第七WAVE 思慮の旅

 特殊操逐潜行機兵隊が潜行を始めて1ヶ月。

 死者が出ることなく、伏潜種(ハイド)の撃退が進んでいる。

 しかし、一向に現状が変わる事がなく、疲労も見え始めていた。

 狭いシェルター内は十分なプライベートも無く、日中は穴の中へ潜行し撃退を繰り返す日々。



「あー、蒸れる!濡れタオルだけじゃ限度があるよ。一旦地上でシャワー浴びさせてくれないかな。ね?さくまみもそう思うでしょ?」


 部屋の中で体を拭く琴平(ことひら)と佐久間(さくま)。


「えと、そうですね」


 戸惑いを見せつつも同意を示すのとは反対にどんどんと会話を進めるていく。

 会話のリズムというのも性格もしっかりと理解して、くどくならない程度に会話を続ける琴平。


「後で出水(いずみ)に聞いてみよっか。上の人たちと話して少しでいいから地上に上がらせてくれないかって」

「話聞いてくれますかね」

「なんとかなるっしょ。てか、してもらわなきゃ困る。この拳が出水を殴るかもしれない」

「えややわわやっ」


 その自信はどこから来るのかと、突然の暴行宣言に戸惑う佐久間だが、琴平の言葉には信じたくなるような力がある、やってしまう行動力があると思っている。だから本気で慌てている。




 弐式部隊に所属している2人はシェルターの外で何やら話し込んでいる。

 1人は琴平に助けられたことがある高木(たかぎ) 正義(まさよし)。もう1人は高木の友人でもある明石(あかいし) 寄人(よりひと)。

 話は高木の疑問から始まった。



「なあ、なんで政府は情報を公表しないんだ?」

「整理できてないんだろ。間違った情報を流してみろ、ただでさえ異常事態なのに更なる混乱を招くことになる。そこんところ精査してんじゃねぇかな。情報社会だ、間違った事を言えばすぐにバッシングの嵐。発言権を持つと怖いよな。

 昔の人が知識を偉い人で独占したように、情報を偉い人で独占した方が平和なのかもしれないな」

「それにしてもここまで情報が出ないかね。俺には隠蔽してるように見える」

「そうかもな。でも、わざわざ知らせる必要も無いんじゃないか?知ってどうするって感じだし、できることもないだろ。恐怖を煽るだけしてなんになるよ。それこそアレしろコレしろって対応に追われることになる」

