見ながらバッグからあるものを取り出す。



「ドドンっ!補給物資から持ってきたカップ麺!一緒に食べよっ」

「んん。カロリーが」

「今日ぐらい気にしない気にしない」

「うー。1日くらい…うー。1日……」


 カロリーのことで頭を悩ませているところに、男が1人ロビーを通る。


「あれ、お2人はせっかく地上に出られたのにカップ麺っすか。手作りの温かみ欲しくならないんすか?

 よければ地下でお世話になったお礼に振る舞うっすよ?こう見えて料理の腕には自信がかなりあるっす」


 ロビーを通りかかったのは壱式部隊所属の平川。テーブルに並べられたカップ麺を見て話の流れを読んだ。


「なんだ平川か」

「なんだって酷すぎっす。それとその目つき、本気で興味無いやつじゃないっすか」

「平川には私の上目遣いがそう見えるのか」

「いやいや、え?そんなギラついた目で言われても」

「そんなことはどうでもいい。

 私たちにそんなに食べてもらいたいなら仕方ないな。存分に振舞ってくれ」

「唸る覚悟しておいてほしいっす。妹大絶賛の料理を見せてやるっす」

「身内贔屓は不安だな」


 苦手なものとアレルギーを確認したあと、腕まくりをしてどこかへ消えていった。離れていく背中から滲み出る忠犬感。


「あれは懐いたら便利になるな」

「そんな直球な言い方…もっとこう、下僕(しもべ)とかあるじゃないですか」

「さくまみ。全然オリーブに包めてないよ」

「それなんて料理ですか。オブラートに包むですよ」

「下僕(しもべ)か、いいじゃん」

「…平川さんごめんなさい。余計なことを言ってしまいました」


 佐久間はスススと緑茶を啜った。





 高木の泊まる部屋に明石が訪れる。理由はもちろん1つしかない。

 インターホンを鳴らして部屋に上がり込む。


「よう、休めたか?とりあえず連絡はつけた」

「なるべく早くお願いしたいんだけど」

「ああ、このあと会う約束をした。すぐ近くにラボがあるから持ってこいって」

「そっか。信頼できる人?」

「そこは問題ない。」

「それは安心していいのか。とりあえずありがとう。今から行く?」

「ああ、早い方がいいだろ?」

「うん」


 机に置かれた四角い箱のようなものをカバンにいれて明石のあとをついて行くように部屋を出た。廊下は静かで物音1つしない。

 ホテルの入口を警備している参式部隊に声をかけて外に出る。


 地上に出てからホテルに入るまで常に参式部隊が目の届くところにいた。



 江の島の橋を渡って5分。目的の建物、片瀬江ノ島駅の裏路地に入ってすぐのところにある白い建物へ到着した2人は怖気づくことなくすっと入っていった。


 外観からは普通の4階建ての建物を想像する。


 中に入ると一面真っ白。最低限の家具が置かれているが生活感が全く感じられない。

 塵一つ落ちておらず、VR空間で再現された部屋のような印象。


「日進月歩っ」


 そんな声が聞こえ、部屋の奥から出てきたのは白衣を着た男。歳は40前半辺りだろうか、顔と頭の毛は一切無く、目のギラつきから少し若さを感じる。右手を上げて、左手は白衣のポケットに入れている。


 声に反応して2人はパッと振り返った。


「おっす。お変わりないようでなにより」

「人体の実験ができれば幸せだからな。最近は依頼が無くて毛と爪の実験してたから、このとおりほら」


 見てわかる通り髪や髭、眉毛もまつ毛も無い。ちなみに鼻毛も無い。そして両足の爪と左手の爪が無い。

 慣れているのか顔色ひとつ変えない明石と興味深そうに見入る高木。



「あっこんにちは。本日は急な依頼を引き受けてくれてありがとうございます。依頼した高━━」


「おっと俺に本名を教えるなよ?お互いのためだ。

 ということで自己紹介、平成に取り残された稀代の哀れなヒューマンマッドサイエンティストの老越(おいこし)…だっ!」


「老越(おいこし)って。超有名な名前じゃないですか。金融、製薬、建築」

「かっかっか。言ったろ?本名は教えないって、仮の名前だ。

 しかし、名前にビビる様なやつが首を突っ込める案件なのか?話しか聞いてないが極秘のやつなんだろ?」

「そこは心配しなくていい。こいつにはブレーキが付いてないからな」

「そりゃ恐ろしい。倫理観が無いなんて考えただけで恐ろしい」

「いやっ俺はただ、全員が平等であるべきだと思ってだな」

「それがなによりも恐ろしいんだよ」

「自分の身を案じない奴ほど怖いものは無いってのは昔からの定石だからな。うんうん」

「そんな、俺は極々普通の一般人だぞ」

「とまぁ、悠長にしてる時間はないんだろ?

 ついてこい。リベンジオブドアァっ!」


 白衣を翻しシュバシャっと扉を開けるとそこはエレベーターだった。

 3人が乗り込むと扉が閉まり、老越が非常ボタンを押すことで動き出した。


「秘密の地下だ。泥棒が侵入してもここは押さないだろ?」

「いい考えですね」

「そしてほんの少しの罪悪感を味わえる。脳への刺激は多い方がいい」


 10秒後、下降が終わって扉が開く。

 まさに研究室。ガラス張りでへやが区切られいろんな機器が置かれている。


「それじゃあ見せてもらおうか。未確認生物のDNA」

「はい」


 部屋に入ってからモニターが設置されている机の上に両手のひらサイズの立方体の鉄塊を置いた。


(コトンっ)


 老越は触らなくても理解する、目の前に置かれた鉄塊の異質さを。


「おいおい、やばそうな匂いがまとわりついてるじゃねぇか。当然、俺にやらせてくれんだろーな?てかやらせろ。拒否権は市役所でも発行してくれねーぞ」


 前のめりに覗き込み両手で持ち上げる。


「軽い。超技術によって製造されたのがわかる」

「目的のモノはその中に入ってます。慎重に開けてみてください」


 言われるがまま開けると中には4つの溝があり、血液が2つと毛が2本入っていた。


 そう、これは伏潜種の血液と零式部隊の琴平と出水の髪の毛。1000°C以上という高温すぎる血液を保管するために使った鉄塊は、潜行機動凱装(マンデイ)の壊れた結合部。ちょうどいいのがありそれを利用した。


 血液は撃ち抜いた時に吹き出したのを空中で拾い上げた。

 髪の毛は汗を拭いたタオルからこっそり回収した。

 悪いとは思ったがやらなければいけないと腹を括った。そうなった高木は止まらない、振り返らない。

 結果を出すことが懺悔になると考えている。


「こりゃ無理だな」

「えっ」

「毛の方は問題ねぇが、血液の方は器具が耐えられねぇって話だ。

 1000°Cに耐える容器か。もう少しこの部品、くすねてこれねぇかな」

「やってみます」

「おう」

「ほらな、今一瞬でも考えたか?そういう所だよ」

「考える場面じゃないでしょ。やるしかないんだよ」

「ははは、もうなんも言えねぇ」

「頼りにしてるぜ。って事で任せたし任された。

 まずは毛の方を取り掛かる」

「それではまた来ます」

「おう、3日もありゃできるだろ」

「1日でやってくれ、俺たち自由な時間が無いんだ」

「まったく、マッドサイエンティスト使いが荒いぜ。治験薬3個で取引だ」

「わかったよ」

「へへっ、言ってみるもんだな」


 2人はホテルに帰って潜行機動凱装(マンデイ)を探しにいった。

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