「それでも、知らせるのは義務じゃないか?そうあるべきだと俺は思う」



「とまぁ、ここまで言う理由だけどさ、上にいる人たちを調べたんだけど、政治家だったり経営者がいるんだよ。おかしいと思わない?」

「それはそうだな。あんま自衛隊とは関係無さそうだし」

「そう、ここの土地にも関係はしてなかった。

 1つ見つけたんだ、経営者の共通点。


 スポーツのスポンサーをしてる」


「大手とかなら大抵はしてんじゃないの?このメンバーだと政治家は?」

「……そうじゃん。政治家は……どうなんだろ?」

「おいおい、大丈夫かよ」

「でもさ、食品に飲料と製薬なんだよ」

「とりあえず総隊長の前では迂闊なこと言うなよ?カメラ繋がってんだから」

「それくらいはわきまえてるよ」




 1ヶ月経つと少なからず情報が漏れる。ネットでは少し盛り上がりを見せていた。


 事の発端は帰還者の佐々木が病院に運び込まれ、生還した時に話した内容がたまたま看護師の耳に入った事だった。


 部屋の前を通り過ぎた看護師の女はその話を聞いた夜、夫に話した。

 理由はあった。夫の父母が陥没に巻き込まれ、失ったにもかかわらずその情報を中々聞く事が出来ず、モヤモヤしていたからだ。


 2年前に子供が生まれ、義父母も大変喜んでいた。成長を見守りたかっただろう。突然の死に彼女自身も気持ちの整理が着いていなかったため、話すことにした。


 その情報はネットに流れ、密かに広まっていった。


 信じる者は少ないが行動に移す者もいた。

 趣味と実益を兼ねたフリーライター。アングラ系を中心に走り回っているのが特徴で危険なところに踏み込むことも多い。


 少なからずファンもいる。


 茶色の天パに無精髭を生やした男はその情報を頼りに動き出す。


 まずは相棒の一眼レフカメラを持って周辺を嗅ぎ込むために家を出た。ビール缶が散らばった部屋の隅には3台のドローンが転がっている。


「臭うねぇ、隠したがりの下水臭がプンプンするぜ。クヒヒッ」




 地下と地上、それぞれ疑惑を胸に動き出す。





 またしてもはぐれた高木は奇妙な場面に遭遇する。


 視線の先でくつろぐように寝っ転がった伏潜種(ハイド)の体が突然半分に割れた。



 生殖器が無いからどうやって増えてるのかと思ったが、まさか分裂してたとはな。


 そうか、今までに似たような個体を何回か見たことがある。それは同じ遺伝子を持つからこそだったのか。


 個体によって癖がある。性格みたいなものかもな。




(ダンっ!!)


━━バイタルの異常を確認。非戦闘モード、緊急脱出へと移行します。

 関節部固定、空気抵抗の削減、CSバックパック電源切り替えブースト起動。

 シェルターまでの最短ルートを確認。実行。━━


 分裂した伏潜種(ハイド)とは別の個体、頬に手を添えた個体に不意をつかれ、脚部を大きく損傷してしまった。


 非戦闘モードとなった潜行機動凱装(マンデイ)は地面と水平に仰向けの形になると、CSバックパックの下部が噴射口となり、地面スレスレをものすごい速さで滑空していく。

 これには伏潜種(ハイド)も簡単には追いつけない。


(天井しか見れないぞ。言える立場じゃないが、なかなかにダサい格好なのでは)


 自分では体を動かすことが出来ず、潜行機動鎧装(マンデイ)によって運ばれて何とか逃げ延びている状況だが、さらに悪化し絶体絶命を迎える。


 T字路の真ん中、高木を待ち構え嘲笑うかのように正面の地面から腰に手を当てた伏潜種(ハイド)が生えてきた。


 予期せず挟み撃ちとなり、AIは思考する。



━━回避不能。停止すれば後ろの伏潜種(ハイド)に追いつかれます。左右に揺れて一か八か回避を試みます━━


 道幅を最大限に利用して左右に揺さぶりをかけフェイントを仕掛ける。


(うぅん。うぅん。

 見えないのが怖いけどこれはもう信じるしか道はないよな)


(バチュンっ)


 正面にいる伏潜種(ハイド)に突っ込む直前、飛沫(しぶき)とともに頭部が割れた。



 T字路の先から出てきたのは琴平。正真正銘間一髪の出来事だった。


 これにより高木は停止することなく進み、すれ違いざまに琴平が高木の頭に飛び乗った。


「っと、大人しくしな。頭借りるぞ」

(スタっ)

((バチュンっ))


 両足でガッチリと首を挟み込み体勢を固め、背後から追ってきていた2体を即座に撃退する。


「ナイス判断。っ!?」


(グジュッ)


 束の間、自画自賛の琴平を天井から落ちてきた伏潜種(ハイド)が襲った。



「あんた、さすがに集(たか)られすぎだろ。前にもこんなことがあったよな」


 幸いにもすんでのところで上体を逸らして命中は避けたが、右肩がかすかにぶつかってしまった。


 肩口が破れ、接触した肩は抉れ肉が見えていた。


 それをおくびにも出さずにやり過ごす。



 高木に乗りながら次々と襲いかかってくる伏潜種(ハイド)を片っ端から撃退する。



「変なフェロモンでも出してんじゃないの?じゃなきゃこんな集まるなんて無いでしょ!」

「そっそんなわけ……あるんですか?

 というか首あたりが軋んでるんですが、絞め殺す気ですか?馬鹿力すぎませんか?」

「振り落とされないようにするにはこれくらい力入れないと無理なんだよっ。あんたを守るにはこれが1番楽だから。

 あと、レディに向かって馬鹿力は傷つくんだけど」

「守られてる分際ですみません。

 ですが、アラートが鳴り響いてるんですよ。止まらないんです。今までで1番大きなアラートなんです!」


「仕方ないな。」


 頭から降りると、走りながらの護衛に変わる。とんでもない速さで走りながら、とんでもない速さで撃退していく。



 なんとか無事にシェルターへとたどり着いた2人。高木の非戦闘モードが解除された。


「肩のケ……あれ、肩の傷はどうしたんですか?」

「あ?そんなの元からねぇよ。見間違えたんだろ、私の反射神経ナメんな、間一髪避けたんだよ。服は持ってかれたけどな」

「そんなはずは……そうですか」


 2人は別れ、部屋の中で高木は目を瞑り思考の海へと潜った。



 確かに見た。記憶にもある。伏潜種(ハイド)との交錯で確かに避けたけどそれは完全じゃなく、肩がえぐられていた。視界の大半を大きなお尻が占めてたけど、しっかりとこの目で見た。


 傷が無い。傷が治る。超再生。おいおい、伏潜種と同じじゃ。いや考えろ。

 そうだ、身体能力も異常だった。


 情報をもっと…もっとだ。


 無い頭使って考えろ。




 ……宇宙人。



 伏潜種(ハイド)とはまた別の宇宙人。そもそも伏潜種(ハイド)は地球の生物として逸脱しすぎてる。そう考えると宇宙人ってのはありえる。


 ただ、1種類って決めつけるのは良くない。既に地球には何種類かいるとして。

 ああそうか同郷の可能性、地球でいう人間と動物の関係性ってこともあるな。同じ星の出身でなんかの拍子に地球に来た。


 いや待て、なんで琴平さんは自衛隊になってんだよ。さすがにやりすぎか。

 あぁ、現地のプロだったとか。伏潜種(ハイド)狩りに駆り出される理由としては無くはないよな。



 待て待て、仲間を疑ってどうする。何回命助けてもらったんだよ。


 それでも人間じゃありえないことをしてる。

 そうじゃん、初めて会った時からおかしかったじゃん。全然気にしてなかったけど、そもそもCSバックパックを背負って動いてる時点でおかしいんだよ。50kgだぞ?あんな動けるはずがない。

 それに電磁兵器(レールガン)も普通に扱ってるし。

 現に伏潜種(ハイド)も零式部隊も200°Cっていう異常な気温の中で普通にしている。

 そういう星の生まれだからでは?



 とりあえず人間じゃないと過程しておいて、それをどうやって証明するのか。

 ってなるとDNA鑑定?がいいのかな。そこんところ全く知識ないんだけども。



 政府がそれを知っていて世間へ情報を隠しているということなら、あながちおかしい考えでもない。変なことしない方がいいのか?これはやらない方がいいことなのか?世界にとって余計なことなんじゃないか?

 ここまで壮大な話になると不安が。俺だけじゃない、日本で収まらないで世界。一般人にまで及ぶかもしれない。



「また変なこと考えてるだろ」

「え?声に出てた?」

「顔に出てた。付き合い長いんだからそんくらいわかる。

 普段は視野が広い癖に考え出すと途端に周りが見えなくなるからなお前」



「なあ、伏潜種(ハイド)が喋ってるの見た?」

「あ?さっき見たな。随分と流暢に喋りやがる」

「あいつらは人間じゃない。だってそうだろ?あんなにドロっとしない」

「何が言いたい」


「同じことを聞くけど、政府はこれを発表しないんだ?ネットニュースにすらなりもしない」

「騒ぎを大きくしないためだろ」

「いや、そういう次元の話かこれ」

「余計な正義感は捨てろ。俺たちはただ命令に従ってればいいんだよ。そうだろ?」


「それって言えないことがあるってことにならないか?」

「俺だって1から10まで何もわかってねぇよ!

 わかるだろ?お前も大人になれ。

 俺には夢があるんだ。この腕で孫を抱く夢があるんだ」

「ごめん…」


 高木の諦めきれないという表情は消えない。謝りながらも口を結んで何かを真剣に悩んでいる。

 それを見て吹っ切れたのか、明石の表情は先程までと打って変わって明るくなった。

 高木の肩に手を置いて向き合う。



「たくよぉ、そこまでの事なのかよ。

 やるなら他の人に迷惑かけるな!

 いいか。迷惑かけるなら俺にしろ。

 お前は不憫な目によく会うからな、そのおかげで何かしでかすことが多いんだからよ」


「寄人(よりひと)……。助かるよ。早速で悪いんだけど人脈ある?」

「ったく、やっぱり面倒事かよ。

 しょうがねぇなぁ、俺の人脈を見せてやるよ。伊達に夜の街を出歩いてないってとこ見せてやる。で?何を求めてんだ?」


「医学方面の人を。秘密でDNA鑑定できる人がいい」

「そんなことを何に…いやまぁいいや。

 了解。俺に任せろ」

「ありがとう」

「今度奢れよ?」

「1週間分で」

「破産させてやるよ」


 2人は勢いよく握手を交わした。

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